あっけない幕切れ
決着は驚くほど簡単についてしまった――
ウィナ・ルーシュの奥の手。
上位にあるものと下位にあるものの逆転による力の停止、および吸収。
同じ輝光鉱石である蒼輝石を持つものであり、加護の受け手と貸し手という奇蹟が生んだ偶然の策。
それがきっちりはまり、ミーディ・エイムワードは無力化された。
先ほどまでの闘いが嘘のような静けさが彼女達に降りている。
そうグローリアには感じられた。
圧倒的な力を持つ自国の女王――ミーディ・エイムワード。
【闘神】と呼ばれた、人の枠を超えた存在。
其の名にふさわしい戦闘能力を有し、策も弄せる頭脳を持つ文武両道な存在。
そんな存在の幕切れにはあまりにもふさわしくない光景が、彼女の前に広がっていた。
勝ったという達成感というよりは寂寥感という感情が心を満たす。
――でも、と。
彼女は、見つめる。
背中を向けたまま、すでに事切れた【闘神】ミーディ・エイムワードを見つめ続けるウィナ・ルーシュを。
始めは興味。
次にあこがれ。
次第に価値観が違うことに気付きはじめ、少なくとも自分の考えている先と彼女、ウィナ・ルーシュが向かう先はおそらく交差することはないのかもしれないと、漠然と気付き始めた。
ウィナ・ルーシュは強かった。
それは戦う力のことじゃない。
揺るぎなく、ただ自身が決めたことを実行できる能力。
それが誰よりも強かった。
それゆえにグローリアは感じていた。
あまりにも理想に近いその姿が、この世の人間とは思えないことを。
そんな彼女が、ただ何事も口にせず女王の最期の言葉を聞いていた。
あまりにも小さな声だったため、グローリアの耳にその言葉が入ることはなく、やがてミーディ・エイムワードの身体は霞のように消え去り、ごとりと蒼輝石のみが残った。
ウィナはそれを手に取り、振り返った。
感情はなかった。
ただ、恐ろしいほど冷静な顔のウィナは一言、言葉を発した。
「行くぞ」
「はい」
「了解ですー」
ウィナ達は、奥に現れた魔法陣へと移動した。
「――来たか」
淡く光る魔法陣。
彼は、現れる存在に目を向ける。
一人は、後の世界に影響を与える王。
一人は、新たな世界を造るために現状を打破する王。
一人は、管理を司るため天秤の名を二つ名に持つことになる王。
彼女達が集まってしまったのは彼の采配によるものではなかった。
むしろ彼の考えではウィナ・ルーシュが最悪一人でこちらにやってくるだろうとふんでいたのだが。
まさかこれほどまでに大陸にとって重要になってくるであろう人材が集まってしまったことに、彼は薄く笑みを浮かべる。
神の存在を呪ったのは、これまででもあったがまさしく今回のことは神の意趣返しといったところだろうか。
今の今まで干渉していなかったのに、こんな土壇場で干渉をしてくるとは思わなかった。
まさしく皮肉であろうか。
救いを欲しているときに、神は降りず。
自ら答えを見いだし、実行し終局に向かっている矢先に神が降りた。
これを皮肉と言わずになんという。
神の試練と、信仰するものはいうかもしれないがあいにく彼は神とすでに袂を別れている。
それゆえに出てくる言葉は否定しかない。
そう――否定しかないのだ。
運命という名の神のイヤらしさに苦笑する。
「シルヴィス様……」
「【共鳴者】グローリア・ハウンティーゼか。」
「お久しぶりです」
「【零点の統治者】リティ・A・シルヴァンスタイン」
「ようやく……逢えたといった方がいいのか?」
「【闘神姫】ウィナ・ルーシュ」
彼にとっての運命の三姉妹が顕現する。
「シア達はどうした?」
現在を司る者に相応しい破壊者は、そう尋ねてくる。
「彼女達はあそこだ」
シルヴィスが、指先を向けると空間に円上の魔法陣が浮かび上がり映像を浮かび上がらせる。
そこには、シルヴィスと闘う3人の姿があった。
「シルヴィス様が2人……?」
未来を司る者が、疑問を口にする。
「アレは、私の分身だ。
もっとも分身といっても能力などはほとんど本体と変わらない」
「なるほどー。
さすがは【人形遣い(ドールマスター)】といったところですね」
過去を司る者は、相変わらず緊張感のない声で賞賛する。
「さて。
何か聞きたいことはあるか?」
シルヴィスは、そう彼女達に問いかける。
計画は順調に進んでいる。
このままいけば、彼の望みは達成されるだろう。
しかし、うまくいかずとも始めからリスタートされるだけ。
どっちにしても、彼女達との会話もここで終わりになる。
ゆえに、最後に何か言いたいことはないのか?
そう尋ねたのだ。
「――おまえは、それでいいのか?」
ウィナ・ルーシュが、アメジストの双眸をこちらに向けて聞いてきた。
「……まさか、君がそれを聞いてくるとは」
くっくっくと短く笑い、
「もう良いも悪いもないのだよ。
そんなものは最初の段階で問うべきで、すでに今の局面では手遅れと言えるだろう」
――始まりは、純粋な願望だった。
「今の君達が置かれている状況の元凶こそが私なのだ。
うらみこそすれ、同情するのはおかしくはないか?
例えば、グローリア・ハウンティーゼ」
ぴくんと、彼女の長い耳先が揺れる。
「君の最愛の人が、現在そういう状況になっているのは私がそう記したからだ――といったらどうする?
それも自身の享楽のために」
「――」
彼女の瞳にゆらりと焔がともる。
――閉鎖的な世界。もしも自分が世界を創り出すことができたなら、そこは理想郷となるだろうという思い上がった夢。
「リティ・A・シルヴァンスタイン。
君も、もっと人並みの幸福に満ちた世界で暮らすことができたかもしれない」
「確かにそれは魅力的ですねー」
にこっと笑い、
「でも、そのわたしと今のわたしはすでに別人ですよ。シルヴィス陛下」
――夢は夢。
瞳を閉じて見るのが夢の世界。
瞳をしっかりと開けて見るのが現実の世界。
2つの世界は重ならないのに、それを理解しようとしなかったのは理解してしまえば、今の全てを否定されてしまうとの恐怖のためか。
「ようやく会えた――というべきか。ウィナ・ルーシュ」
「…………」
彼女にしては黙して語らず、ただ彼の眼差しを見つめていた。
「理想の体現者。
まさしく君はそれだ。
私の狂った世界を壊すためだけに生まれた存在である君は、何か思うことはないのか?」
「――」
彼女は、はあとため息をつき、
「何も」
そうあっさりと断言した。
「あんたが俺を生み出したのも、
この世界が物語の世界であることも、
どんな問題があるんだ?」
ウィナは、言う。
問題なんてないだろうと。
「そこに別の意志が入っているのにもかかわらず、君はそう思うのか?」
「なら、何の意志もなく人が生まれたらこの世界がもっと住みやすい世の中にでもなったというのか?」
ならないだろう。
誰かの意志によって生まれたとしても、その道のりをどう歩くか、どう生きるかは結局その人間次第だろうと。
彼女は言った。
「だが、私はその道のりを操っていたようなものだ。
だとするならば、そこに憤りを感じないのか?」
「心は操れたのか?」
「――いや。
操作することはできただろう。
だが、それでは決して私を超えることはできなくなる恐れがある。
ゆえに、感情だけは手を出さなかった」
その答えに、ウィナはにやりと笑う。
「なら、それが答えだろう。
例え感情にすら手を加えていたとしても、俺じゃない誰かがおまえを撃っていただろうな。
人に世界は重すぎる。
そしておまえは、自身を罰して欲しいと願っていた。
それが今回、俺の役目になった。
――それだけだ」
もう話はおしまいと、ウィナはぶぅんと刀を振るう。
すでに赤錆の魔刀は第3の形態を保ち、その血の色のように赤い刀身がまるで死に神の鎌のように、自身を狙っているかのごとく見えた。
「【人形遣い(ドールマスター)】シルヴィス・エイムワード。
これでおまえの世界は終わる」
「ああ……。
このまま何もせずに君に殺されることができれば、私はこれほど回り道をしてこなかった。
これも【呪い】一つ。
私の屍を超えていけ、【我が理想】!!」
こうして最後の戦いが始まった。