慙愧
「……おかしい」
アーリィは、何度か思考の果てにそうつぶやく。
目の前には、自身の主によって倒された【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードがいる。
心臓にあたる核にダメージが入ったため、長くはもたないはずだ。
厳しい戦いであったが、勝利をつかんだのはこちらであった。
何も問題はないはずなのだが、アーリィは疑問がわき上がるのを抑えることができなかった。
――あまりにも上手くいきすぎではないのか?
そう警鐘が鳴り響く。
それはアーリィ以外にも感じているようでテリアも、そしてシアも警戒を崩さず彼女を凝視していた。
「!」
突如ヘラの身体が明滅し、存在がかき消えるように薄く霧のように霧散する。
ごとんと残ったのは傷がつけられた蒼輝石。
「――終わった。
そう考えてよろしいのでしょうか?」
テリアは自分自身への自問もかねて口にする。
シアは周囲を見回し、
「……景色は変わらないわ。
これはホンモノの景色というところかしら?」
目で問うシアに、アーリィはうなずき、
「幻術であれば、術者が意識を失えばその効力は失われるはずです。
それを考えればこの光景は幻術ではなく実際の光景だと判断できると思いますが――」
この世界のどこにこんな図書館の場所があるというのか。
少なくともアーリィには聞いた覚えも見た覚えもない。
「つまり、現状は幻術にかかっているのか、それとも現実なのかわからないってことかしら?」
「残念ながらそういうことになりますね、陛下」
光景が幻術であろうがなかろうがは問題ではない。
【盲目の巫女】が真に倒されたのか否かが問題なのだ。
あとは、ここからの脱出経路。
どうやらこの図書館には出入り口はないようで、転移によってのみしか脱出ができない。
非常にタイミングが悪いことに転移術を使えるに人はここにはいない。
「さて、どうしようかしら?」
とシアが唇に指を当てたときだった。
蒼輝石を中心に魔法陣が展開されたのは。
「「「!?」」」
蒼輝石は底なし沼に落ちていくように、どぷりとアーリィ達の視界から消えた。
代わりに現れたのは黒いローブの男。
【人形遣い】シルヴィス・エイムワードであった。
「ふむ。
【盲目の巫女】を倒したか。少々意外だったな。まさかおまえ達がそれをなせるとは」
「意外ですか?」
「結果から考えれば意外だった。
だが、過程を考えれば倒せるのも道理だろう。【盲目の巫女】によっておまえ達は失ったものがあるからな」
「……ずいぶんと離れた意見ですね。貴方は当事者ではないのですか?」
テリアの指摘にシルヴィスは笑った。
「当事者……か。
当事者であるといえばそうだろう。
だが、あいにく私は望む物を手に入れる以外は任せていた。
そういう結果になっていたとは思わなかった。
ただそれだけの話だ」
「身勝手な話ですね、【人形遣い】」
アーリィの目が針を刺すように鋭く彼にと突き刺さる。
「部下の不始末は上司の不始末。
そうではありませんか?」
「私と、彼女達にそれは当てはまらない。
なぜなら彼女達と私は同盟を組んでいるだけにすぎないからだ。
同盟者が何をしようが、最終目標を遂行できれば関与しない。
当人に言うべきだな。
……その当人はすでに口を割ることはないだろうが」
「貴方は何がしたいのかしら?」
アーリィを遮り、シアが彼に問う。
「何をしたい……か」
一瞬だけ、遠くを見つめるシルヴィス。
「――元に戻したいだけだ。
全てをな」
そう抑揚のない声色で彼は告げた。