或る話
始まりは何だったのか――。
ある1人の青年がいた。
青年がいる世界は、このヨーツテルン大陸があるこちらの世界ではなく、もっと技術的に発展した未来と思わせる世界。
そこには、魔法という技術ではなく科学と呼ばれる技術が、全ての基盤となりその存在を確立し人々に平和と繁栄を約束していた。
言葉通り受け止めれば、楽園といって過言ではないだろう。
人々は、それなりに不自由ではあったりするが戦いに巻き込まれることもなく、魔物に襲われることもない。
食べ物も上を見ればキリはないが、栄養失調にならない程度の食べ物を得ることができるし、娯楽も充実して存在していた。
聞けば聞くほど楽園というのはこういうものではなかろうか、と思わせる世界であるが、この世界にも当然、闇が存在する。
――彼は、平凡であった。
彼の闇に囚われすぎているわけでもなく。
かといって光に向いているわけでもない。
その世界で、彼と同じような境遇の人間割と多いことから、彼は"普通"の人間であった。
ただ、彼が違っていたのは"幻想"を持っていたこと。
ツマラナイ日常を変革させるほどの"幻想"の物語を、彼は描いていた。
無意識のうちに。
時間は過ぎる――。
彼の人生は続く。
ある時には、褒められ。
ある時には、罵倒され。
ある時には、裏切られ。
ある時には、死別し。
ある時には、絶望し。
ある時には、悲観した。
楽しいことがなかったかと言えば、そんなことはない。
生きていたからこそ楽しいことがあった。
それは事実だろう。
だが、それでも彼は"本当に欲しいもの"を手にできることはなかった。
しかし、それは当たり前。
誰もがみな、欲しいもの全てを得ることなどできはしない。
何かしらの代償をもって、納得させるのだ。
納得できないものは、それを執拗に追い求める。
彼もまたその1人だった。
ただ、彼の場合はそれを無意識に行っていたという意味では少し趣が異なるだろう。
彼は、仕事を終えると喫茶店に行き手にしていた文章を打つことができる機械を使い物語を書いていた。
小説家になろうとかは考えていなかった。
ただ、落ち着くから書いていた。
それだけである。
――誰にも見せることのない物語を彼は書き続けていた。
気がつけば、すでに文字数はゆうに文庫本10冊を越えていた。
生きているのにも関わらず死人のような生活をしている彼に、生物としての終わりがきた。
突然の鳴動。
気がつけば意識を失っていた。
そして、その喪失は永遠となり、彼はこの世界では終わってしまった。
次に彼が目を覚ました時、彼は別の世界にいた。
その世界が、自分自身が作り出した物語の世界であると確信できたのは、彼がこの地に訪れてから1年後のことであった。
最初は困惑したものの、世界が自分の知っているものであるとわかるとその好奇心は爆発した。
さいわいなことに彼には少なからず力があった。
ゆえにその辺のゴロツキなどに負けるということはない。
彼は旅をした。
己の作り出した世界を。
旅の結末は、ある存在との邂逅。
世界の管理者として存在していたものが、突如その権限を放棄させられこの地に生きるものとして生誕してしまった。
その現場に偶然、彼は立ち会ってしまう。
創造神と、世界を産んだ人。
彼らが衝突しあうのは当然だった。
1柱は、世界の安定と調律の害と為す存在を消去するため。
1人は、まだ死にたくないという感情のため。
闘いは7日間続き、勝者は1人の人間。
闘いの余波はすさまじくいくつかの大陸は消滅し、地形は激変した。
しかし、彼は生き延びた。
かろうじて生きているというレベルだ。
創造神は、世界を愛していた。
愛していた世界を誰だかわけのわからない存在が、勝手にいじりまわすことに我慢ならなかった。
滅びは避けられない。
だが、最後の力で創造神は彼に呪いを施した。
永遠不変という残酷な呪いを――。
時の針は進む。
彼は呪いに気づかず生き続ける。
生きていれば次第に歳を経るはずなのだが、ある一定の年齢から歳をとらなくなってしまったことに気づいた時、
彼は素直に喜んだ。
まだ世界を見て回れると。
そして彼は自分の作り出した登場人物達に会いに行く。
この行動が、のちに彼がこの世界でいかなる存在になってしまったかを思わせるきっかけとなる。
結果、彼は絶望した。
己が作った世界。
己が作った登場人物。
確かにみな血が通い、生きていた。
普通の人として生活を営んでいた。
そうそれがいともあっさりと踏みにじられ、物語の主人公とされるがための試練を目の前で見せつられ、彼は己の罪を知った。
気がついた時には、彼は彼女に近づき懺悔をしていた。
全て自分のせいであると――。
見てられない格好をしていた彼女は、そうとうなづくといとも簡単に彼の首をひねりねじ切った。
彼の第二の人生が終わりを告げたのだ。
ここで創造神の呪いが牙をむく。
彼が意識を再びとり戻した時、彼がいたのは最初に気がついた場所。
まさかと彼はようやく気づいた。
創造神の遺した呪いに。
――その呪いは彼の物語の主人公にも適応されていた。
彼は動いた。
物語を変えるために――。
しかし、結局彼が動こうが動くまいが彼が死んでしまうと"リセット"されてスタート地点に戻ってしまう。
何度も自らが生み出した登場人物を守るために奔走した。
だが、守れた試しは一度となく、当の守る対象にすら殺される日々。
幾度となく、終わらない悪夢は続き――
そして、何度目かすらわからない終わりを迎えた頃。
同じく、終わりをむかえつつあった彼女とすでに終えてしまっていた彼女の妹が近くにいた。
「…………」
「…………」
互いにもう何度も虐げられ、見られていない場所などくらいの辱めは受けていた。
こうなることがわかっていたとしてもなれるものではない。
「……殺しても殺しても死なないのを殺しても、何の感慨もないものね」
「気が済むまで殺せばいい。
……それだけのことを俺はしたのだから」
「今更。
貴方を殺しても何の解決もない。
それに――もう疲れたわ」
生きる気力はすでに尽きた。
わかっていても避けることのできない出来事。
イベントが終わってもさらに過酷な出来事が待っている。
乗り越えることはできる。
だが、そこで何か必ず喪失する。
最終的には一国の王たる存在に成り上がるが、彼女はそんなこと望んでいなかった。
妹と2人で静か暮らしていたかった。
「……すまない」
「――謝罪はもういいのよ。
謝罪されたところで、わたしは貴方を許せないから」
はっきりとした拒絶に、彼は黙り込む。
「意味がないことを何度も繰り返しても意味がないのよ。
貴方がわたしを助けようとしても助けられない法則が働いている以上、意味がないのよ」
「……」
反論はできない。
彼女の言うことは事実だから。
この世界の基盤に組み込まれてしまった彼にかけられた呪いは、世界にも同時にかかっていた。
彼が死ねば、スタート地点へと世界は巻き戻る。
人々の記憶は消去され、彼の巻き戻った時間軸の記憶が再生される。
しかし、登場人物である彼女達の記憶は消去されることなく保ち続けている。
そういう意味では、彼女達は身体年齢よりもはるかに長い時間を過ごしていることになるのだが。
この世界の終わりを彼は知らない。
物語の終わりまでは書いていない。
それゆえに、知っているところまで時は流れるものの、その後はやはり巻き戻る。
それ以上、先へと進むことができない。
「――意味のない話はもういいわ。
これからは建設的な話をしましょう」
と、ひどく彼女はその表情に似合わない言葉を口にした。