原書
「っ」
ミーディ・エイムワードの攻撃が唐突にやんだ。
「?」
急停止した彼女の動きに、怪訝な表情を浮かべるものの、決して隙は見せずウィナは戦闘継続の姿勢のまま、相手の様子を観察した。
現状、あれから何分、いや何時間がたっただろうか。
もしかすると数日たったと言われてもおかしくない、戦闘密度を経験させられた。
言わずもがな、彼女ミーディ・エイムワード――【闘神】である。
武器で攻撃すれば、武器で返され、
魔法で攻撃すれば、赤錆の魔刀の<概念を操る力>によって生み出された魔法現象によって相殺される。
体術で攻撃すれば、そのまま体術でカウンターをくらい、
特殊魔術――リティの惑星魔法は、圧縮などの技法をもって無効化される。
何をしても活路を見いだすことができないほどのレベルの差がそこにはあった。
正直なところ打つ手が見つからない。
それが3人の胸中で思ったことだった。
「――ヘラは倒されたみたいね」
ふと何かを思いついた。
そんなノリでミーディは事実をつぶやく。
「!?」
「向こうはこれでシルヴィスへの道が開くわ。
貴女達には開かないけど」
ヘラの状態をだれよりもわかっているのに彼女はいたって自然だった。
動揺がまるで見当たらない。
そうなることを承知しているのか、それとも全てに諦めているのか――。
「――けど、そこまで。
あの子達にシルヴィスは倒せない。だから、わたしは貴女達を屠ればこれで終了ね」
「っどうして、妹さんを心配しないんですかっ!!」
グローリアが声を張り上げる。
「加害者が被害者に言う台詞ではないわね」
肩をすくめ、受け流すミーディ。
「他人のことを言うよりも自分のことを心配した方がいいわよ。
【共鳴者】。」
「?……どういう――ことですか?」
「貴女もわたしときっと同じ道を辿るわ。
これは預言よ」
「【預言書】にでもかかれているのか?」
「いえ、記述されていないわ。
記述なんてされるわけがないのよ。ウィナ・ルーシュ。
貴女と彼女は記述されない」
「……どういう意味だ?」
その問いに、ミーディは答えない。
答えを知ったところでどうにもならないから。
そう言っているように、彼女の表情から読み取れた。
「さて、そろそろ終わりにしようかしら」
ぶんと赤錆の魔刀を振り、こちらを見据えるミーディ。
彼女のアメジストの双眸には何もうつらない。
「そうだな」
ウィナも身体に渇をいれてしっかりと大地を踏みしめる。
全ての攻撃を無効化されている現在、活路が全く見いだせないのは残念なことに事実。
だがしかし、勝負に勝てないわけではなかった。
唯一、彼女に最大限の隙を生み出す秘策をウィナは持っていた。
始まりはアルカムの惨劇。
そこから全てが通じ、シャクティからの情報でつながった。
最初から彼女を打倒する手段は提示されていたのだ。
それに今まで気付かなかったのはおそらく自分が愚かだということ。
途中で気付くことができたのなら、もっとマシな方法を模索できたのかもしれないのに。
そして――
「リティ」
「わかっていますよ」
リティはうなずくと、空中に生まれる魔法陣。
平面ではなく立体型の魔法陣は、何かを守るかのように光の帯を走らせる。
――ミーディ・エイムワードは動かない。
ミーディ・エイムワード。
ヘラ・エイムワード。
共に彼女達は過去の世界の人間であるセシリアの蒼輝石を分割されて生み出された存在。
その過程は神という種族が、自身の子を産む工程に酷似している。
そういう意味でセシリアは、すでに人という枠ではなく神という存在へと昇格したと言えるだろう。
人が神へと昇格するにはどうすればいいのか?
答えは簡単だ。
その肉体と精神をつなく魂の位階を上げる。
それは、つまり喰わせるのだ。
魂という人を人として成立させている【輪転子】の栄養に他のエネルギーを。
それこそが、【生命の大樹】の栄養源でもある輝光鉱石なのだ。
――自分の記憶ではない記録が脳へと刷り込まれ(インストールされ)ていく。
知るはずのない知識が自身の血肉へと成る。
輝光鉱石を最初に体系化したのは、歴史上唯一大陸を統一したカディアガルド皇国。
彼の国は、人という種族で形成された国であり最初は村でしかなかった。
多種族が己が種族こそ、霊長と唱え大陸の覇者を決める生存競争の中、人はあまりにも無力であった。
蹂躙され、滅ぼされ、このままでは種の存続の危機だと追い詰められた時、彼らは禁忌の手段に手をつけた。
それこそが、偶然生み出された輝光鉱石。
輝光鉱石は、エネルギー源とだけ見ても半永久機関とも言えるほど膨大なエネルギーを秘めていた。
しかし、それよりも彼らが歓喜したのはその性質である経験の継承であった。
人と他種族。
肉体、知能、そういった身体能力は生まれながらに違うが、それ以上に彼らと人を分けたのはその生存期間。
いわゆる寿命だった。
人の寿命は短く、例え何かを究めたとしても、次代へ引き継ぐことは難しい。
ならば死した者の存在そのものを結晶化させ、生きている者にその結晶を同化させることで知識や技術の転用ができないかと考えた。
そして偶然だが、結晶化したものを持っていた。
それを結晶化したものと同じ血を持つものへと転用した。
結果は成功。
その人間は、その人間のままでかつて究めた人間の技術と知識を行使することができたのだ。
ここから、彼らの研究は始まった。
研究は順調に進んだ。
わかったことも増えていく――。
例えば、全くの他人よりも血のつながりのあるものの方が定着率が高い。
生命力が溢れている10代の中頃から後半の方がより顕著に覚醒できる。
研究が進むにつれて、人は進化をしていった。
肉体的により強靱に、
精神的にはより強固に。
人が使える魔法も生まれ、いつしかかつての村は国へと姿を変えた。
どの種族からも下と見られていた人族はついに、どの種族からも警戒される地位へと昇段したのだ。
そしてここから人族の迷走の始まりだった。
安全に、そして安心に暮らせるようになった人族が今度は、快適に暮らすことへと目的をシフトしていった。
その一つが他種族への排他。
人が生み出した技術――輝光鉱石の力はすさまじく、人族はあっというまに大陸全土を手中にした。
他の種族は虐殺こそされなかったものの、圧倒的な力を持ち始めた人族を恐れ秘境へと姿を消していった。
いつしか、人族の中でより巨大な力を持つモノを畏怖を込めて神と言うようになった――。
膨大な情報量。
思わず、顔をしかめるウィナであったがそれでも意識を手放すことはなかった。
繭のように厳重に保護されている物体それこそが、シャクティが持ち出した秘宝。
【原書】。
それ自体は、何も記述されていない。
だが、何かを調べたい、調べようとしていることが明確な場合のみ開くと答えを出すといわれる魔法の品物である。
制作者は不明で、いつの時代からあったのかすらも不明。
ただいえるのは、この【原書】がある場所は死地であるということ。
人の負の感情が溜まる場所に、【原書】は現れる。
そして、そこにいるものに必要な知識を与え、己が身を与えるにふさわしいものを選別するために闘いを巻き起こす。
最後まで生き残ったものへ自らを所有させる。
所有者望む、望まないにとわず【原書】は所有者の手から離れることはない。
それでも所有者が誰かの手に渡そうとしたなら、所有者は【原書】を手に入れた時の状況を何度も悪夢として繰り返し見させる。
所有者の手に【原書】が戻るまで。
そして、渡した相手からは生命エネルギーを吸収する。
それを防ぐために、幾つもの封印魔法を行使し生命エネルギーの吸収を抑制しているのがリティの役割だ。
しかし、彼女の力をもったとしても封印は数十分と持たない。
だから、必要な知識を選別する。
今にも気が狂いそうになる情報の流入に耐えながら――
「!」
そして――あった。
完全に隙を見せているにもかかわらず、ミーディ・エイムワードは動かない。
先ほどまでこちらを始末しようとしていたのにもかかわらず。
――通常、加護を授けているものに、加護を受けているものが闘いを挑んでも勝ることはできない。
なぜならば、加護を授けているものは自由にその加護を消すことも可能だからだ。
それゆえに、どれほど加護を受けたものが強大な力を得ようとも加護を授けたものに害を為すことはできない。
これが、加護の特性である。
しかし、例外はある。
それは立場の変換――上位にあるものと、下位にあるものの存在がその立場を入れ替える。
これを為すことができるなら、加護を受けたものが加護を授けたものを打倒できる牙にとなる。
言葉にしてみれば簡単なことだが、実際それを為すのは事実上無理だと誰もが思っている。
加護を受けたものと加護を授けたものにあるつながりの優先権は加護を授けたもの側にある。
もしも、加護を受けたものがそのつながりを使っておかしなことをたくらみ、事を起こそうとしても為す前に接続を切断される。
数秒も経たないレベルで切断できるだけの優先権を上位存在は持ち得ているのだ。
よって、天秤は傾かない。
それが常識となっている。
なら、ウィナがこれから為そうということが無駄かといえば、そうではない。
その常識では想定されていない事柄があるのだ。
ウィナとミーディだけは通常ではない方法が使える。
――最初から同存在として創造されたものゆえに、別のつながりを持つ彼女らに。
それこそが同じ蒼輝石を持つもの同士による共振作用で、ミーディの持つ権限を一時的にウィナも使用できるようにすること他ならない。
「【同期開始】――」
そして、ウィナは切り札となる言葉を口にした――。