第10話 一難去ってようやく一休み?
キンと室内に硬質な音が響く。
ウィナは手に持つ刀(鞘に入ったまま)を肩にあてながら、目の前にいる黒い影を見る。
人の形をかたどったそれは、なんというか厚みがない。
いうなれば紙に人型を描きそれを黒くなったものが、そのままの状態で具現した。
おおよそ生物らしくないその生命体について残念ながらウィナは心当たりがなかった。
「あーいう魔物はいるのか?」
目は離さずに、隣にいるテリアに問いかける。
テリアはわずかにまぶたをおとし、
「シャドウレナプスに似ていますが……」
と意見を述べた。
【シャドウレナプス】
夜の眷属。闇の属性をもつ魔法生命体。
影から影へと移動する能力を有し、人や動物の影に寄生する。
寄生された生命体は、じょじょに生命力を奪われ、弱体化していく。
だが、全ての生命力を吸収はせず2割くらいは残すのが彼らの礼儀らしい。
影の形は様々だが、一説にはその生命体のもっとも苦手な存在に変身すると言われている。
「何か違うと?」
こくりとうなずく。
「近似種。
そう考えます。
夜の眷属の魔物は【月の女神】ルーミスの加護を受けたわたしに何らかの反応を示すはずです」
「なるほど……」
【月の女神】ルーミスは、かって弓で夜の眷属を数え切れないほど狩っている。
そのため、夜の眷属にとってルーミスは忌避する言葉であり、存在であるのだ。
その加護を受けたものも、当然夜の眷属達は警戒する。
ルーミスの力のにおいをかぎとって。
だが、今目の前にいる魔物?は、少なくともテリアに対して余分に気をやっている気配はない。
どちらかといえば自分の方にその比重を傾けている気がする。
「新種の魔法生物か」
「可能性は高いかと思います。ウィナ様」
こちらの考察に同意し、テリアはすっと左手を前に出す。
と空間に波紋がはしり、1つの弓がその存在を主張するように具現化する。
固有武器の具現。
これもまた加護を受けたものの特殊能力の1つ。
「それがテリアの武器なんだな」
「はい。【月の女神】ルーミスが持つ神器。其の名は【月を射るモノ】。
お酒に酔ったルーミスが戯れに空にある月にむけて矢を放ったら、
それが見事に月の大地に突き刺さったとの逸話から名付けたられたそうです。」
「矢は?」
「同様の神器である【下弦の銀籠手】。
この籠手で掴んだものは全て矢として形を形成します」
テリアの右手に光る銀色の流線フォルムが美しい籠手が具現化する。
銀色の文字のようなものが彫られていて、武器だけではなく美術品としても価値があるだろう。
そして彼女は、虚空を掴むような仕草をする。
彼女の掴む先には何もない。
強いてあるとすれば空気だろうか。
しかし、その何もない空間がテリアの籠手で掴むことによって収束し一本の矢に形成される。
「空気を――いえ風の力を収束した矢です。
その効果は目視圏内であれば必ず相手へ必中する魔弾となります」
弦を引きながら、目標は黒い人型。
指を弦から離せば、間違い無く当たる。
弓は素人でありながらウィナはそう思った。
「ウィナ様、何が狙いかはわかりませんが、このままにしておくことでこちらの害になることは確かかと思われます。」
ゆえに倒しましょう。
そう彼女は目で意見を伝えてくる。
ウィナは笑みを浮かべることで答えを示した。
「そうだな。
こんな監視の利いた国に単独でやってこられるほどの魔物だ。
入国手段に興味はあるが、
今、こちらは騎士。
国民を守るのは騎士の義務だったな」
赤錆の魔刀を構える。
両足に力を込め、いつでも斬りかかれるようにやや前傾姿勢をとった。
「!!」
やいなや、黒い人型はあっさりと転身し――「逃しません」
テリアが放つ必中の矢。
しかし。
背中?を向けた黒い人型に突き刺さる直前、黒いもやのようなものが矢を包むように展開し、そのまま矢を消滅させる。
「!」
「どうやらいろいろな能力があるみたいだなっ」
わずかに足を止めたテリア。
一気にかけだすはウィナ・ルーシュ。
黒い人型は、移動の妨害をしたからといって攻撃に転ずる――ということはなく、
ただひたすらにこの場からの逃走をはかる。
「不利だと悟るやいなや、あっさり戦線を離脱する……か。ますます誰かの差し金だな。
少なくても魔物のとる行動じゃない」
追いかけるウィナに後ろから声がかかる。
「屋敷を出られると追跡が困難になります」
「ああ。その前に決着をつけるぞ」
そして主従は部屋から飛び出した。
黒い人型は速かった。
この屋敷は広い。
だから廊下で捕らえることができると思っていたが――
「っ!もうあそこまでっ」
表情は変えてはいないが、少し声音に焦りが混ざるテリア。
魔物はすでにホールにいる。
外界との接点である扉との距離は目と鼻の先。
いくらウィナの身体能力が上がったとしてもあの距離まで追いつくのは不可能であった。
黒い人影は、こちらの予想を超えたスピードで入り口近くまで迫っている。
このままでは確実に逃げられる。
「テリア。足止めの魔法は?」
自分には魔力があるが、ここで活かせるような魔法はまだ習得していない。
ゆえに同様に神の加護持つテリアに要請したのだが――
「……っすみません。今からでは間に合いません」
静かに首を振る。
「向こうの方が一枚上手か」
打つ手は狭まったが、だからといってやすやすこのまま逃がすつもりはない。
そしてウィナ達がホールに辿りついた時、黒い人影はすでに扉を開け放ち外へ――
ドスっ。
黒い人型に刺さるナニカ。
胸元にあたる部分から銀色の金属を生やしていた。
ぴくぴくと身体を振るわせ逃げようともがいているが、全くそのナニカが緩むことはない。
そしてそのナニカの先には――
夕焼けの紅を背中に背負った紅いポニテの女性が、仁王立ちで立っていた。
予想外の展開に、足が止まるウィナとテリア。
「全くもー、まだこんな時間なのに出てきちゃダメじゃないですか」
その言葉が合図だったのか、負った傷跡を中心にひび割れが走る。
と同時に、蒼い固体が黒い人型を覆っていく。
蒼い固体が【氷】だと気づいた時にはすでに黒い人影は完全に凍り付いていた。
「ユーレイは、元の場所に帰りなさいっ!!」
ガンと蹴った音がした瞬間、氷ごと黒い人影は粉々に砕け散った。
「リティ……か?」
小さな氷の結晶が、空中を漂う中、見知った顔がそこにはあった。
「あれ?ウィナさん。お迎えですか?」
きょとんとした表情のリティ。
2人は互いに見つめ合い――。
「ウィナ様。シルヴァンスタイン様。まずはお茶でもいかがですか?」
「そうだな」
「そうですね」
テリアの誘いに同時に同意の意を示した。
「まずはお礼を言っておく。さっきは助かった――で、一体どうしたんだ?」
応接室で3人は、お茶とテリアが作った?スコーンを楽しみながら情報を交換していた。
ウィナの問いにリティは苦笑いを浮かべながら話を始めた。
「実は家がなくなってしまったんですよー」
あははと相変わらず笑顔の少女リティ。
言っている内容はへびぃであるが。
「どういうことだ?」
それだけじゃわからないと。
ウィナは続きをうながす。
しかし、テリアには彼女の状況が理解できたのか、一言断りを入れて口を開いた。
「ウィナ様。シルヴァンスタイン様は、おそらく【蒼の大鷹】の寮から追い出されたようです」
(そういえば、早く寮から出てうんたらかんたらとアルバに言われていたな……)
思い出しながらも、疑問に思ったこともあったのでいってみた。
「寮から追い出されたって……普通は別の寮を借りられるだろ?
一応王国の騎士団の副団長だぞ?それに、俺とこいつは新たな騎士団を設立するっていう任務をもらったんだ。
ここに初めてきた俺でさえ、こんな立派な屋敷が与えられたんだ。こいつの家がないわけないだろう」
少なくとも新参ものであるこちらにそれだけの配慮をする国だ。
それに騎士団の副団長という役職をやっているということは、国対してそれなりに結果をだしてきたはずである。
そう考えると、寮から退寮されたからといっても他の寮を進められたりするものではないのか?
とウィナは考えたのだ。
「いえ、そういうわけではないのです」
テリアは否定し、
「そうなんですよ」
とほほーとリティも同意し、事情を打ち明けた。
「――つまり、騎士団に属するということは常に周囲の模範であらねばならない。
模範であるということは衣食住を全て自分でまかなわなければいけないことと同義である。
それゆえに、住居もまた自分で探して見つけてこいと――?」
こんな短い期間で?
それなんてムリゲー?
少しばかり唖然とするウィナ。
(いや、ある意味当然かもしれないが、それだって場所と時間とかあるんじゃないのか?
少なくともついさっき辞令を知った人間に言う内容じゃないと思うんだが……)
どうやらこの国は身内にとっても厳しいところのようである。
「そういうことなんですよ」
笑顔を曇らせるリティは珍しい。
ウィナは、何か他にメリットがないのか聞いてみた。
答えてくれたのはテリア嬢。
「帝国、聖都、楽園。いずれの国も国のために戦う戦士や騎士達には多大な援助が送られます」
「そういうもんだろう。俺だったそう思う。じゃないと騎士団で働こうとか思わないだろうし」
きついし、汚い仕事も場合によってはするし、軍隊のようなマネをすることもあるから不衛生な場合もあるし。
いわゆる3Kというやつだ。
はぁとリティはため息をつく。
「愚痴を言っても家は戻ってこにゃい」
「かわいこぶってるつもりだろうけど、かわいくないぞ」
「いきなりダメだしっ!?
ここは世間の荒波に飲まれ傷ついたわたしに優しくしてなぐさめることじゃないんですかっ!?」
「いや、おまえなら世間の荒波だって波乗りできちゃうだろ」
「っく、微妙に褒められているようで褒められていない気がっ!?」
「褒めてないと思いますが……」
「ううっ……紅茶だけがわたしの友達」
「寂しいヤツだな。友達少ないのはわかっていたけど」
「ぐはっ!?もうヤメテっ!!わたしのHPはもうゼロよっ!!」
「たまに意味のわからないこと吐くよな。おまえ……」
半眼でリティを見やる。
「それではシルヴァンスタイン様がこちらにいらっしゃったのは、ウィナ様にお情けをかけていただくためですか?」
「うん」
「即答か……」
ウィナは腕を組みながら、思案した。
客室は余っているから別に1人ぐらい増えるくらい問題ない。
問題なのは、リティはあくまでも王国の騎士だということ。
(最悪、戦うはめになる可能性があるからな……)
いくら赤の他人とはいえ、一緒の生活をしていればおのずと情の一つや二つは湧く。
それがのちのち禍根にならないか――そういう不安がウィナにはあった。
(……俺を使ってどうにかしようと考えているのはおそらく3人)
【闘神】ミーディ・エイムワード
【盲目の巫女】ヘラ・エイムワード
【人形遣い】シルヴィス・エイムワード
建国から現在もこのシルヴァニア王国の王権を支配している者達。
(ミーディ・エイムワードは限りなく"黒"なのは、間違いないだろう。分身?との話もあったし)
もちろん全て正しいという前提ではあるが。
(そして、ヘラ・エイムワードにシルヴィス・エイムワード。仲良く3人で王様やっている連中が互いのことを全く知らないということはないだろう)
つまりは"灰色"
(だが)
理由がわからない。
何故、自分ごときをそこまで注視するのか。
殺す機会はいくらでもあった。
だが本格的に殺そうとするふうにはあまり感じられない。
もし仮に今回の黒い人型が、自分を暗殺するため放たれたものならばあまりにこちらの実力を低く見ている。
なめているといってもいいくらいだ。
戦いを知らない人間なら可能性はあるが、仮にも【闘神】という神の位を持つミーディ・エイムワード。
そんな愚かなことはしないと思う。
(なら、利用するか?
俺に主人公的な秘密があって、それを使ってヤツらがしたいことがある……)
これが一番可能性的に高い仮説だ。
だが、その内容は現時点では全くわからない。
――となると。
「……現状は様子をみるしかないか」
「?ウィナ様」
肩をすくめ、ウィナはリティの瞳を見つめる。
「テリアと気ままな2人暮らしをする予定だったが、それが3人でも構わないだろ。いいぞ」
「っ本当ですかっ!?ウィナさん」
ぱぁぁっと瞳を輝かせて胸元で両手を怪しく絡ませる。
(やっぱりやめようかな……)
ちょっと引いたウィナであった。