重なる言葉
激戦がこちらでも続いていた――。
「【連弓】」
テリアが一度に数本の矢を持ち、一気に弦にかけ放つ。
矢は下弦の銀籠手で造った魔法の矢。
今回の付加効果としては石化を属性として入れてあるが――。
「【空虚な世界】」
赤錆の魔刀対策であった魔法障壁を瞬時に形成し、そのまま迎撃にうつるヘラ。
「【獄炎槍】」
こちらに迫っていたシアに向けて放ち、
幻術と現術、二つを交互に織り交ぜる厄介な相手――アーリィ・エスメラルダに対しては、
「【常時適応】――【幻術妨害】」
幻術のみに反応する常時発動型の魔法障壁を張ることで対応していた。
「ほとんど無詠唱、ね。これは厄介かしら」
足は止めず、シアは独白する。
実際は、厄介どころの話しではなかった。
このヨーツテルン大陸において、無詠唱での魔法発動は魔法を専門に研究をしている魔法使い(ウィザード)と呼ばれるもの達でさえ、生涯の命題と言われているほどの難易度を誇る。
グローリアは独自に考えて造りだした、象徴魔法印もまた規格外でありこの大陸の魔法史を書き換えるほどの技術であるのだ。
その彼女ですら、高いレベルにある魔法はほんの少しの詠唱とタメがあるのにもかかわらず、ヘラにはその二つがない。
そして呼吸をするごとく自然に魔法を展開しているため、魔法の発動を感知するのがひどく困難でもある。
しかも、常時魔力を体中に流し、かつ物理攻撃に対抗するために物理障壁、魔法攻撃に対応した属性障壁、あと反射神経などを強化する魔法などもかけているものだから、ドーピングしすぎだとシアは呆れた。
魔力はつきず、魔法発動も瞬時。肉体強化も完璧。常時発動の魔法障壁。
まさしく鉄壁の城砦である。
「でも、難攻不落って呼ばれているものを攻略するのも面白いものなの」
不敵に笑いつつ、10かかるところを2で抑えた特殊な歩法でヘラの間合いにつめる。
「!」
さっきまでの速度よりも速いことにヘラは驚き、
わざと遅い速度で速さを慣らせる作戦がうまくいったことにシアはほくそ笑み、一閃。
カンっ!!
甲高い音とともに、はじきかえされる刀の一撃。
それならば、と。
もう一度上段から剣閃。
やはり跳ね換えされるが、その力を利用して彼女の真上に飛びくるくる回りながら叩きつける一撃を振るう。
「っ」
――跳ね返されず、障壁と刀の一撃が拮抗し、
パンっ!
と破裂するような音をたてて、後方へと吹き飛ばされるシア。
追撃しようと口を開き――。
「させませんっ。闇より出でたる塊よ、天を覆う鎖と為せ【黒纏鎖】!」
短い詠唱とともに発動させた魔法は、テリアの手の中に生まれ、ヘラへと牙をむく。
漆黒の塊。
単に闇属性のエネルギーを収束させたエネルギー球ではないとヘラはあっさりと看過する。
そして紡ぐ魔法は対抗属性。
「【霊糸光檻】」
自身を狙う漆黒の黒球に向かって放たれたヘラの光属性の魔法は、すぐさまその効果を顕す。
光の剣とも言える光線が縦横無尽に黒球を挟み込み、そして動きを完全に封じると徐々に収束し、最後はぱあんと弾けて霧散する。
「この程度で――」
どうにかなると思ってのですか。
そう言い放とうとし、ふと気付く。
帝国の女王の懐刀とも言える男の存在が消失していることに。
「!」
「【夢幻消現】」
そして【力】が発動する。
「これは……っ」
自身を中心とし、幾何学模様の円陣が敷かれていた。
言うまでもなく魔法を発動させるための魔法陣――。
「なるほど、幻術と現術を使いこちらを混乱させるように仕向けたのは誘い。
本当はわたしを束縛させる魔法陣を記述していたというわけですか。」
微笑を浮かべるヘラ。
「ですが、この程度の結界などわたしにとっては意味がありません」
魔力を込め、魔法陣を打ち破る魔法を発動させようとした瞬間。
閃光が走った。
「!」
魔法――。
いや違う。
ヘラの両目は閉ざされている。
だが、その目を補う形で、常時発動型の魔法は常に行使している。
その魔法こそ【全てを見通す眼差し(パンテリオン)】である。
この魔法を使うことで、ヘラは普通の人と変わらず見ることができた。
その【目】がとらえたのは、刀。
こちらが動きを止めた瞬間を狙い、刀を抜き放ち斬りつけてきたシアの攻撃であった。
しかしヘラは目の前にある刀に恐怖は感じない。
自身の周りには常に防御障壁が存在する。
ゆえにシアの一撃も――カンと甲高い音をたてて、弾かれる。
「無駄です。
貴女の武器は、ごく普通のシロモノ。
お姉様方の赤錆の魔刀ならまだしも、そのようなものでわたしの防御障壁を突破は不可能です」
周囲を伺うと、メイドの女も、帝国の影の男もこちらの隙を探しているようであった。
つまり、帝国の元皇帝が自身の障壁を突き破り、それを狙って一斉攻撃に転じようとする意図がみえる。
ふっとヘラは嗤う。
それこそバカなことである。
確かに98%は自身の勝利確率であるとするなら1%は敗北する確率であると考えられる。
ヘラも自身に全く負ける要素がないとは考えていない。
どんなに強者であっても、何かのきっかけでやぶれるなど力と力の衝突という戦いの中ではごくありふれたこと。
嘲笑はしても、油断はしない。
だが、
結果的にはヘラは油断をしていたといえるだろう。
ヘラにはシアを一撃に打ちのめすだけの力がある。
いや、テリアやアーリィ、3人まとめて無力化する魔法など簡単に思いつくだけで数十。
にも関わらず、一撃で相手を仕留めないのはただ一つ。
帝国の女王シインディームが気にくわない。
その余分な感情が戦闘を長引かせている要因だった。
そして、その要因が彼女――【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードの最大の隙になっていたことをヘラは気付いていなかった。
にいっとシアは嗤う。
「――何を?」
刀ごとはじき飛ばされようが、シアはすぐに転回し、いつのまにか納刀していた刀を抜刀し、斬りつける。
カン。
やはりはじき飛ばされる。
しかし、彼女は止まらない。
無駄だというのに、ただひたすらに斬撃を繰り出す彼女にヘラは次第に苛立ってきた。
「無駄ですよ。
この魔法障壁は貴女には破られない。それがどうしてわからないのですか?」
「それが?」
「なっ……」
返ってきたシアの言葉に、ヘラは思わず呆気にとられた。
「言っている内容がわからないのですかっ!?」
「わかっているわ。
私じゃ無理って言っているのでしょ?
けど、それがどうしたのかしら?」
あっけらかんと言い放つシア。
「無理なことを何故抗うのですか。
そんなことをしてもただ自分が傷つき、惨めになるだけです……っ」
ヘラの言葉に含まれる何かを推察できたのか、シアは一瞬だけ攻撃をやめ、
「惨め……か。」
ふっと笑う。
「何ですか――」
「そんな気持ち、
とうの昔にどこかにいったわ。
私を嗤い、面白半分にいたぶった馬鹿な連中、血のつながったものの蛮行。
口にするだけでおぞましく、自分を否定し、なんども自分の存在を消そうとした。
何度も自分を呪う言葉を吐いても、お腹はすくし、血は体内を循環する。
――心は折れていても、身体はずっと生きようと支えてくれた。
身体だけじゃなくて、こんな私でも目をそらさずに見ていてくれた物好きな人もいたわ」
視線の先にはアーリィ。
彼は、なんともいえぬ表情をし頭を掻いていた。
「それで十分。
たとえ、相手から惨めだと罵倒されようとも、心が何度も折られようとも、私は立ち上がる。
私自身のために」
「っ」
唇をかむヘラ。
「あと、無理っていっているけど――」
シアはまた駆け出し、抜刀し斬撃を振るう。
しかし、
斬撃は先ほどと同じように跳ね返され――。
ピシッ。
何かがきしむ音が響く。
「なっ……障壁が!?」
「どんなに固いものでも、同じ場所に何度も衝撃を与えていればもろくなり、最後には砕け散ると思うの」
恐ろしく簡単なふうにシアは言う。
だが、その説明にヘラは眉を跳ね上げた。
「っバカなことをっ!
理屈は確かにそうでしょう。
しかし、そんなことを人が――」
できるわけがない。
そう口にする瞬間、ぱりんと音をたてて障壁が消失した。
そして、その隙をアーリィとテリアは見逃さない。
「【天落蒼雷】」
アーリィは持っていた杖を渾身の力をこめ、ヘラへと投げつける。
援護するかのようにテリアは放つ。
矢の代わりに強大な闇のエネルギーの塊を。
それはまさに砲撃となって、ヘラへと向かう。
「っ【空虚な世界】――」
再び、魔法障壁を発動させようとした一瞬。
シアが迫る。
ぎりぎり魔法の発動よりもシアの攻撃が速い。
そう判断し、ヘラは面ではなく点での障壁へと切り替えた。
「【空縮盾】!!」
任意に指定した空間に空気を圧縮させ、塊を生む魔法。
これに普通にぶつかれば、生身の人間ならはじきとばされる。
――が、
シアの斬撃とソレは見事に拮抗していた。
そして、アーリィとテリアの放った魔法等が確実に直撃するコース。
つまり、ヘラ・エイムワードは悟った。
これは詰みだ、と。
不意に、シアの刀が揺れる。
二重、三重へと残像を残し――それが三重どころか、数を数え切れないほどに像を残す。
多重に陽炎のようにあった刃が、幾千もの実体する刃となり、ヘラの【空縮盾】をついに切り裂いた!
これこそが、シアの奥義の一つ【千刃】である。
【千刃】は高速の刀身を魔力をもって揺らがせることで、その存在を周囲に錯覚させ一時だけ本物の刃として具現する技術である。
魔力の収束と、ミリ以下の単位で制御できる身体能力、そして相手への必殺のタイミングを測れる読みがなければ使用できない、まさに奥義であった。
もう、シアを阻むものはない。
空中であっても足の先で魔力を生み、弾けば移動はできる。
そして、目前に迫った【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードへと刀身を閃かせた――。
「「――お姉様。
あとはお姉様の自由に――」」