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【概念】を操るもの


――周囲にあった音が、急激に消滅していく。

同時に知覚が鋭敏になる。

本当に聞こえていないわけではない。

音はちゃんととらえている。

脳の方で不必要な情報を一時的に遮断したのだ。

そして、その空いた容量分を使い脳内全てを仮想領域へと転ずる。

仮想領域――つまりは【実現化する過程において発生する障害を排除するための行動形式の模索シュミレーション】。

アリステイルが、元魔物ゆえに加護をもてなかったにも関わらずシルヴァニア王国の騎士団の統括をやっていられるのは、この能力によるところが大きい。

普段は4分の1も使用していないが、【闘神姫】ウィナ・ルーシュに対抗するには全てを出し切らないと無理だろうと判断した。

実のところ、今のウィナ・ルーシュであるなら全力で戦わなくても制することができる。

しかし、98%の確率で勝利をつかめるが、残り1%に敗北のイメージがしっかりと脳裏にうつる。

ちなみにどんなに完璧を目指したとしても100%にはならない。

99%は、膨大な計算をすることで達成できるが残り1%は運という神のサイコロの出目によるので、そればっかりは誰も制御できないのだ。


そうしてアリステイルは【聖剣】を握る手に力を込めながら、ウィナへと肉薄する。

すでに彼女の赤錆の魔刀の力で、半分以上の光球はすでに消滅している。

だが残りの光球は今も、彼女の動きを制限するかのように縦横無尽に空をかけている。



光球の弾道計算。

ウィナの行動予測。

そして自身の行動による未来予知。

秒すらかからない彼女の仮定計算は、千載一遇の機会を演出させる。


一つの光球がウィナの目の前を通り過ぎる。

直撃しないし、かすりもしない。

そうウィナは判断し、あえて何もしなかった。

これが、アリステイルの狙っていた間だった。

横の斬撃。

ウィナの側面に吸い込まれるように放たれた剣の一撃は、思惑通りウィナが気付くのがわずかだけ遅れた。

わずか――時間にしてコンマ何秒という瞬間の刻という短い時間であるが、アリステイルにはそれだけで十分だった。


迫り来るアリステイルの刀身。

動こうとするも、動く先にはすでに先回りしている光球。

光球はただ闇雲にウィナへと襲いかかっていたのではない。

確実に討ち取ることができる瞬間までの布石だったのだ。


この時点でウィナの敗北は決定していた。

アリステイルの剣速は、ウィナよりも速い。

彼女が防御に回る時間よりも、アリステイルの刀身がウィナの身体を斬りつける方が速い。

いくら加護の力で肉体強度が強化されたといっても、アリステイルの持つ【聖剣】からみれば紙も同然。

同質の武器ないし、防具がなければ上半身と下半身がおさらばという状況になりかねない。

ウィナの服装は、残念ながら魔法による防御といった特殊な効果はない。

つまり、アリステイルの剣撃を防ぐ唯一の手段は、同質の武器である赤錆の魔刀しかないのだ。


それゆえにアリステイルの勝利はもはや揺るがない。

にも関わらず、彼女の表情が冴えないのは、女王陛下ミーディ・エイムワードの命にそむいたことではなく、予感であった。

このまま斬りつけると何か大変なことになるという漠然とした不安。


何故そんなことを感じるのか、アリステイルは自問した。


女王陛下の命令を無視したことによる処罰?

否、そもそもそれは覚悟済み。今更感傷にひたるくらいならこんなことはなしない。


ウィナ・ルーシュに対して好意があった?

否、好意もないが、悪意もない。ただ彼女に対して白黒はっきりさせないといけないという思い。それだけだ。


ではこの状態から自身が敗北する可能性がある?

――否。それこそ、キセキでも起きないかぎり自身の剣が彼女の命を奪うのは確定。


――全て否。

起こりうる可能性は全て排除した。

そして、もっとも勝算の高い戦術を駆使し、その結果が今の状況を作った。

あとは迷うことなくその剣をウィナに叩き込めばこれで終わりだ。

彼女の仲間達が手をだすよりもこちらの攻撃が速い。

そう、すでにウィナ・ルーシュは詰んでいる。



――だというのに。

ウィナ・ルーシュの表情にあせりはなかった。

まるで何事もないかのように、こちらを見据えている。

刀で剣の一撃を防ごうとしているが、それが間に合わないことくらいウィナ・ルーシュとてわかっているはずだ。

何故――



答えはすぐに提示された。

彼女の刀身の輝きを持って――。

「!」


【闘神】ミーディ・エイムワードの武器――赤錆の魔刀。

第一の形態が鞘に刀身が納められていることを指すのなら、

第二の形態は、赤い粒子に覆われた刀身が表に出ることを指す。

そして第三の形態。




深紅の輝きを放つ刀身が顕現する。

刀身に付着していた無限の赤錆は消えていた。

あるのは、血の色よりも赤い色の刀身。




アリステイルは目を見開く。

やはりすでに使いこなしたのだ。

限りなく可能性が0と見ていた事柄がここにきて、アリステイルに牙をむく。

だが、それでもこの一瞬に頼るしかない。

神速の振り抜き。

躊躇なく彼女の半身を切り裂く一撃は――。


きんっと澄んだ音をたてて防がれた。

「……赤錆の魔刀――使いこなしたんだ」

「本家に比べれば、まだまだだがな」

アリステイルの一撃は防がれた。

ウィナとアリステイルの間にある"壁"によって。

赤錆の魔刀の真の力。

それこそ、対象が生物、非生物関わらずできる【概念操作】である。

斬った箇所のみ可能であり、アリステイルの剣を防ぐのに空間を斬り、一時的に彼女の持つ聖剣と同等の強度の物質へと変化させ落下させたのが事実である。


ウィナ・ルーシュはついに【闘神】ミーディ・エイムワードの位置へとたどり着いたのだ。

そして、アリステイルは悟った。

これ以上は、手出しができない――と。

ゆえに。


「あたしの負けだよ。【闘神姫】」

彼女は剣を手放した。




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