残照
――始めてわたしがあの人と対峙したとき、
その時わたしまだ魔物だった。
人とは思えぬ強さを持つ少女であった。
魔物の群れはそれこそ、万の群団。
統率されておらずとも、その数だけで蹂躙できる魔物の群れ。
幾つもの村を飲み込み、そしてもっとも大きい街へと向かった時、
1人の少女が立ちふさがった。
赤い刀を片手に。
ただ1人、こちらを眺めている。
その双眸はアメジスト。
綺麗な瞳だが、そこには何の感情も浮かんではいなかった。
万に及ぶ魔物の大軍。
その群れの前にたった1人で何をするというのか。
魔物達は興奮しているし、止まることなど考えていない。
ただ目の前に障害があるならば、蹂躙するだけ。
そうして少女もまた蹂躙される――
しかし結果は予想を覆した。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。
一体何をしたのか。
何をされたのか。
気がつけば、生きていたのはわたし1人。
魔物達の死骸の上にわたしは立っていた。
呆然と。
理解はした。
あの少女が何かをしたのだろう。
だが、どんなことをしたらこんなことになるのだろうか。
彼女は人である。
ゆえにわたしは行動をとることができなかった。
顔を上げる。
そこにいたのは魔物達の返り血を浴びた、少女。
やはりその瞳には何もうつさず、じいっとこちらを見ていた。
逃がしてはもらえないだろう。
そもそもどうしてこんなことになったのかもわからない。
考えたところで結果が変わることがないのなら、その思索も無用であろう。
わたしは、最期の時が訪れるのを静かに待った――
数秒。
数分。
数十分。
……。
実際のところどれくらいの時間が流れたのかはわからないが、少なくともわたしは未だ死んでいない。
おかしいと。
そう思い、ゆっくりと顔を上げる。
彼女は、いた。
何もさきほどとは変わらない容貌で、やはり何もうつさない虚無の双眸をこちらに向けている。
その深淵に、思わずぞっとした。
魔物であっても、闇の属性を持つ種族であってもこんな瞳の持ち主は見たことがない。
それにシャドウレナプスという種族であるわたしにとって、心が視えないということがまずそもそもあり得ない。
シャドウレナプスは、闇の属性を持つ影の種族。
魔物としての力はさほどなく、経験の少ない冒険者などであっても倒せる存在である。
ただし、その姿に惑わさなければという条件がつくが。
シャドウレナプスが恐ろしい魔物と言われているのは、相手の心を読み取り、相手の深奥にあるもっともその相手が苦手もしくは、トラウマとなっている存在に変化することにある。
そのため、姿に動揺し未熟な冒険者や騎士はともかくとして、熟練の戦士ですら命を落とすことがある。
容貌だけではなく、能力も一部のみ複製できるため厄介な存在であった。
わたしも自身の特性は把握している。
ゆえに、彼女がわたしにとどめをささないのは、変化した姿に対して動揺しているのかと思った。
しかし、わたしは唖然とする。
変化している自分を視ると、どうやらこの姿は彼女自身へと変化しているようなのだ。
しかも複製できる能力さえも、まるで何もない。
つまり彼女の力は、まるっきり身体能力とあの刀の力のみで万の大軍を始末したということになる。
そんなバカなと。
そんなことができる存在は、それこそ魔族や、神――上位存在でない限りは不可能だろう。
「…………」
ふっと、ミーディ・エイムワードは嗤った。
わたしを――正確に言えば"自分自身"を見て。
何がおかしいのか、狂ったように嗤い続ける彼女を、わたしはただただ呆然と見ていた。
結局のところ、わたしの生殺与奪は彼女が握っているのに代わりはないのだから。