統括騎士団長と聖剣
白亜の城が目の前にそびえる。
シルヴァニア王国の女王達が住まう城であるにも関わらず、衛兵の姿はここまでない。
不自然なくらい人気のない道を歩きながら、ついにウィナ達は城門前までやってきた。
「――どうやらここから、難易度が上がるらしい」
皮肉げに笑うウィナ。
城門を閉ざすはずの扉はすでに開かれている。
城門を守る門番はいない。
しかし、代わりに存在するものがいた。
ウィナ自身よりも暗い漆黒の髪に、リティの瞳よりも紅い深紅の双眸。
騎士の服装に身を包み、シルヴァニア王国全ての騎士の頂点に立つものがそこに君臨していた。
シルヴァニア王国統括騎士団長アリステイル。
家名はない。
実力のみでその地位にたどり着き、表にほとんど出ないその行動から存在しないのでは?と疑われたこともある。
だが、彼女はここにいる。
目の前に存在しているにも関わらず、その存在感を全く感じさせない雰囲気で。
「やっぱりこうなったんだね」
まるでウィナ達がここに来るのがわかっていたように、少女は物憂げな瞳を向ける。
しかし一瞬に鋭い眼差しをもって来訪者達を迎える。
「――ここから先は、資格あるものしか通さないよ。
君達にその資格があるか試させてもらうから」
一方的な通告。
同時に、彼女の右手にいつのまにか握られている武装。
華美な装飾のない質素な鎌があった。
「……剣を使うんじゃないのか?」
「本来の武器だと、君達を簡単に一蹴できるよ。
それだと意味がないでしょう?」
傲慢ともとれる発言だが――。
ウィナは、前へ一歩進む。
すでに赤錆の魔刀は顕現している。
鞘からは抜いてはいないが、以前よりも存在感を感じさせるソレにアリステイルは厳しい眼差しを向ける。
「……思ったよりも早かったかな。
けど、ソレを使いこなせているか――」
言葉はそこで途切れる。
そして、
きんっと甲高い音が次の瞬間には戦場となったこの場に響く。
ぶつかったのは、アリステイルの大鎌の刃と、ウィナの赤錆の魔刀。
「――速い」
アーリィは思わずつぶやく。
瞬きをしたほんの一瞬。
たった刹那で少女の姿が消えていた。
「……見えましたか?」
主へと問うが、
「……ぎりぎりかしら。
見てからよけるじゃ、たぶん斬られているわ」
シアはそう判断した。
拮抗は数秒。
ウィナは自ら力を弱め、大鎌の方向性を制御し押し切ろうとする彼女の力を利用してそのままくるりと一回転、
蹴撃を彼女の側面へと叩き込む。
「っ」
だが、アリステイルはそれを読んでいたのか、すぐさま片腕でガードし自身の背の倍以上もある大鎌を空中にあるウィナへと向ける。
ウィナは体重移動させることで紙一重にかわし、そのまま大地に足をつけるとまっすぐに少女の元へ走り込む。
一閃する赤錆の魔刀の一撃。
今度はアリステイルが、それを柄の部分で受け止めるとお返しとばかりに接触した部分を支点にして鎌の刃をウィナの頭へと放つ。
ザクッと。
大地に突き刺さった大鎌の一撃で吹き上がる土砂。
直撃していれば今のでウィナ・ルーシュを仕留めた。
しかし、アリステイルは視えていた。
ウィナがあの鎌が直撃する瞬間、直撃を躱しこちらへと一歩踏み込んだいたことを。
砂埃が舞い、視界がゼロではあるがアリステイルにはマイナス要因にはならない。
視覚ではない感覚で自分へと迫るウィナ・ルーシュの姿をとらえていた。
ばふっ。
煙を切り裂き、すでにこちらを捕捉しているウィナは渾身の力を込め一閃。
アリステイルもまた柄で一撃を受け止めた。
交錯しあうアメジストと、ルビーの双眸。
今度は、両者ぶつかり合う反発を利用し互いに距離をとることで仕切り直しとなった。
「身のこなしはいいね。
それだけ体術が使えるなら、騎士団階級の5位以内に入れるよ」
世辞ではなく限りなく本音でアリステイル言う。
「それはありがたいな。
もっとも騎士団の名前がまだ決まっていないが」
「あれ?
【ドキっ女だらけの花園騎士団】じゃなかったっけ?」
不思議そうに聞くアリステイルに、ウィナは顔をしかめながら、
「いや、それは仮称のはずなんだが」
「でももう本決まりで決まったはずだけど?」
「なにっ!?」
驚く彼女。
そして、半眼でリティをにらみ、
「リティ……」
「あははははは、まあいいじゃないですかー。
インパクトはありますよ~」
「インパクトはあるだろうが――」
恥ずかしくて表に出られない。
ウィナはため息をつく。
「団長は大変だよ。
ありとあらゆる場所で自分の所属する騎士団名を言わないといけないから」
こちらもにやにやと楽しそうに言うアリステイル。
「よしっ。
団長は強制的にリティに譲るとして」
「ええっ!?」
「伊達に統括騎士団長を務めていない――か」
「当然だよ。
集団をまとめるのに必ずしも武力が必要――っていうわけじゃないけど、
こと全ての騎士を統括する位にいるものにとって武力はあって当たり前。」
「……まあ、そうじゃないと聖都の怪物とかには相手できないか」
「個人でも優秀であって、集団でも優秀であること。
もしも、君がなりたいならテストしてあげるよ」
「それは勘弁してもらおうかな」
肩をすくめ、
「さて、準備運動はここまでか」
「もちろん。
思った以上に君がやることがわかった。
……それも当然なんだけど」
一瞬だけ影が差すアリステイルの表情。
「だから、ここからは本気でいくよ」
とアリステイルは手にもっていた大鎌を消し、1本の剣を召喚する。
「――っ。それはまさか」
アーリィが目を見開く。
「へえ、これを知っているんだ。
さすが元帝国の影を担っていただけはあるね。」
うれしそうに言う少女。
「お初にお目にかかるかな?
これがあたしの愛剣。名称は長ったらしいから省略するけど、カテゴリー的には【聖剣】に属するものだよ」
「!」
驚愕が辺りを包み込んだ。
【聖剣】
それは其の名が示す通り、"聖"の属性を帯びた剣のことを指す。
この世界には、"聖"を含め様々な属性が存在する。
オーソドックスなものを言えば、火、水、土、風の4大要素。
光、闇の2極要素。
その他にも、高位属性として、雷、氷など多種多様に存在する。
"聖"属性は、それらの属性において頂点に位置する特殊な属性である。
理由は2つ。
一つは、"聖"という属性は、全ての要素に対して対抗概念を持っているため、"聖"属性の魔法は、他の属性の魔法を打ち消すこともできるというもの。
そしてもう一つ、それはどんな属性においても対立する要素があるにも関わらず"聖"属性には対立概念が見つかっていない。
学者達の中では、自分達が発見できていないだけで存在するはずとして調査しているが、
現段階において"聖"属性の魔法に対抗できる概念がないため、魔法をかけられた場合、回避するか、同じ"聖"
属性の魔法で相殺するか二つに一つしかない状態である。
しかし、"聖"属性は非常に珍しく、人はともかく武具や、アイテムなどですら発見されることがほとんどない。
その上、聖剣は文字通り"聖"の属性を帯びているため使い手を選ぶ。
使い手の最低ラインは、"聖"属性を持つもの。
それゆえに【聖剣】など眉唾ものと考えるものも多いほどだ。
つまり、彼女――アリステイルは最低でも"聖"の属性を持った【聖剣】使いであるということだ。
「まさか、こんなところで【聖剣】の担い手に会えるとは思わなかったな」
「知っている人は少ないよ。
【聖剣】を使う時は、本気である証拠だから。
シルヴァニアでも本気を出せる人は、指の数にも満たないくらいだし」
事実を淡々と述べるアリステイル。
「でも、」
瞳を鋭くし、ウィナをにらむ。
「君は別。
あの人の加護もあるし、それ以外にもあたしと対等に戦えるだけの何かを持っているようにみえる。
それに――見たんでしょう?
深淵を」
「!」
テリアが驚愕の表情をウィナへ向ける。
「……まあな」
彼女はあっさりと認め、それがどうした?といわんばかりに少女からは目を離さない。
「――至ったのですか、あの極地を」
それは加護持ちであれば避けずには通れない宿業。
加護とは、そもそもとして自身よりも上位に存在する高位存在からその力を借りることがある。
当然ながら高位存在もただで貸すということはなく、与える力に匹敵する等価を求める。
高位存在によって求めるものは様々だが、大抵の高位存在はその加護を授けた存在を自身の代替品として育成する。
これは、"神"という種族が子孫を創れない種族的弱点によるものだ。
ならば、神は増えないのか――と言われればそれはNO。
神はその個体数を増やすことができる。
自身の魂とも言える蒼輝石を分割し、それに性格などを付与することで擬似的な子供を創造できるのだ。
しかし、当然なことながら蒼輝石という自身の力の結晶を分割するということは、弱体化につながる。
長い年月を経ていけば元の力を取り戻すことも可能だが、その年月も人から見れば永遠に近い。
そのため、ほとんどの神は進んで"子供"をつくることはしない。
その代わりに生まれたのが、加護というシステムだ。
もしも、自身に何かがあったとき新たに自身として活動できる存在――代替品
隠語であるが【巫女】というふうにも言われている。
いきなり力を与えても、人と神ではその力の器の量も質も違いすぎて、空気を沢山詰めた風船のように爆発してしまう。
それゆえに徐々に力を浸透させていき、器を確固たるものへと変質させていく。
《力の継承》、《器の継承》を経て、最後は《記憶の継承》へと。
《器の継承》までいくと、その能力や、力も加護を授けた存在に同一に近づいていき、
《記憶の継承》がおこなわれると神が生まれてから死ぬまでの記憶が一斉に加護を受けたものの中で破裂する。
そうなると、数千年という単位で生きてきた神と、長く見積もっても100年にも満たない、種族的なものがあっても千年にすら満たない存在ではたやすく踏みつぶされる。
結果、記録として継承された新たな神が産声をあげるというわけだ。
これだけみると詐欺のようなかもしれないが、実際はちゃんと加護神との対話をへて受け入れるかどうか選択ができる。
受け入れれば、さらなる能力と力、そして神と種族の最上級の器を手にいれることができるが、
将来的に自我を失うかもしれないというリスクを背負うことになる。
加護を授かった人間は、そのことを自身の加護神から教えられる。
それまではみだらにそのことを伝えたりしてはいけないという、暗黙の了解があったのだ。
ゆえに、テリアは驚いた。
ウィナ・ルーシュが【深淵】を見たという事実に。
それは暗喩で、継承を全て済ませたということなのだから。
だが、継承がすでに終えているのならば一つ疑問がある。
「何故、ウィナ様はミーディ女王陛下と姿が異なっているのでしょうか?」
継承が本当に終えているのならば、その姿は加護神そのものに変貌する。
しかし、ウィナは確かに似ている部分はあるがまだ個性を残している。
問われたウィナは、一瞬、逡巡し――
「――いらないそうだ。
自身の代替品は」
「それが、あの人の決断なんだね……」
静かに、アリステイルはつぶやきを漏らす。
うつむいた状態であるため、顔は見えない。
しかし、少女はすぐに顔をあげた。
その表情は、筆舌しがたほど様々な感情が込められていた。
「――なら、ここからは本当にただの八つ当たり。
あたしは、女王陛下がそんなことになる結末なんで望んでいないんだからっ」
その言葉が、力を発生させる言霊であったのか。
アリステイルを中心に、風が巻き起こる。
普段抑えている力をただ無造作に解放したのだ。
「っく」
片手で吹き荒れる風を受け流しながら、アリステイルからは決して目を離さない。
「行くよ。【闘神姫】。
あたしは、貴女を許容しない」
ここで始めて、アリステイルは敬意を示した。
――敵として。