【預言書】
【真実の目】盟主との会談が終わり、ウィナとグローリアは家へ戻った。
帰路の間、グローリアの問いに自身の答えを告げ、世界の秘密について一応の決着はついた。
そうして、現在家のリビング。
「――つまり、手伝ってはくれないから私達でどうにかするしかないってことかしら?」
人差し指をピンとたてて、シアはウィナ達からの報告をまとめた。
ウィナは肩をすくめ、
「概ね、その通りだ。
【真実の目】は、究極的に世界崩壊を防げれば、それでいい組織のようだったからな。
今回のような事態は傍観のようだ」
「ふーん。
でも実際、放っておいても自然に解決しちゃう問題なの?」
とシアが鋭いところをついてくる。
「判断が難しい問題だな……」
結局のところ、どの勢力も【預言書】が、行動の指針なのはほぼ間違いないだろう。
それにのっとれば、世界崩壊という事態にはならないと、【真実の目】の盟主は確信に近い判断をしている。
ただ疑問に思うのが、そこまで信用していいのかということだ。
盟主が、逆にこちらを思うように動かすために嘘をついているという可能性もある。
仮に嘘だとするなら、何故嘘をつく理由があったのか。そこが問題になる。
……しかし、現状そこまで考える前にすることがある。
それはーー
「……【預言書】手に入れることは出来ないもんかね」
現物が手に入れば、情報の真偽判断ができる。
現物入手が問題解決の最大の鍵となるのだが……。
「……難しいでしょう。」
アーリィは難色を示す。
「口づてで情報が漏れることはあっても、現物が流れることはありません。」
「まあ、そうだろうな」
頭をかきながら、ため息をつく。
【預言書】は、アルヴァナ族の教典にして、聖典。
そうそう手に入るものではない。
事実を事実として再認識後、さてどうするか、と頭を悩ませた時だ。
「【預言書】ならわたしが持っていますよー」
こちらの悩みを跡形もなく吹き飛ばす輩が、相変わらずのトンデモ発言をしたのだった。
全員のまた、おまえかという視線をもろともせず、彼女ことリティ・A・シルヴァンスタインは胸元から教典をとりだした。
((((しかも何故、胸から?))))
全員が同時に胸の中でツッコミをいれた。
しかしリティは、ぽっと顔を赤らめながら、
「ウィナさん……わたしの気持ちです」
「さて、何が書いてあるか……」
リティのことをいつものように無視して、
ほんのりと微妙に生暖かい【預言書】を開いた。
「ウィナさんがヒドい……」
「どんなことが書かれているの?」
と身を乗り出してシアが尋ねてくる。
「これは……」
ウィナは眉を斜にし、つぶやく。
「そういうことか?」
顔を上げ、リティへと尋ねる。
さっきまでいじけていたリティも、ウィナの視線を真正面から受ける。
「そういうことです。それだけでは読めないんですよー。それは」
「……どういうことなんですか?」
「こういうことさ」
ウィナは、全員が見られるように本の中身をさらした。
「!なるほど」
「へえ、おもしろい」
「普通の……宗教の教典?」
【預言書】。
そう呼ばれるものは現在ふたつ存在する。
一つは、表題『過ぎ去りし時の記憶』ーー内容が【過去の世界についての記述】されているもの。
もう一つは、表題「果ての先にある記憶」ーー内容が【未来の世界についての記述】されているもの。
共にアルヴァナ族が管理している教典である。
そのアルヴァナ族も2種族に大別される。
過去から現在にかけて存在している古代アルヴァナ族。
近年、新たに生まれた神聖アルヴァナ族。
過ぎ去りし時の記憶は、古代アルヴァナ族が。
果ての先にある記憶は、神聖アルヴァナ族という形で所有されている。
リティが渡してきた【預言書】は、1冊。
過ぎ去りし時の記憶の方だ。
この本に書かれている内容は、過去の記述。
だが、
「この本の中身は、考古学者達が言っている内容とは違いすぎる。かりに暗号があるとしても、そのことに全く触れないのはおかしいだろう。つまり、意図的に情報を隠しているーー違うか?」
ウィナは、リティに言う。
表に出ている情報だけを信用したら、過ぎ去りし時の記憶には、過去に起こった出来事が記述されているはずだ。
しかし、これに記述されているのはそこらの宗教の教典と変わらないシロモノ。
預言のよの字もない。
「当たらずとも遠からずですねー。」
彼女は、半分はあっていますといい、
「特定の読み方をしないとただの教典にしか見えないのは、当たっています。歴史学者達が触れなかった理由は暗号が自分達では解けなかったからですよー」
「解けなかった?」
「正しく読むには、特定の血を持つ人間が必要なんです。
そして、歴史学者の中で唯一それをなしえたのがレイ・フォルティス。あまりに有名で、権威であった彼の言葉を疑う同業者は存在せず、それが真実となったーーというわけです」
「……あの、そうするとその人以外は誰も確認はしていないんですか?」
グローリアの言葉にリティはうなずき、
「そういうことになりますねー。」
「その人が間違えたらどうするんですか?」
不思議そうに尋ねるグローリアにリティは笑みを深くし、
「どうもしませんよ?そもそも間違えないわけですし」
「え……?」
意味が分からないと。
呆けた表情する彼女。
他のメンバーはなるほどと頷いた。
「前提が違うということかしら?間違えることがない以上、その後を考える必要がない。」
シアの言葉にグローリアは「そんな……」と絶句する。
権威というのは力だ。
その人が言ったなら、そうなのだろうと思わせる説得力。
間違いが立証されてしまえば、地に堕ちてしまうが、逆を言えば間違いが立証されないかぎり、その人は正しい人と世間は認識する。
彼が例え【預言書】について嘘の報告をしたとしても、虚偽を立証されなければそれが真実ということで現在まで伝わるーーというわけか。
「何故、嘘をつく必要があった?」
「実際、読んでみるとわかりますよー」
とウィナに指輪を投げ渡すリティ。
銀色の金属でところどころ赤い宝石が点在し、円周上に蛇をかたどった彫り込みがされていた。
「これは?」
「【預言書】を読むために必要なものです」
「……聞きたい答えと違うが、喋る気もないってことか?」
「そうですねー。今はまだというところです」
やれやれと肩をすくめ、ウィナは指輪をはめて【預言書】に目を通した。
すると今度はさっきまでの○○の教えなとではない、ちゃんとした文章が浮かびあがる。
「……記録を保存する媒体ーーか。盟主の言っていたことの意味がわかったな」
ウィナは指輪を抜くと、それをグローリアへと放った。
「全員が読んでも問題ないんだろう?」
「大丈夫ですよー」
「そうか。なら話はまず全員が読んでからだな。」
数十分後ーー。
全員が【預言書】を読了し、しばらく沈黙が続いた。
現在2つある【預言書】。そのうちの1つ、表題『過ぎ去りし時の記憶』。
その内容は彼女達をもってしても予想外。
そう言い表すことしかできないほど想定外のシロモノであった。
なにせ、記述されていた内容がーー
「自分の人生録とはな……」
ため息まじりの彼女の言葉に、ほとんどが肯定を示す。
「アーカシックレコードから、引っ張っているのか?」
「アーカシックレコードではないですけど、それに近いものから情報を取り出していますねー」
「ウィナ様、アーカシックレコードとは?」
と最近空気になっているテリアが尋ねる。
「こっちじゃあ、あまりない概念か。簡単に言ってしまえば、この宇宙ーーいや世界が生まれてから全ての情報を記録している場所のことを指す言葉だな。」
「新手の覗き?」
斬新な意見をくちにするシア。
「ニュアンスはあってるかな。なんにせよ世界の情報が記録されているということは、個人の記憶もされているということだ。」
ウィナは【預言書】を受け取り、ぱらぱらめくり、
「これは、そのアーカシックレコードから、本を手にした人物の現在までの記録のみ抽出するアイテムというところだな。誰が作ったかは知らないが」
リティへと【預言書】を放り投げる。
「……盟主達が見たのは、『果てにある記憶』の方か?」
「そうですよ。
あちらには【全文】が載っています」
「【全文】……か。
それは手に入らないんだろう?」
「いえ、そんなことありませんよー」
とやはり同じく胸元から取り出す、リティ。
「どこかの青猫みたいだな……」
「じゃあ、猫耳もつけないといけないですねー」
アホなことを言うリティをいつものようにスルーして、ウィナは渡された本をめくる――。
だが。
「…………白紙?」
「あ、やっぱり読めないですね。当然ですけど」
「これも暗号なのか?」
「いいえ。
たぶん、ウィナさん以外は読めますよ?」
そうリティに言われ、アーリィに手渡す。
「――読めますね。
ただ、」
「ただ?」
「こちらも過去の話までしか記述がありません。
先ほどの『過ぎ去りし時の記憶』の方では、個人を主観とした記述であるのに対して、こちらは第三者の視点から記述されているようです」
「……俺は例外として、つまり時間がキーワードということか。
おそらく、その人物が生きてきた時間しか見ることができない――違うか?」
「ええ、合っていますよー。
時間の縛りという制約に引っかからない人のみ、その【全文】を読むことができるはずです。」
「リティ。
おまえは読めるのか?」
「その質問は、ノーコメントでお願いしますね。ウィナさん」
鋭い視線を受けながらも、にこやかに笑うリティ。
一瞬、辺りに緊張がはしるがウィナは大きくため息をつき、
「今更か」
追求をやめ、別のことを口にした。
「【預言書】からこれ以上の情報を得ることはムリだろう。
盟主からの情報も止める手段としてはゼロだ。
となると、結局のところ当人達と会って情報を得つつ、場合によっては戦闘もやむなし――というところか」
「話し合いでは――もうムリですよね……」
表情に影を帯びながら、グローリア。
「たぶんな。
ここまできたならもうやるところまでやると思っている方が近いだろう。
そもそもこの段階までやってきて悩むようなら最初からするなと思うし」
「これから具体的にはどう動くの?」
「……6つの塔の中心地点を調べるか。
術の作用がどうであれ、中心部に重要な何かを置くのが魔法だろう?」
とリティへと問う。
「そうですねー。
術者がそこにいる可能性も高いですし。
行ってみるのも一つの手ですねー」
「それならば、シルヴァニア王国、王城ですね。
昨晩、目算ですが地図上と塔の位置を確認し重なる点をはじきだしておきました。」
アーリィは、そう言い地図を見せる。
「……王城か。
わかりやすすぎだな。」
「罠だとお考えですか?ウィナ様」
「――可能性的にはありうるが――」
そこで思い出す。
盟主との会談とミーディとの白い空間での会話を。
「……いやないな」
「ウィナ様?」
「…………」
グローリアも思い出したのだろう。
まぶたをそっと下ろした。
「罠の可能性はほとんどない。
――王城へ行く」
ウィナの宣言に、全員うなずいた。