【物語】
「…………」
静かだった。
異空間であるのもこの静寂な空間を作っている理由の一つかもしれないがーー。
場所だけが理由ではないのは、彼女達の表情が物語っているだろう。
【闘神姫】と言われているウィナ・ルーシュは、腕を組み瞳を閉じたまま。
【盟主】と呼ばれた女性は、ただ彼女達を見つめ、
【共鳴者】と言われた彼女ーーグローリアは、顔を青ざめさせ、唇を噛み締めていた。
耳が痛くなるほど、静謐な空間。
それを砕いたのは、【共鳴者】であった。
「……そんなことっておかしいですよ」
グローリアの声は、泣きそうではあったが、崩れおちるほどの弱さはなかった。
「わたし達がーーっ、わたし達がーーだなんてっ」
彼女の憤りは理解できた。
ウィナにも、盟主にも。
ただ彼女達には、グローリアとは違い、憤り以外の感情があった。
それはーー。
「ーー事情はわかった。
どうしたら儀式を、いや塔をどうにかできる?」
聞いたのは、あくまでも対処方法。
相手の事情を聞けたのは僥倖だったが、だからといってここで引くことをウィナはできなかった。
例え相手に対して同情に近い感情があったとしても。
こちらの想いには触れず、盟主は問に応えた。
「いくつか方法はあります。
一つはあの塔を出現させた魔法と対極にある魔法を行い、塔を以前のように不可視にすること」
「出現させたなら、当然元に戻すことも可能か……」
「ただし問題があります
塔を出現させた魔法とは対極に位置する魔法術式ーー反転魔法術式を自身で見つけないといけません。
【盲目の巫女】に聞くことができればその手間はかかりませんがーー」
「普通、計画を妨害するから、その方法を教えてくれーーと大元にいったところで教えてはくれないだろう」
肩をすくめるウィナに彼女も同意する。
「文献に確実にのっていれば、探すのも悪くはないが……。その辺のことに手を回していないとは考えずらいーー。かといって本格的に【盲目の巫女】の魔法を解析するにしても……」
ちらりとグローリアの方をみる。
未だ顔色はよくないものの、こちらの視線に気づくたけの余裕があることにウィナは安堵した。
話の内容が内容だったため、この世界に最初から生きているものにとって許容するには限度がこえていた。
そのものの性格にはよっては、このまま殴り込みかけてもおかしくない。
幸いショックはうけたみたいだが、暴走には至らない彼女の精神制御に感心した。
もっとも今後はわからないが。
(それになんでこの場にグローリアを呼んだのかがわからない。……なにか今後に対しての布石か?)
なんにしても、ウィナの視線の意味を理解できたのだろう、グローリアは、彼女の言葉を続け、
「リティさんの手助けがないと……。わたしだけでは無理です。」
やはり歩く非常識がいないと駄目ということだ。
こと魔法に関しては、おかしいくらいの技量をもっているのが彼女である。
「ところでリティのやつはどこにいった?」
「彼女ならここと外の入り口にいますよ」
「そうか……さてその他の方法について聞こうかな」
「魔法によるアプローチ以外だと、一番なのは術者に対してのアクションです。
儀式魔法としては最難度の魔法であるため、少しでも意識の集中を崩すことができたなら崩壊もしくは暴走といった結果につながるでしょう。
最善ではありませんが、妨害だけを考えれば悪くはないでしょう」
被害を度外視したなら、一つの手段として考えられるが……。
「悪いがその案は却下だな。
大多数のために少数を切り捨てるーー俺の流儀ではないんでね」
「ウィナ・ルーシュ。しかし世界というのは残酷です。
いくら貴女が信念をもとうとそれを蹂躙するのが世界です」
「そうだな。
現実は残酷だ。
だが、心をどこにおくかそれくらいは、自分で決められることだろう」
「……」
「見方を切り替えれば、方法なんて山ほどある。大多数を救うためには少数を切り捨てることであっても、別の側面から見れば、少数が少数を救っていけばそれは多数を救うことになるだろう。」
「……」
「どちらかしか選択できないという選択の表示の仕方は、脅迫しているのと同じだよ」
人質にナイフをちらかせて、な。
とウィナは言う。
「それがあなたの矜持ですか?ウィナ・ルーシュ」
「そんな大それたものじゃない。自分との約束事みたいなものだよ」
精神論はここまでだと、脱線した話をウィナは戻した。
「結局のところ、現状を打開するだけの情報はないーーか」
やれやれと、ため息をつくウィナ。
「……ウィナさん」
グローリアが、これからどうしましょうかと目で尋ねてくる。
「……【盲目の巫女】、【闘神】、【人形遣い】を探そう。今から塔の解体やらなんやらを考えるよりは本人達に直接聞いた方が早い」
これだけ大規模な儀式である。
術者ーー恐らくは【盲目の巫女】は手いっぱいであるはずだし、そんな儀式を行える場所など限られているだろう。
危機ではあるが、千載一遇のチャンスであるのだ、今の状況は。
方針は決まった。
聞くべきことも聞いた。
【盲目の巫女】が何故魔法の才能がないとか、気になる情報もあったが、これ以上の情報は余分だ。
そうして、この場を去ろうと背を向けたとき、
「彼女の願いは知っていますか?ウィナ」
盟主が静かに声をかけてくる。
「……それもヴィムアークーー預言書に書かれていたのか?」
「いいえ。あれは道標。人の心までは記述されているものではありませんーーしかし、聞くまでもなかったですね」
そうこちらの顔色を窺って判断した。
「貴女は彼女の願いーーどう思いましたか?」
「とりあえず気にいらないのは確かだな」
「彼女の境遇は理解しているのでしょう?」
非難ーーではない。
確認するかのように盟主は尋ねてくる。
「……まあな。
だが、それが免罪符になることはないな」
そう優しく告げた。
「悲劇なんていうのは、世の中に溢れている。それこそ世界にある創作物以上にな。悲劇に共通の物差しなんてない。自身が感じたものが全てだ。それに対して他人の意見などそれこそ意味がない。感情はそれを感じたもののものだ。
だから、俺は彼女の境遇を理解するが、ただそれだけ。彼女も安い同情なぞ欲しがっていないだろうしな」
「なら、彼女は何を欲しがっていると思いますか?」
盟主の問いにニヤリとウィナは笑った。
「意志だ。
これからどう生きていくべきか、それを判断するための、な」
だからこそ、この騒動は茶番劇なのだろう。
本当に目的を果たしたいなら、もっと綿密に計画を練るだろうし、前にやれば良かったのだ。
それをやらなかったのは、表向きの動機以外になにかがある証拠だろう。
そうウィナは判断した。
彼女の願いは、白い空間ですでに聞いている。
ゆえに完全に憶測ともいえないだろう。
「……それでも貴女は戦いますか?ウィナ・ルーシュ」
「向こうが戦いを望めば戦うだろうし、話し合いを望めば話し合いで解決する」
結局、向こうの出方次第。
「ーー期限がわかっただけでも僥倖だった。じゃあな」
今度こそ、別れの言葉をいいウィナは去る。
それに一歩遅れる形でグローリアもウィナを追おうとしたのだが……。
盟主は背をむけたウィナにと声をかけた。
「ウィナ・ルーシュ。最後に質問をしていいでしょうか?」
「そういえば……そういう約束をしていたな」
その場から動かず、上半身だけ彼女の方に向き、
「何が聞きたいんだ?」
「貴女は、この世界をどう思いますか?創造神にすら見捨てられ、今もなお滅びの危機に瀕しているこの世界を」
盟主の問いに、
「どうも思わないな」
「――それはどうしてですか?」
「神が現実にいるこの世界でも、人の営みはそれほど変わるものじゃない。
明日滅びるとか、何年か後滅びるからという明確な証拠もないことを突きつけられたとしても、
多くの人にとっては今日精一杯生きることの方が重要だからさ」
だからどうも思わない。
そうウィナは笑った。
それでいいと。
盟主はウィナの答えに、ため息で返した。
呆れではない。
今後のことを思って、彼女はため息をついたのだった。