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朝――真実の目

朝。

山から顔を出す太陽が、この新都シルヴァニア王国、中央都市ピティウムにも届く。

太陽が出ない頃から、牛乳を配達する若者や、掲示板がある広場に広報を貼る役人。

朝から朝食を出す飲食店からは、おいしそうなにおいが漂い始める。

概ねそれらの光景は、6つの塔が現出した今でも変わらない光景だった。




王宮であるにも関わらずがらんとした宮殿内のある一室。

頬に手の甲をあて、片方の手ではグラスの細い所を持ち、くるくると中にある紅い液体を回す。

すっとした切れ長の目は、グラスに入った液体を見ているのか、それとも別の何かを見ているのか。

形のいい唇が、不意に動く。

「――開いているわよ」

ぶっきらぼうな口調。

だが一応は了解を得たと、飾りの美しい扉を開け室内に入ってきたのは1人の男性。

黒いフードに、黒いローブとどこからどうみても不審者である彼は、古めかしい椅子に腰をかけている彼女に視線を移すと、

「……まだ起きていたのか。」

「――悪い?

これでも用意は周到する性格だから仕方ないのよ」

といつものようにひねた口調をするが、どことなく元気がないように彼は感じた。

「……以前も言ったが、降りても――」

ギンっ。

一瞬だった。

座っていたはずの彼女が、何故か彼の目の前にいて自身ののど元に刀の切っ先をつきつけているのは。

「言ったはずよ。

わたしもやると。

その思いを踏みにじるつもりなら、たとえあなたでも許さないわ。

シルヴィス」

「……わかった。

だから、刀をしまえ。ミーディ。

心臓に悪い」

「――ふん」

虚空へと消える刀。

開いた手には、さきほどからずっと回していた紅い液体の入ったグラス。

「不機嫌だな」

「ええ、かなりね」

ざっと前髪をかきあげるようにして、

「……情緒不安定なのよ。

精神病かしら」

「そういえるうちは大丈夫らしいな。一般的には」

「少しは心配したらどうなのよ、シルヴィス」

「それで心配したら、しつこいというのはおまえだろう。ミーディ」

「それでも心配するのが男の甲斐性でしょ?

女心がわかっていないわね」

「一生わかる気がしないな。残念ながら」

「ちっとも残念そうに見えないのは気のせいかしら?シルヴィス」

「気のせいだ。

疲れているせいだろう」

しんと静寂が落ちる。

いつもより静かな王宮。

それは当然で、今この王城に人はほとんどいない。

強いているのは王や、女王を守る親衛隊の一部と、世話する従者。

数えるくらいにしかいない。

みんな、暇をだし実家に戻ったり休暇を楽しんでいたりしている。

いつもより、口数が多いシルヴィスはそれを理解しているからこそあえて振る舞っているのだろうか。

そんなことを漠然とミーディは思った。

「ヘラの方はどうだ?」

「順調よ。

もう石は所定の位置に置いてあるし、後は大きな花火があがるまでというところじゃないかしら?」

つながっているあの子のことは手にとるように理解できる。

「……そうか」

計画は順調。

ミーディとシルヴィスはそのことについて特に感慨などは感じなかった。

なんどもやったリハーサル。

ここまでの道程はまぶたを下ろせば、重箱の隅をつつくほどの詳細なことまで思い起こすことができる。

やっと迎えた本番。

役者も、舞台の道具も全て今回はそろった。

後は舞台が無事終わることを祈るのみ。

【闘神】と呼ばれる彼女ですら、最後は祈るしかできないのだ。

「――静かね」

「そう……だな」

「長かったわ」

「そうだな。長かった――長すぎた」

彼はうつむき自身の両手を見る。

「もはや誰に謝っていいのかもわからない。

そもそも謝るくらいで許されるとは思ってはいない。

ならば、私は――俺は何をすればこの罪をつぐえるのか。

命か、魂か、それともこの終わりのない煉獄の世か。

何度も自問自答しながら、生き続けてきた。

悩むことすらも、罰だと思い。

安易に命を落とすことすらも出来ず、

そんなに自身の命が大事かと、自らを罵倒し、

いつのまにかここまでやってきた――」

涙はとうの昔に枯れ果てていた。

乾ききった心は、あちこちひび割れている。

もう自身を保つのも限界だ。

しかし、自身は終われない。

自らでは終わることができない。

それが呪いなのだろう。

いや、罰なのだ。


あんなことを願わなければきっとこの世界は、もっと綺麗であったはずである、と。


「でも終わるわよ。

――今回で必ず終わらせる」

ミーディは、静かに決意を口にする。

太陽はいつのまにか、完全に姿を現していた。




中央都市ピティウム郊外の一軒家にて。

台所では風の属性を持つ人工精霊が器用に包丁を扱いながら、野菜を切っていた。

「テリアは、精霊使いが荒いと思うよー」

文句を言っている割には、ふわふわと楽しそうに朝食の準備をしている少女。

「あら、エルだったかしら?

貴女のご主人様はどこ?」

と、長い黒髪を首のところでまとめあげた女性がやってきた。

「テリア?

たぶんソファーで休んでいるよ」

「何を言っているのですか。エル。わたしは働いていますよ」

と、間髪いれずに台所に姿を現すメイド服の女性――テリア・ローゼル。

今日のメイド服に色は朱色である。

「シア様。おはようございます」

「おはよう、テリア。

朝食はいつ頃になるのかしら?」

「ウィナ様が起床される時間になります」

「……と言うと、あと一時間後くらい?」

「そうなりますね」

「そう。じゃあそれまで散歩に出ているわ」

くるりと背を向け、台所を出て行こうとするシアをテリアは止めた。

「なにかしら?」

「これを。

胃腸を整える働きがある飲み物です」

「へえ、ヨクルト……?聞いたことのない飲み物ね」

「シルヴァニア王国内にのみ流通していない業者ですから、シア様がお聞きしたことがないのも仕方がないと思います」

「ありがとう。もらっていくわね」

そして今度こそシアは去って行った。

それから数分後。

「おはようございます。ローゼルさん」

と顔を出したのは、アーリィ・エスメラルダ。

「おはようございます。アーリィ様。

いかがいたいしましたか?」

彼は、きょろきょろと辺りを見回し、

「女王陛下がこちらにやってきていませんか?

姿を見ていないのですが、」

「シア様なら、朝食までの間、散歩をすると外へ外出しております」

「!本当ですか――いえ、貴女を疑っての言葉ではありません。

あの方にも困ったものです。

姿が変わったといってもここは未だ敵地であるというのに」

肩をすくめるアーリィ。

「情報ありがとうございます。

私も陛下を追って外に出ます。

朝食までに戻ってきますので、すみませんが後をよろしくお願いします」

一礼すると、台所から去って行く。

「千客万来だねー。テリア」

「そうですね。

……あと30分ほどでウィナ様の寝所に行きます。

エル、後は頼みます」

と、テリアも台所から去っていく。

ぽつんと1人残されたエルは、

おたまをくるくる回しながら、

「結局、誰も手伝ってくれないんだよねー」

はあとため息をつき、再び調理に戻った。




金属音が鳴り響く。

といっても戦場ではない。

屋敷の食堂にて、皿とナイフや、フォーク、といったものがぶつかりあう音である。

少し大きい木製のテーブルに、全員が席につき人工精霊エルが作った朝食を口にしていた。

「……聞いてもいいかしら?」

と突然、シアがこちらをちらりと見て言う。

もぎゅもぎゅと食べたものを喉の奥に流し込み、目でどうぞと告げる。

シアは、じゃあと先ほどから全員が思っていたことを口にした。

「どうしたの?その髪」

その疑問は当然だろう。

なにせ、ウィナの髪は寝癖がひどいことになっていたからだ。

いつもであれば、テリアにブラッシングを頼んだりして、黒髪ストレートでぴしっとした姿で食事の時間に現れるのが彼女である。

しかし、

今日は、長い髪の毛はあちこちへとカーブを描いていて、薄桃色のワンピースの寝間着はぐだっとした着こなしで、下着自体が見えていたりする。

「……まあ、いろいろとあったんだよ」

少し疲れた口調で言うウィナに、何故かリティはぽんと手を叩き、

「なるほど。ついにテリアさんと一線越えたわけですね-。わかります」

「わかってないだろっ!!」

ウィナの怒号に、リティはやだな~嘘ですよーウィナさんと。まるで反省のない言葉を返してくる。

グローリアは何を想像したのか、顔を上にあげ、とんとんと首を手刀で叩き、

テリアは、ふっふっふと妙な笑いを。

シアは、面白いわ、私達もどうかしら?アーリィ。と彼に微笑みかけたり。

アーリィは、はあといつものようにため息をついていた。

概ね、平和な光景であった。


食事も終わり、これからの行動について話を始めると、

先ほどまでの明るい雰囲気とは一転して、ぴりぴりとした空気が食堂を支配する。

「魔法陣か。

まあそうだな。俺もそう思った。何かの儀式を行うのは間違いないだろう。

あの6つの塔が鍵となるはずだ。

――一番、てっとり早いのは壊すことだが……」

「安易な破壊は、術者の想像を超えた事態を招かねません。ルーシュ」

「わかっているさ。

最後の手段だな。儀式発動直前に行う下策中の下策だ。

こんな手を使うはめにならないようには、したいな。」

コーヒーをすすりながら、ウィナはリティへと視線を移し、

「盟主との会談は出来そうなのか?」

「大丈夫そうですよー。

ただ条件をつけられましたけど」

「条件――か。どんな条件だ?」

「人員の限定ですね。

具体的に言えば、ウィナさんと、グロちゃんのみです」

リティの言葉に、一瞬、場に沈黙が落ちる。

「……俺と」

「わ、わたしですかっ!?」

目をぱちぱちと瞬かせながら、グローリアも驚いた。

「へえ、それはどういう人選なのかしら?」

と、手の甲にあごにかけ、伸ばした手で間食のスコーンをいじりながら聞くシア。

「それは盟主様しか、わかりませんねー。

本人に聞いてもらった方がいいですね」

「……ま、いいだろう」

まぶたを降ろし、簡単に思索をしてそうウィナは結論を口にした。

「どの道、無理かもしれないと思っていた相手だ。

話ができるだけでも僥倖だろう。

時間の設定は?」

「こちらの都合で構わないとのことですよー」

「そうか。グローリアは何か予定は?」

「――大丈夫です。」

「じゃあ、俺とグローリアは朝食後、盟主に会いに行ってくる」

「……もしも、貴女方が戻らない場合は?」

と、手を組ながらアーリィが重く尋ねてくる。

ウィナは肩をすくめ、

「今と変わらない。

お互い利があって手を組んでいるようなものだ。

好きに動けばいい」

まあ、助けに来てくれるなら助かるけどなとニヤリと言うウィナに、アーリィは微笑み。

「貴女に貸しが作れるなら安いものでしょう」

「そうして貸しがどんどん増えていかないように気をつけないとな」

片手にティーカップを持ちながら、半眼でつぶやいた。





「あのここはどこなんですか?」

とグローリアが問う。

朝食後、ウィナとグローリアはリティの案内をもとに【真実の目】の盟主に会いに行っているところなのだが――。

「異空間、いや位相をずらしたのか?」

中央都市ピティウムを歩いていたら、突然画面が切り替わり目の前にいた人間全てが消えた。

しかし、街の中であることはかわりない。

朝食を作っていただろう屋台、

噴水のある広場にて語らっていただろう恋人達の置き土産。

煙突から出ている煙。

人が生活している空間であるにも関わらず、人だけがこの世界にはいない。

きょろきょろと辺りを見回すウィナ達に、リティはくるりと彼女達の方に振り返り、

「ここは、盟主様が造り出した人造世界ですよ。

人造といっても盟主様は人ではないんですけど」

「世界を……作る?」

呆気にとられたように口元に手を覆うグローリア。

「加護の能力か?」

「いいえ、違いますよ」

「……なら、創造神の眷属なのか?」

「それも違いますねー」

満面に笑みを浮かべて否定するリティ。

「イレギュラーですよ。盟主様は」

「イレギュラー……?」

首を傾げるグローリア。

ウィナの方は、まさかと眉根を逆立たせる。

「もしかして、盟主っていうのは――」

「盟主様に会ったらすぐわかりますから、それまでは秘密ですねー」

「……わかった。

楽しみは後にとっておくさ」

そうして、ウィナ達は商店や露店が建ち並ぶ通りを越えてついた先は。

「――王城か」

「そうです」

「ええっと、許可無く入っていいんですか?」

心配そうに尋ねるグローリアに、リティは、

「大丈夫ですよ」

といって門番のいない正面門を越えたところでいきなり姿が消えた。

「リティさんっ!?」

「待て、グローリア」

あわてる彼女を抑え、ウィナはリティのいた場所を見る。

そこには淡い光を放つ発動している魔法陣が存在していた。

「転移の魔法……ですか?」

「だろうな。

この空間といい、転移の魔法陣といい、相手は相当なやり手だろうな」

やれやれとため息をつき、

「招待されているようだし、行くか」

「……はいっ」

魔法陣に足を踏み入れた。




意識を失ったのは一瞬。

視界が暗転したと思ったら、目の前にはまるで現実感のない空間が存在していた。

蒼い輝きを放つ鉱石があちらこちらに存在し、シャボン玉のような材質をもった巨大光球。

真っ黒な闇の中、神殿へと続く純白の階段。

しかし、その階段をささえている柱などはなく、暗い闇の中に浮かんでいるように見えた。

そして、その階段の先、質素な玉座に腰をすえる女性がいた。

翠色のウェーブがかかった長い髪。

うっすらとだが、光を放っているようにも見える。

銀色の輝きの目は、こちらを見ているようで見えていないようにも感じられる。

言うなれば万華鏡。

見方が変われば、変化する景色のように、彼女の双眸は変化する。

【真実の目】。

世界平和を唱える秘密結社の盟主。

その肩書きに相応しい貫禄を彼女は持っていた。


「ようこそ。

【闘神姫】ウィナ・ルーシュ。

【共鳴者】グローリア・ハウンティーゼ。

【真実の目】盟主リベオン・イルギス・アイウィリッシュ・ティターンの名の下に貴女達を歓迎します」

高らかにこの世界の王はそう宣言した。



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