夜――グローリアとテリア編
深夜。
夜の帳が完全に落ちた頃、中央都市ピティウムの中央部分から少し人気のない方へ離れた屋敷では幾つもまだ明かりがついていた――。
古めかしい木製の椅子に腰をかけ、その肩にはケープをかけ魔法の明かりを頼りに読書にいそしむ少女の姿。
尖った耳と黄金の髪を持つ種族エルフの少女、グローリア・ハウンティーゼである。
「……もう、こんな時間かぁ」
少しばかり根をつめすぎていたようだ。
彼女は、ううーとうめき声を上げながら固まった背中を伸ばす。
肩を触るとなんだか固い感触が。
肩を背もたれに押し当て、天井を見上げる。
ウィナさんの家は、木でできた住居であるため、見上げれば当然そこにあるのは木である。
加工された木を見ていると、不意に故郷のことを思い出す。
「……みんな元気にしているかな」
半ば、逃げ去るように故郷から離れてきた。
理由は2つ。
1つはある人を助けるための技術を身につけること。
これは、象徴魔法印の技術などでほぼ達成している。
この事件が終わったら、逢いに行こうと考えていた。
もう1つは、たぶん――。
「……なんでわたしだけ、加護がなかったのかな……」
仰ぎ見ていた彼女の視界に入る掌。
それは自分の手。
あの時と比べて、少しだけ大きくなった。
あの時、自分に今の力があれば状況は大きく変わっただろう。
少なくとも、故郷から離れることもなく、みんなと仲良くやっていけたはずだ。
でも。
でもそれは――
「わたしは、楽しく日々を送れる。
でも、今度は誰かがこぼれ落ちる……」
最初から幸せな人間に、不幸な人間を想像することは難しい。
日々が充実している人間に、努力をしていても進めない人間を思うことは難しい。
加護なき子供――忌み子であったからこそ、彼女は逢えたのだ。
あの人と。
もし自分がそうでなければ、逢うことなんてなかっただろう。
そして――。
「……もしかすると、わたしもあの人を――」
ぎゅっと目をつむる。
恐ろしかった。
その後の言葉を口にすることが。
ありえない、夢想だと思う。
だけど、それも道を違えば現実となった事柄。
「神様は、越えられる人間じゃなければ、試練を与えないっていうけど……」
顔を手で覆う。
ぐったりとしたその様子は、普段のグローリアからすると考えられないほど彼女らしくなかった。
「こんな試練、欲しくなかったな……」
ぽつりとつぶやいたその言葉は、ひどく空間に揺らぎを残した。
「これで準備は大丈夫ですね」
そう、屋敷の中、外関わらずメイド服をまとう彼女は明日からの準備を終え部屋をぐるりと見回した。
まだ数ヶ月ほどしか住んでいないこの部屋も随分と情が移ったらしい。
「1つの場所にここまで滞在したこともなかったのですが」
彼女は、過去の職業柄、一箇所に滞在するということはできなかった。
理由は簡単。
命を落とす危険性があるからである。
仕事は迅速に、そして事を為したあとは速やかに撤収を。
それが彼女が生きていくために必要なことであった。
さいわい、彼女の場合は生まれ持って加護を持っていた。
【月の女神ルーミス】。
弓と闇の担い手。
月に属性を持つ神でありながらも、光を嫌い、月の持つ光ですら好まなかったため、
彼女がよく姿を現したのは朔の日。
満月とは対局に位置する月、新月の刻。
そのため人々は彼の者はさも醜い容貌をもっているのだろうと揶揄をしていた。
しかし、彼女の姿を見た者からは反対の形容の言葉。
まるで月の精霊が姿を顕現しているようだ――と。
枝に足をかけ、背中を大樹にまかせ漆黒の夜空を見上げる彼女は、あまりにも美しく、儚かった。
夜の闇に、負けないばかりに輝こうとする星々にいらだっているようにも見えた。
月よりも明かりの少ない星が、どんなに輝こうとも天を覆う漆黒は、晴れることはない。
月よりも数多に広がる星々。
その全てに真名があるとは、誰も知らない。
其の名を知られることなく、闇に負けないように輝く星はいつしか輝くことすらできず、その寿命を終わらせる。
闇はずっと有り続ける。
光は、大きな明かりを生むものしか存在し続けられない。
ならば、己の寿命を糧により強い光を生もうとするのは意味があることなのだろうか。
どんなに足掻こうとも星の明かりは月には勝てぬ。
だからこそ、彼女はいらだつ。
彼女の存在は、月に等しいもの。
月と、夜と、闇の眷属。
ゆえに彼女は、その本性を誰よりも嫌悪する。
「わたしは、星々を食いつぶすために存在しているのではない」
その言葉が真実であるように、
彼女は誰よりも闇の眷属を始末してきた。
自身よりも強大な力を持つもの、自身よりも遥かに劣っているもの。
貴賤も、優劣も関係なく、ただ必殺。
信念などではない。
責任感などでもない。
義務感ですらない。
あったのは――。
「はじめてかもしれません。
人の行く末を見てみたいと思ったのは」
うっすらと闇に輝く双眸。
その色は、いつもの漆黒ではなく、若干翠を含ませた色合い。
身体変化が顕著になるのは、夜の時間。
加護を受けたものは、加護を授けたものの力や、能力、特性を受け継ぐ。
ゆえに加護の過程が進めば進むほど、その力や姿はその授けた存在に酷似していく。
テリアは、すでに幼少から加護を受けていた。
つまり、現状では誰よりも月の女神ルーミスに近い存在になりつつある。
「月の女神ルーミス様が、嫌悪し打倒するのが闇の眷属であるなら、わたしは人の闇を打倒するといたしましょう」
テリアは、微笑した。
思えば、おかしな出会いである。
まさかあちら側にいる自分が、脅されるなど笑い話しにもならない。
仲間達にはその力を見せてはいないが、ある状況下の中では誰よりも強者であった。
力の出し惜しみはするつもりはないが、余計な詮索を受けるような力の使い方はしない。
それは、彼女なりの配慮であった。
どんなに心許した間柄であっても、強すぎる力、負の側面の性質などは関係にヒビが入るもの。
ヒビは徐々に進行し、最後はおおきな亀裂となってだめになってしまう。
人間関係は、思っているよりもモロい。
テリアは、職業柄それを誰よりも理解していた。
だが、
「ウィナ様は不思議な方ですね。
何故かこうして本来つながらない者同士が集まり、和を作るとは」
そしてこの関係は和を作っただけにとどまらず、何かを為すための原動力になろうとしている。
永久就職先としてウィナの元にいるのもいいことかもしれない。
彼女、テリア・ローゼルは珍しく楽観的に未来図を描きながら魔法の灯りを消した。