プロローグ(第4部)
ヨーツテルン大陸に突如出現した6つの塔。
大きな騒ぎが起きたかと思いきや、どの国の人々も普通に日常を過ごしていた。
そう、それは新都シルヴァニア王国、中央都市ピティウムの住民も同様に。
「……変わらないな、思ったよりも」
誰に対しての皮肉なのか、唇の端をつり上げウィナは街の光景に嘆息した。
「そんなものですよ-。誰だって楽観論を信じたいものですし」
リティは朗らかに笑みを浮かべている。
その微笑がどことなく影を負っている。
同じような光景を見たことがあるとでもいうのだろうか。
「ここが、シルヴァニア王国。こうして何の位ももたずに来たのは初めてね」
シインディームは辺りの様子を伺いながら興味深そうにつぶやく。
付き人アーリィもまた彼女の側でこちらに対して害悪となるものがいないか、簡単に警戒している。
「ウィナ様。
普段と変わらない警戒網のようです」
今日はピンクと白を基調としたメイド服を身にまとっていたテリア・ローゼルが、
風の人工精霊エルを側に従わせ、はっきりとした口調で言う。
「お城の方は?」
「あそこは、いつもと変わらず精霊が立ち入ることができない結界が、いえ領域となっています」
「伏魔殿といったところ、か」
ふむとあごに手をあてて思考を働かせるウィナ。
「上手いこといいますねー。ウィナさん」
「ちゃかすな、リティ。
――さてここからどうするか、だが」
「?ヘラ様達の計画を妨害するんじゃないんですか?」
不思議そうにグローリアが尋ねてくる。
彼女の問いにウィナは頭を軽く振り、
「証拠は何一つそろっていない状況だ。
単純に動けばこちらが捕まる。
『向こう』はこの王国の支配者達だ。
それに、計画というが具体的に何をするのか、まるでわかっていない。」
現在、ウィナ達が知っているのはヘラ達が何かをしようと画策し、実行しているということだ。
その一部は、帝国で実体験をした。
鎖で身体中を縛られた女性に、過去への扉、帝国や、他の国々に仕掛けられた精神を吸収する魔法陣を展開。
その時点で他の国に対してケンカを売っているようなものだが、
大陸最強と名高い魔法使い、ヘラ・エイムワードが敷く魔法陣。
その隠密度は他国の術者では暴くこともできないかもしれない。
「…………聖都はどうなんだろうな」
「聖都フィーリアですか。
あそこを支配している聖女と、守護者殿の名前は現在も変わっていないですね」
アーリィは事実を口にする。
それが一体何を意味するのか。
理解できないウィナではない。
自分達は過去の世界に行き、少なくとも50年から100年くらいの過去。
にも関わらず聖都の2人の名前を現在も聞くという。
「名前を継承しているだけ……ではないんだろうな」
「残念ながらそれはないわね。
一度だけ前に政で会ったことがあるけど、姿、形が変わらないままだったわ」
とシインディーム。
リティ曰く、武装神官長との戦いは聖女の介入でうやむやになったそうだ。
まさか聖女が聖都を離れるとは思わなかったが。
「知らなすぎだな。
結局のところは。
情報が何もない状態で判断は難しい」
「ええ、ですが質がバラバラな情報を集中させても真実は遠くになってしまいます」
「そのためにも質の高い情報を集めないといけないわけだが――」
じろりとリティを見る。
「【真実の目】は、期待しないでくださいね。
盟主様の一存でわたし達の行動が決まりますから」
「会うこともできないのか?」
「盟主様にですか?」
ちょっと驚いたように、リティは言う。
「会いたいんですか?」
「話を聞いてみたいというのは、ある。」
「……むむむ。
なら聞いてみますよー」
「ずいぶん、あっさりOKだしたな。
そんなに気軽に面会できるものなのか?」
その言葉にリティは首を横に振る。
「いいえ。人と関わることをしない人ですよ。
でも時々、人に関わったりしますから。
宝くじのような確率です」
「微妙に当選率が高いか、低いかわからない例えだな……」
「翠のくらげさんですから」
そうにっこりとリティは微笑んだ。
「くしゅん」
外見にしては可愛らしいくしゃみをするウェーブがかった翠色の髪が特徴的な彼女。
翠という髪は珍しいにしても、それ以外はごくごく普通の女性である彼女が、秘密結社【真実の目】の盟主であることを周囲の人間はわからないだろう。
現に彼女が座っているオープンカフェのテラスではお客達はみんなそれぞれの席で各々の話題で花を咲かせている。
彼女のテーブルには、紅茶とハムと半熟卵のサンドイッチがあり、それをひとつまみしながら彼を待っていた。
「おかわりはいるか、翠」
そこにぶっきらぼうどころか、お客に対しての言葉とは思えないほどの物言いを言う青年が姿を現す。
「お久しぶりですね。【管理者】」
「久しぶりだな。もっともオレとしては会いたくなかったが」
「お仕事の邪魔をするつもりはありません。
少々、息抜きにやってきただけですよ」
と微笑を浮かべる彼女に、彼は頭を掻きながら。
「……それならいい。
そういや、あのアホ娘と一行がこちらに戻って来てるぞ」
気付いているだろう?
と視線を送る彼に、彼女はええとうなずき、
「思っていたよりも早かったですが、タイミングは最悪でしょう」
「あれか」
遠くへ視線を向けると、そこには前まではなかった天を貫く塔が存在している。
「世界の法則を司っている存在があそこにいるとは、誰も思わないでしょうね」
「一時は騒ぎにはなったが、今は落ち着いているな。ここも。
だが歴史学者や、建築士などの連中はアレに近づこうとしている」
「外殻は所詮、中身を守る鎧のようなものですから外を調べている間は問題ありません。
簡単にいじらせないように彼女も動くでしょうし」
「動くだろうが、相手の処理に対しては大きくこちらと変わるだろうな」
「そうですね。向こうは【火】をくべる【薪】は多ければ多いほどいいと考えている彼女達です。
燃料にするつもりでしょう」
「止めないのか?」
「わたしは中立です。
世界が完全に崩壊をしないのであれば、動くことができないんですよ、【管理者(グランドマスター】」
知っているでしょう?と彼女の長いまつげが揺れる。
「だから使徒であるオレ達に動け、か?」
「そんなことは何一つ言ってはいませんよ。
そもそもそんなことを言ってもあなたがたは動かない。
違いますか?」
盟主の言葉に、男は苦笑を浮かべる。
「わたしはただ情報を口にするだけ。
動くべきときはあなたがたが決める。
――それが契約です。
見合うべき【力】も授けました。あとはあなたがたがどうするか――ですよ、【管理者(グランドマスター】」
優美な動作でティーカップを唇にあてる彼女。
「……違いない」
にやりと彼は嗤うと、背を向け己の戦場――厨房へと戻っていく。
「アホ娘に会ったら言っておいてくれ。
おまえが頭を下げて助力を願うなら、力くらいは貸してやると」
背中を向けたまま、彼は手をあげそう言った。
その言葉を聞き、盟主は軽く息を吐く。
「……まったく、わたしをこきつかうのは貴方ぐらいですよ、【管理者(グランドマスター】」
一口、お茶をすすると彼女は陽炎のように解け消えた。
しかし、周囲のにぎやかな時間は何も変わらず。
以前として噂話などに花を咲かせるのだった。