聖都の聖女
「お初にお目にかかります。【零点の統治者】リティ・A・シルヴァンスタイン様」
そう、聖都フィーリアの統治者にしてエルフの聖女エミュレス・F・エターナルは深々と頭を下げる。
彼女の介入により、リティとエルダムの戦闘は強制的に終了した。
いや、リティからしてみると別にやることに問題はなかったのだが、
いきなり武装神官長と聖女のツッコミ漫才が始まってしまい、つい続行するきっかけを失ってしまったのだ。
ゆえに、子供っぽく頬を膨らませ2人をにらみつけているのだが。
あまりに可愛いその仕草に全然効果を為していなかったりする。
「聖都フィーリアの聖女が、ここまで来るなんて随分ヒマなんですねー」
開口一番、毒を飛ばすリティ。
聖女エミュレスは、この程度の毒などエルダムと比べれば大したことはないと、
満面に笑みを浮かべながら、
「いえ、暴走しがちな部下を抱えていますので"わざわざ"出向かなくていけなく大変なんです。」
と、明らかにリティに対してよりも横でむっつり黙っているエルダムに対して愚痴を言う聖女。
「それは大変ですね」
「ええ、そうなんです」
「…………」
朗らかに表面上は笑っている少女2人に、まぶたを降ろしこのやり取りが早く終わらないかと沈黙続けている男。
端からみれば、これほど不気味な集団もいないだろう。
「アレを発掘したのは、あなたですか?」
アレ。
その単語を口にしたとき、リティから発せられる殺気にぴくりとエルダムの表情が歪む。
真っ正面から受けていたエミュレスはいたって平然に、
「ええ。
これから起きることはすでにしっていますがゆえに、わたし達は権利を失っています。
ゆえに巻き込まれたとしても自身の力でどうにかしないといけません。
そのために力が必要でした。
だから、」
「このアインシュビッツ巨石群の魔法陣を使って過去にアクセスして召喚したんですね、アレを」
「はい。
通称神殺しの魔具。唯一大陸を統一したカディアガルド皇国で生まれた対神用の道具ですね」
「自由都市に流したのも?」
「いいえ。それはこちらではありません。
あんなまがいもの、【神】に向けるのもおこがましい。
そう、思いませんか?
リティ・A・シルヴァンスタイン様。
いえ、□□□□□とお呼びした方がよろしいでしょうか」
「聖女殿」
エルダムの叱責。
だが、それは数秒ほど遅かった。
リティの朱い目が輝く。
刹那、世界は変貌した。
「これが……」
感嘆の声は、聖女から。
視界に入る範囲、全てが一切合切氷結した。
比喩ではなく、言葉通りに。
生きているものを全て否定する蒼い世界。
空間を切り取ったわけでもなく、
世界を作りだしたわけでもない。
ただ彼女――リティ・A・シルヴァンスタインは、本来抑えつけている力を少し解放しただけであった。
「……こちらの【絶炎断壁】の概念も少し、浸食されているみたいですな」
エルダムは、少し凍ってしまった髭をさわりながら後ろにいる聖女に声をかける。
力が解放される瞬間、エルダムは聖女を守るために一歩前に出たのだ。
十分力を練られなかったとはいえ、【絶炎断壁】を抜けたのはこれが始めてである。
過小評価はしていなかったが、もう少し評価を上げなければいけない。
と彼は内心歓喜した。
「【預言書】を本当に解読したんですねー。
わたし達の盟主くらいしか解読できないと思っていましたが、」
「それはこちらを過小評価しすぎですね。
リティ様。
わたし達は、進化しつづけています。
昔から、今も。
それだけに口惜しいですね。
知ってしまったがゆえに、参加権利を失ってしまったのですから」
残念そうに、眉をさげるエミュレス。
「そうですか?
あなたはたとえ参加権を持っていたとしても参加しなかったと思いますけど」
「あら、どうしてそう思うのですか?」
「仮面を被るつもりなら、目の部分の装飾もきちんとした方がいいですよー、エミュレスさん」
「手先が不器用なだけに、荒がでてしまったようですね」
皮肉の応酬。
互いに、ふっと嗤うと。
リティは背を向けた。
「本当なら、ここでエミュレスさんを撃つべきなんですがどうやらそろそろ時間のようです。」
遺跡の中央部分を見つめる彼女。
天を貫く光の柱が生まれていた。
「無事、起動できたようですね」
起動するための道具の一つをエルダムは渡したのだ。
起動できないわけがない。
「始動鍵はいりますか?」
言外に、解析は十分ですか?と聞いてくる聖女に、リティは、
「あの魔法陣、
誰が造ったものかわかっていて聞いています?」
笑みを浮かべる。
申し訳ありません、とエミュレスはドレスの両端を持って礼をする。
それが別れの言葉。
リティは後ろを振り返ることなく遺跡の奥へと姿を消した。
残された2人は、しばらく彼女の消えた跡を見、
「あれでもまだ抑制されているとは驚きですね。下手をうてばこちらが殲滅されていたかもしれません」
「心にもないことを言うのはよした方がいいですな。聖女殿」
じろっとエルダムは、その手にあるのは何だと視線で言う。
「わたしは、聖女ですよ?エルダム・ウィル・ウィダート。
聖女たるもの、聖女でありつづけるためにもこんな場所で倒れるわけにはいきません。
それゆえの神具です」
そういう彼女の右手首にはじゃらっと鍵の束がリングになったものがつけられていた。
鍵一つ一つが神具になっていて、それを自由に行使できる彼女独自の道具である。
「さて、彼らは戻るでしょう。
わたし達も戻りますよ、エルダム」
「そうですな」
「【転移】、対象【わたしの聖都】へ」
2人の姿は遺跡から消えた。