表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/128

第8話 新居にようこそ


新居にようこそ

用意された家は、中央都市ピティウムの中心区から離れた一軒家だった。

いわゆる郊外という場所がらか、木々に囲まれ静かな場所である。

「すごいな。庭つきか」

こっちにきて王族や貴族といったお偉いさんの屋敷を見たことがあるが、

それにひけをとらないくらい豪華な物件だった。

「ぱっとでの俺にここまでのものを用意するとは……」

普通の人間なら、認められたことに歓び以後、更なる忠誠と忠義を誓うといったところだが――。

ウィナ・ルーシュは、忠誠どころか、猜疑だらけだった。

(何か裏がありそうだな、これは。明らかにこっちを逃がさない算段だろう。)

腰に手を置き、

(だが、俺に一体何を期待する?

今は女王の加護をもらって、かなりのレベルアップはしたが、

それだってその道の人間と相対したなら互角もしくは、殺される恐れだってある)


加護を得ただけで、世界をひっくり返すことなどできはしないのだ。

人間という器である以上、それほど手は広くは伸ばせない。


それを忘れた人間の末路は大概自滅だ。


「……女王もそんな人間なのかな」

もしもこの場に王室近衛兵団がいたなら、即斬首されても文句は言えないことを平然と言った。


「さて、入り口はどこだ?」

わからないことを考えてもいても仕方がない。

ウィナは屋敷を見回しながら、玄関らしいところを探した。

「ん?あれは……」

バカみたいに大きな扉の前に1人のメイドがいた。

自分と同じ黒髪をきれいに伸ばし、その細い指はほうきを握りしめどうやら周囲掃除といったところか。

彼女はこちらに気づき、両手をからめ一礼した。

ウィナは彼女の方へ歩み寄ると、

「話は言っているのか?」

そう尋ねた。

女性は柔らかな笑みを浮かべ、

「はい。ウィナ・ルーシュ様ですね。

このたび命令を受けこの館の専属メイドとして派遣されました。テリア・ローゼルと申します。」

メイド的仕草を点数にしたものなら満点であろう。

洗練された動作に感心しつつ、

「テリアさんは――というか、俺みたいな騎士にこういう一軒家にメイドってありうるものなのか?」

「いえ、多くはございません」

ウィナの問いにそう返すテリア嬢。

多くはということから、少ないがあることにはあるらしい。

「普通は、騎士の宿舎とかがあってそういうところに寝泊まりする、か」

「ええ、普通の方はそのような扱いになると思います。

しかしウィナ様は、女王陛下より丁重にお迎えし、もてなすようにとの命が出ています。

それゆえの待遇かと思われます」

妥当な返答だ。

だが、ウィナの欲しかった回答ではなかった。


自分が知りたいのたった1つ。


ウィナは腕を組みながら、

「丁重に、か。

まあ丁寧な扱いをされて怒る人間はいないだろうな。

ところで、女王陛下から俺についてどんなことを聞いた?」

「元男性の冒険者であるとまでしか、存じておりません」

よどみなくそう答えるテリア嬢。

「なるほど。

じゃあ少し聞き方を変えようか。

どこからどこまでを女王から聞いて、どこからどこまでを自分で調べたのか、教えてくれないか?」

その問いに、少しテリア嬢の雰囲気に緊張の色がはしる。

「わたしがお聞きしたのは、女王陛下からの情報のみです。

ウィナ様が元男性の冒険者であると。

それ以外に調べる意味も、手段もありません」

「ふむ」

彼女が――いや、もしも自分が想像した通りのメイドであるならばここまでしつこく聞かなかった。


ごく普通に貴族や王族の世話をするメイドであるならば。


自分――ウィナ・ルーシュは、約5年の期間を冒険者として過ごしている。

ゆえにそれなりに修羅場をくぐってきたし、培った観察力というものがある。

テリア・ローゼルは確かに、メイドの仕事をしている人間だろう。

彼女の動作は、メイド業務として洗練しているものだ。それは間違いない。

ただ――、

彼女の足運び、気配、目の動かし方。

それが、普通のメイドと比べるといささかおかしい。


何故、必要以上に音を立てない歩き方をするのか。

何故、気配を薄くする必要があるのか。

何故、年頃の娘とは思えないほど、観察をする視線が適切で、相手に気づかれないほどの慣れた動作なのか。


これではまるで暗殺者である。


自分は狙われたことはないが、暗殺業務を請け負ったものと会ったことはある。

その時の人物と彼女の雰囲気が良く似ていた。


ゆえにウィナ・ルーシュは彼女――テリア・ローゼルを警戒した。


もしかすると、仮に彼女が暗殺者だとして狙いは別の存在かもしれない。

たまたま新人騎士の世話をする仕事は舞い込み、そこでなら自身の行動を束縛されることもない。

そう考えたかもしれない。


しかしである。


さっきの自身を騎士として任命する命令書と、あのアルバといったくえないおっさんの言葉を聞く限り、

どうも女王は自身をこの地に束縛したいようである。


ならば、こんな郊外の一軒家でなおかつ目に見えるメイドが1人しかおらず、しかもそのメイドがどうも裏の仕事をしているような素振りを見せる。

とくれば、自身を監視、もしくは必要なくなったとき抹殺するためにいる。


そう考えるのが普通である。


じっと彼女を観察する。

自分と同じくらい長い黒髪、白のカチューシャに、黒でまとめられた使用人の服(メイド服)。

地味っぽい服装にもかかわらず、強弱の利いた身体のライン。

おそらく年齢は10代後半か、20代前半といったところか。


はっきりいってしまえば、若い。

若いのに手練れ。

なんという死亡ふらぐ。


「……テリアさん、いやテリアは信頼できる人かな?」

限りなく本音を口にする。

もちろんこれくらいで動揺はしないだろうが。

「今の主は、貴女様です。ウィナ・ルーシュ様」

実に模範的な回答をするテリア。


つまり主が変わり、その主の命を受ければ貴女を害します。

そういう意味合いにもとれる。


やれやれ。

と胸中でつぶやき、ウィナは刀を具現化して一瞬にして彼女の首元に突きつけた。


あまりの自然な動作にテリア嬢は反応することができず、ぱちぱちとまばたきをし、驚きを表す。


この行動――一見すると鞘に入ったままでそんなことをしても何の意味もない。

斬れるわけがないのだから。

突くこともできるが、この状態で突いたところでたかがしれている。

まあ今のウィナであれば、喉を貫くことくらいはできる。

だが、それはウィナの戦闘能力を知らない人間にはわからない。

困惑はするだろうが、恐怖は感じないはずだ。


しかし、テリアの表情に明らかに緊張がはしる。

困惑どころではなく、恐怖。

彼女の恐怖は、殺されるかもしれないと察してのものである。

うっすらと汗をにじませるテリア嬢に刀を突きつけたまま、問いかけた。

「何故、この刀がこのままで斬れることを知っている?」

女王に聞いた可能性もある。

しかし、ごく普通のメイド業務を遂行するものに相手の武器について教えることは少し考えられない。

もし教えたのだとしたら、その情報が必要なものに他ならない。

「いえ存じておりません」

声音に動揺はない。

ウィナの双眸は細まり、唇の端がつり上がる。

感心と賞賛。

その2つを胸に抱きながら、ウィナは揶揄するように。

「知らないか。

ならば聞き方を変えようか。

何故殺されるかもしれないと思った?

言っておくが、これは鞘だ。

斬れるわけがない。

痛いと思っても殺されるとは思わないはずだが?」

「……おっしゃっている意味がわかりかねます」

ウィナから発せられるプレッシャーに、押し負けるようにテリア嬢の声が少し小さくなる。

切り口を変えるか。

そうウィナは考え、別のことを話始めた。

「――俺は、この国の女王の加護を得た。

当然知っているだろう。

【闘神】ミーディ・エイムワード。

彼女の加護は強力だ。身体能力は以前と比べても、軽く2倍ほど上昇したし、

これからもいろいろと身につけることができるだろう。」

「それはおめでたいことです」

「手をあげて良かったというには、女性になるというマイナスが邪魔をするわけだが……。

良かったといえば良かったのかもしれない。

そのおかげといったところで少しばかり鋭敏になった部分もあるんだ」

雑談をするように会話をするウィナ。

何をいうつもりなのかと緊張を崩せないテリア嬢。


緊張は永続的には続かない。

それはどんなに優れたものであっても限界はある。


ウィナは、切り札をきった。

「それは、五感だ。

嗅覚も当然鋭くなっている。

つまり、意識さえすれば人が様々な感情を発露する際に発生する汗のにおいなどから、

今どんな感情を表しているかを読心術のように理解できるということだ」

「っ!!」

顔をゆがませるテリア。

「理解できたようだな。

さて」

肌に接触させるように鞘の先端を近づける。

完全に触れてはいないにも関わらず、少しばかり赤い液体が球となって彼女の首元に現れる。

「もう一度、聞こうか。テリア・ローゼル。どこまで、そして何を知っている?」

「……ここまでのようですね」

深く、深くため息をつく彼女。

「人気のない場所ではありますが、まれに郵便業者がここへきまぐれにやってくることもあります。

中で詳しい話を致します」

「そうか」

その言葉を聞いて、俺は刀を消した。



屋敷の中は、思っていたよりも華美ではない。

ヘンな像や、置物がないところを見ると意外に前の使用者は質素倹約を旨にしていたのかもしれない。

「こちらでございます」

そう言って案内された場所は、応接室。

やはり応接室内もまた、古いテーブルに、ソファといった必要最低限のものしかおいていなかった。

「お掛けになってください。ウィナ様」

「じゃあ、言葉に甘えて」

相対するようにして先に、腰を下ろす。

それを確認すると、テリアも腰を下ろしさっと右手を何もない空間へ伸ばす。


ブゥンと虫の羽音のような音をたてて空中に魔方陣が描かれ、そこから何かが現れた。

「エル。お茶をお願いします」

「わかったよー。

……ってもしかして呼ばれた理由ってそれだけ?テリア」


現れたのは、翠色の髪と瞳をした少女。

エルと呼ばれた少女は、むーと頬を膨らませながら空中を飛んでドアから出て行った。


「精霊か?」

珍しいものを見たと、ウィナは目を丸くする。

「はい。これが先ほどの回答になると思います。」

「なるほどな。風の精霊を使役して情報収集をしていた、か。

つまり、俺とリティが街に繰り出しているところから話を聞いていたというわけか」

と納得したウィナに、テリアは静かに首を横に振る。

「女王陛下からの情報は、元男の冒険者である以外はありませんでした。その他の情報はわたしの個人的趣味で収集できたものです」

「趣味……」

首を傾げるウィナ。

「趣味っていうのは、ゴシップネタを集めることをいうのか?

それともある特定の人物を観察することをいうのか?」

「両方です」

きっぱりと即答するテリア嬢。

つまり、ウィナ・ルーシュという人物に対して観察したいと思わせる何かがあるということ。

何故か、ウィナは寒くもないのに寒気を感じた。

命を狙われるとは別の意味で、女の子として大切なものを狙われているよーな。

この話題を続けると確実に泥沼にはまりそうだ。

そう感じ、別の事を口にした。

「テリアは、召喚魔法を使えるのか?風の精霊を使役していたが」

召喚魔法。

バハ○ートとか、サモ○○イトとかそういう感じ。

特殊な魔物、幻獣、生命体を呼び出して使役する他力本願系魔法である。

この魔法、失敗するととんでもないことになるので有名な魔法で、

簡単に言えば召喚した生命体が暴走し召喚者に牙をむくのだ。


弱い生命体などであれば、送還魔法とか使用したりできるかもしれないが。

強い生命体なぞ呼んだ日には術者はもちろんのこと、召喚されたものは術者が死んでも生存しているためさらなる被害を周囲にまき散らす恐れがある。


そういうこともあり大抵の国々では召喚魔法の国内での使用は制限、もしくは禁止にしているところが多い。


まあ、あれだ。

飼育できないペットを野に捨て、そのペットが外来種だったりしたもので環境に大ダメージを与えるような感じである。


ウィナの疑問にテリア嬢は首を左右に振り、

「いいえ、違います。

エルは召喚した精霊ではありません。

それにわたしに召喚魔法は使えません」

「召喚じゃないとすると――?」

もしかするとという予想が脳裏に浮かぶ。

テリア嬢は、ええとこちらの思考を読んだかのように肯定し、答えを言った。

「わたしもまた、加護を受けた人間です。

ですのでエルを――風の精霊を使役しているわけではなく、固有能力によるものです」

「やっぱりか。

しかしメイドで加護持ちというのは珍しくないか?」

過去、何をやっていたんだ?

そう言葉のうちに含ませて問いかける。

だが、テリア嬢は表情を崩すことなく、

「メイドの仕事は多種多様です。

力仕事を任されることも場合によってはあります。

そういうときにできませんでは、メイドとしての本分が疑われてしまいます。

メイドとは、主の命を受諾し実現すること。

それを為すためにわたし達は、どんな知識や技術で貪欲に受け入れる心構えがあります。

加護もその1つです。」

まったくもって完璧な回答である。

ぐうの音もでない。

やはり、テリア嬢から情報を聞き出すのは骨が折れそうだと、嘆息するウィナ・ルーシュ。

「ちなみに誰の加護なんだ?」

「わたしに加護をくださっている神は、【月の女神】ルーミス。

そして、エルはわたしの手によって造られた人工精霊です」


【月の女神】ルーミス

このヨーツテルン大陸に古くからいる神様が1柱。

弓と闇の担い手で、弓の腕前は神々の心臓――核を隣の大陸からでも必中させる腕前。

弓術だけで、夜の眷属と言われる魔物を射殺し、または配下にした戦乙女である。

だが、

彼の神が持つのは弓の腕前だけではない。

創造神のみの魔法である【創造】の一部を盗み出し、使用できることにある。

ルーミスの魔法は、世界を作り出すことは不可能だが、ある生物を作りだすことは可能。

それが、自立型魔法生物――【精霊】である。

言うまでもなくレア度はかなり高い。

古文書にも記されている神の名に、ウィナは驚きを隠せなかった。


「上には上がいるもんだな。」

自分も十分、規格外な加護者を得たと思っていたがそれ以上の存在がこんな身近にいるとは思わなかった。


ちょうど会話のスキマができた頃、可愛い声が応接室内に響く。

「はいよ、お茶できたよー。」

「ありがとう、エル」


自分も浮かびながら、ティーポットやティーカップも浮かばせたまま、翠の少女がやってきた。

エルは、器用にティーカップをテーブルの上に置くと(もちろん手ではない)、ティーポットを操作してカップの中を満たした。

「ふう、これで終わり-。

じゃあ、あたし帰るよ」

言って何もない空間へ魔方陣を走らせると、そのまま姿を消した。

「粗茶ですが、どうぞ」

「いや、ありがたいが……まさか、エルを遣って使用人の仕事をしてたりしてないか?」

ふと思った事を口にする。

「……おいしいお茶ですね」

にっこりと微笑む彼女。

ウィナはあきれた顔で紅茶を口にした。

このにおいはアッサムか。

鼻孔をくすぐる甘いにおいに心を癒されながらも、胸中で思った。

どうやら彼女もなかなかな性格をしているらしいと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ