プロローグ
月が血のように赤い夜だった。
港の倉庫街、鉄錆の匂いと潮風が混じる闇の中、俺——悠斗はナイフを握り、標的の息の根を止めたばかりだ。
「後輩くん、いつも完璧だね。」
背後から、零那先輩の声。柔らかく、まるで子守唄のような響き。振り返ると、彼女はそこにいた。黒いコート、風に揺れる長い髪。そして、何もかも見透かされてしまっているかのような瞳。
彼女は微笑むが、その目は俺を映さない。
「先輩、ただの仕事です。」
俺は思うがままに答える。殺し屋の仕事はいつも同じ。感情を殺し、血を流す。感情を押し殺すのは、俺の能力——「絶対に当たらない」力の副作用かもしれない。どんな攻撃も、俺には当たらない。銃弾も、刃も、運命さえも。だが、先輩の言葉だけは、いつも心に突き刺さる。
「ふふ、後輩くんってほんと可愛いね。」
まただ。彼女はそう言うけど、本心から言っているように感じられない。まるで、俺を試すように、壊れた人形のように言葉を紡ぐ。彼女の能力——「絶対に当たる」力は、殺し屋として完璧だ。一度狙えば、どんな標的も逃れられない。
「先輩、次の仕事は?」
俺は話題を変える。彼女の瞳を見ていると、吸い込まれそうになる。いつか飲み込まれてしまいそうだ。
前を向き、彼女はただ無言で倉庫の奥へと歩き始めた。彼女の後ろ姿を追うたび、俺は思う。彼女は何を隠している?彼女は何を知っている?俺は彼女に何を求めている?彼女の言動全てが俺の胸を高鳴らす。
---倉庫の奥、錆びたコンテナの影で先輩が一枚の写真を取り出した。
「次の標的はこの男。後輩くん、殺せる?」
「もちろんです。」
俺は即答した。彼女の命令ならなんだって聞きたい。彼女の瞳に魅入ってしまったのだから。