表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

始まり

「別れよう」

 雪が解け、桜の木が蕾をつけ始めた駆け出しの春。ビルの屋上をも見える高層階のレストランで、私は別れを告げられた。

「あ、はは……冗談だよね」

 自分で言っておきながら、そんな訳がないと思った。彼の瞳はいつになく真剣で、普段の真面目を引いても、強い意志を宿していたからだ。

「ごめん。今までありがとう。ここは、僕が払うから安心して」

 そういう問題では無いだろう。机を叩いて立ち上がり、このやるせなさを叫びたかった。しかしその威勢とは裏腹に、私から飛び出したのは弱々しい数滴の雫だ。

「……春樹君は、私の事が嫌いになった?」

 女々しい自分が嫌になる。それでも、彼を愛した5年間を簡単に手放せるほど私は強くない。結婚だって考えていたし、それこそ今日の呼び出しは、プロポーズだとばかり思っていた。跳ね上がりたい程喜んだこの空間も、所詮ゴマすりに過ぎなかったのだ。

「嫌いになった訳じゃない。……ただ、他に好きな人が出来た」

 あぁ、そっか。

「ごめんね」

 私はなんと厚かましい人間だったのだろう。魅力の無い私と5年間も共にしてくれた、それだけで奇跡ではないか。

 橘春樹。大手企業勤めで、温厚で誠実な人。顔立ちも良く、180cmの高身長……思考すればするほど、私は彼に不釣り合いだと槍を投げられているみたいだ。

「5年間、楽しかったです。さようなら」

 この人は、こんなところで私を独りにする気か。せめて店を出てからではダメだったのか。それほどまでに、別れたかったのか。なら店も用意しなくて良かったではないか。しかも途端に敬語で他人行儀になって……そうだ。そういう人だったんじゃないか。別れてよかった。知れてよかった。全部全部、よかったんだ。

「くそが……」

 目や鼻から液体が流れ出る。全て彼の計算であろうから悔しいけれど、ここが個室であることが唯一の救いだ。

 虚しさを消したい気持ちが作動せず、代わりに走馬灯のように彼との思い出が脳を巡る。本当は何もよくない。別れてよかったなんて思うわけが無い。彼は私が初めて心から愛し、身も心も許した人。なんでも話して、なんでも受け止めようと思った人なのだ。

「はぁ……」

 あちこちが痛む。ダイヤモンドのように輝いて見えた街は、見せかけのおもちゃ箱であった。


 あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。いつの間にか眠ってしまっていた私は、無意識のうちに自分のベッドの上にいた。どう店を出て、どう帰ってきたのかも分からない。しかし、これが現実であるということだけは確かだ。

「ブロックしてやんの……」

 最後の情けとして、彼に昨晩のお金を払いたいと連絡したが結果は惨敗。彼からのメールは0件でありながら、会社からの電話は何十件にのぼっていた。なんにせよ時刻は午前11時40分。勤務時間はとうの昔に針を動かし始めている。

「子供だな、」

 私もとい花咲未来は今年で26歳になるというのに、この有様である。しかしながら、腐っても社会人。世間という監視の最中、常に歩き続けねばならない。何時までもメリーゴーランドに乗ってはいられないのだ。

 抜け落ちていた石が、ハマる位置を思い出した。会社へ連絡する為にロック画面をスワイプし、パスコードを打つ。その瞬間は今更ながら、大人に近づいた気がした。

「……何これ?」

 開くと映るはずのホーム画面は跡形もなく、代わりに広告が液晶を埋める。閉じるためのバツボタンも見当たらず、暫く待ってみることにした。

「……」

 30秒どころか1分はたったように思うが、削除は不可能である。羅列した文字を読めば何か分かるかもしれない。そう考えて、天井に向けていた視線を手元に移した。

「オンライン人生ゲーム?」

 それは、スマホを持ち始めて12年経っていながら、初めて見るアプリだった。

  

「なるほど、要は嘘をつかなければそれでいいんじゃんね」

 私は仕事を忘れて、そのゲームの説明文を読んでいた。始めこそ強制的に電源を落とそうとしたが、これが意外にも面白そうだったのだ。

 ルールは単純。オンラインと言えど、コマもあれば画面のサイコロをタップして出た数進むと、普通の人生ゲームと大して変わりない。ただこのゲームの醍醐味と言えば、夢を歩いたり豪遊したりするものだ。それが適用されないのが、オンライン人生ゲームと称されたこの遊びの注目である。

「私は……赤ね」

 参加者は5人。誰がどのマスを通過しているか明確にするために、色分けがされているのだ。正直なところ、広告として流れるゲームは穴だらけで信憑性がないと思っていたが、何故かこれは信頼出来る気がしたし、何より好奇心が強く大きく働いている。

 早く、早くと心臓が急かす。画面がカウントダウンに切り替わった。

「5、4、3、2、1……スタート」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ