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第9話 元老院議長は孫娘と公園に行く

 ゼネクスの自宅に、息子リウスの一家が遊びに来ていた。

 相変わらず、ゼネクスは孫娘ミナを溺愛している。


「おお、ミナ~! 久しぶりじゃのう! 寂しかったぞ~!」


「おじいちゃ~ん!」


 抱き締め合う二人を見て、リウスがぼそりとつぶやく。


「一週間前に来たばかりじゃないか」


 ゼネクスは息子を睨みつける。


「ワシとミナにとって一週間は長すぎる! のう、ミナよ!」


「うん!」


 リウスは呆れるように目を細め、その妻マチルダは笑う。

 ミナはさらさらとした赤毛を両サイドでお下げにした可愛らしい女の子である。髪質はリウス、髪の色は同じく赤い髪を持つマチルダから受け継いでいる。


「あなた、ミナと遊んであげたら?」とジーナが言う。


「うむ、そうじゃな。お人形遊びでもするか?」


 ゼネクスが言うと、ミナは首を左右に振った。

 リウスが父として説明する。


「ミナはどっちかといえば外で遊ぶ方が好きみたいなんだ」


「ほぉ、そうなのか。じゃあ、おじいちゃんと遊びに行くか?」


「うん! 行きたい!」


「よし、決まりじゃ。公園に行こう!」


「やったーっ!」


 ゼネクスは孫娘と手を繋いで、近くの公園に行くことにした。

 ジーナが「気を付けて下さいよ」と言うと、ゼネクスは「分かっておるよ」と言わんばかりに右手を上げた。



***



 ゼネクス邸から徒歩20分ほどのところにある公園。

 売店にベンチ、芝生があるエリアもあり、帝都民の憩いの場となっている。

 天気は快晴の昼下がりなので、家族連れや遊ぶ子供たちも多くみられる。

 芝生のエリアでは本格的な球技は禁止だが、体を動かすことはでき、ゼネクスとミナはバレーボールほどの大きさの柔らかいゴムボールでキャッチボールを始める。


「それーっ!」


 ミナの投げたボールを、ゼネクスがキャッチする。


「おおっ、力が強くなったのう」


「えへへー」


 ゼネクスはミナに向けて優しくボールを投げてやる。

 ミナは両手で受け止めるが、頬を膨らませる。


「おじいちゃん!」


「な、なんじゃ」


「孫だからって手加減はダメ! 本気出して!」


 これにゼネクスはフッと笑う。


「さすがワシの孫、リウスの子じゃ。負けず嫌いじゃのう」


 ボールを投げ合いつつ、会話のキャッチボールも交わす。


「おじいちゃんはさ、パパのこと、どう思ってるの?」


「リウスか? まあ、あいつはよくやっとると思うよ。ジーナにはともかく、ワシには過ぎた子供じゃ」


 父親を褒められ、ミナはニコリとする。


「ふうん。じゃあ今の、パパに伝えてあげよっと!」


「そ、それはいかん!」


「どうしてー?」


「父親と息子というのは、色々とあるんじゃ。自分を越えて欲しいが、そう簡単に褒めてやりたくもないんじゃよ」


「ふうん……。まあいいや、黙っておいてあげる!」


「おおっ、ありがとう、ミナ!」


 孫娘の心遣いに思わず目を潤ませるゼネクスであった。


 だが、そんな平和は突如として乱される。


「どけどけ!」

「ここは俺らが使うんだ!」

「ささ、ダオンさん、こちらへ!」


 十代後半とおぼしき少年たちが、芝生にいる家族や子供らを追い払う。

 そのリーダー格は、身なりのいい茶髪の男だった。

 ダオン・ライド。男爵家の令息で、その立場と財力を利用して、このあたりの不良少年らのボスのような存在に収まっている。


「よし、お前らテニスやるぞ!」


「はいっ!」


 ダオンが持ち込んだラケットとボールで、彼らはテニスを始める。

 この公園ではもちろんテニスは禁止されている。

 事実、ボールはあちこちに飛び、他の利用者に迷惑をかける。


「危ないなぁ……」

「注意してやろうか……」

「やめとけ。前に注意した奴がいたけど殴られてたぞ」


 ゼネクスもその所業に呆れる。


「なんじゃ、あいつらは……」


 せっかくの孫娘とのひと時が台無しになってしまった。

 元老院議長である自分が出れば、事を収めるのは容易い。だが、その場合は――


『さすが元老院議長のゼネクス様だ!』

『物凄い威厳だった』

『帝国の真の支配者なだけあるなぁ』


 また自分の威厳が高まってしまうことは避けられない。

 そのことを考えると事態に介入することを躊躇してしまう。


(ワシはどうすべきか……)


 すると、ミナが眉を引き締める。


「おじいちゃん、あたしちょっと行ってくる!」


「ミナ!?」


「あの人たちに注意する! 他の人を追い払って、公園でテニスして、許せないよ!」


 ミナがダオンたちの元に行こうとする。

 その肩に、ゼネクスは優しく手を乗せる。


「待て、ミナ。あんな連中、お前が出るまでもない」


 ゼネクスが向かおうとすると、ミナがその袖を引っ張る。


「おじいちゃん、大丈夫?」


 ゼネクスの顔に思わず笑みがこぼれた。

 誰からも頼りにされ、畏れられ、意見や助言を求められる立場になったゼネクス。今更ワシのことを心配する人間などいないと思っていたが、ここにいる。

 ミナにとっては、ゼネクスは“大好きなおじいちゃん”なのだ。


「心配するな。ワシに任せておきなさい」


 ゼネクスはまっすぐダオンたちの元に歩いていく。

 ダオンがそれに気づき、テニスを中断する。取り巻きを集め、ゼネクスの前に立つ。


「なんだよ、爺さん」


「ここはテニスをするような公園ではない。やるのならきちんとテニスコートに行け」


 ダオンは笑う。


「行けと言われても、テニスコートって結構遠いんだよね。それにここでやるのが一番楽しいんだ」


「世の中にはルールというものがあるじゃろうが」


「確かにね、だけどボクはそんなもの守る必要はない」


「ほう、なぜだ?」


「ボクは貴族だからさ。男爵家であるライド家の次男。そこらの市民とは住む世界が違……」


「だったらなおさらじゃろうが!!!」


 ゼネクスの怒号で、ダオンたちの肩が揺れる。


「市民の模範たる貴族が、市民の害になるとは何事じゃ!」


「な、なんだとぉ!? このクソジジイが! おい!」


 ダオンが合図すると、取り巻きたちがゼネクスを囲む。


「今すぐ謝れ。さもないと、こいつらにあんたボコらせるぞ」


 ゼネクスは微動だにしない。


「やってみるがいい。ただし、お前たちも絶対に無傷では済まさん」


「ぐ……! おい、やれっ!」


 号令するが、取り巻きたちは動かない。ゼネクスの迫力に足がすくんでしまっている。


「おい、なんでやらねえんだ!」


「いや、だって、この爺さんすごい迫力で……」


「使えない奴らめ! だったらボクがやってやる!」


 ダオンが拳を握るが、体術の心得は感じられない構えで、若さという有利があってもゼネクスには勝てそうもないのが分かる。

 二人が睨み合っているうちに、見物していた客の一人が気づく。


「あの人、ひょっとして元老院議長のゼネクス様では?」


 一度こうなってしまうと、他の者も次々気づく。


「本当だ!」

「ゼネクス様だ!」

「議長だ!」


 ダオンの顔が途端に青ざめていく。

 元老院議長に対する数々の暴言、無礼。それがどういうことか、さすがに理解しているようだ。


「あ、あなたは……あのゼネクス様なのですか!?」


「だったらなんじゃ」


「……! 申し訳ありませんでした! 私はとんだ過ちを……!」


 ゼネクスは表情を緩めない。


「相手によって態度をコロコロ変える輩の謝罪など響かんわい。よいか、お前にできることはただ一つ。今すぐテニスをやめて、この公園から消え去ることじゃ!!!」


「ひいいっ!」


 ダオンと取り巻きたちは公園から立ち去り――というより逃げ去っていった。

 ゼネクスは大いに感謝され、威厳を持て囃され、ミナとともに公園を後にした。

 その帰り道――


「おじいちゃん、かっこよかったよ~!」


 孫娘に褒められたゼネクスだったが、こう返す。


「そんなことないわい」


「え、どうして?」


「本当にかっこよかったのは、ミナじゃよ。ミナがいたから、ワシも彼らに注意しようという気持ちになれたんじゃ」


 ゼネクスは威厳のことを気にして、ダオンを放置することも考えていた。だが、ミナが注意しようと言い出したのを見て、そんなことを気にする自分がバカらしくなってしまった。

 きょとんとしているミナの頭を、ゼネクスは優しく撫でた。


「さあ、帰ろう。ジーナやマチルダさんがきっと美味しい夕食を用意してくれておるぞ」


「うん!」

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― 新着の感想 ―
デクセンを助けた時のように、威厳を和らげる思惑抜きで助けるゼネクスさんを見てると…いずれ自然に、威厳を持ちつつも親しみ持てる元老院議長になれると信じたいですね…ホッコリ。
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