第53話 元老院議長とその妻は、再び愛を誓い合う
海が空に浮かんだのでは、と思うほどの鮮やかな晴天の日。
再誓式は帝都で最も大きな教会で開かれた。
広い中庭にテーブル席が設けられ、大勢の出席者が集っていた。
司会進行は副議長のエルザムが務める。
気品あるグレーのスーツ姿でビシッと決めている。
「本日はゼネクス議長とジーナ夫人の再誓式にお越し下さり、ありがとうございます。こんなに大勢の方がお集まり下さり、議長も喜ぶことと思います。それではまず、親族代表として、ご夫婦の長男であり、グランメル帝国大賢者であるリウス殿より、ご挨拶を賜りたいと思います」
エルザムに会釈をしてから、リウスが大勢の前に出る。
「皆様、このたびは私の父と母のためにお集まり頂き、誠にありがとうございます。父と母は結婚してから30年以上仲良く連れ添って参りました。そして、このたび、今一度お互いの愛を誓おうと、“再誓式”を行う運びとなりました。しばしの間、お付き合いをお願いするとともに……」
リウスは両手を広げる。
「まずは、私からも両親にプレゼントをしたいと思います!」
会場の空中に色とりどりの花がぱぁっと咲いた。
魔力で作られた幻の花が、人々の上空に浮かんでいる。
これには会場が沸いた。
さらにドレスでおめかしをしているミナが、メルンとともに、補助を務める。
「じゃ、行くよメルンちゃん!」
「う、うん」
「おじいちゃん、おばあちゃんの入場です! どうぞー!」
「どうぞー!」
教会の中から二人が現れる。
用意された真紅のカーペットを踏みしめ、ゆっくり歩く。
ゼネクスは少し照れ臭そうに顔を強張らせ、ジーナは穏やかに微笑んでいる。
(こんなにも大勢来てくれとったのか……)
数え切れないほどの来客に目を丸くすると同時に、嬉しさを覚える。
50メートルほどのカーペットの両脇には多くの人が詰めかけている。
ゼネクスはジーナと歩調を合わせ、一歩一歩進む。
まずは元老院の議員たちが待っていた。
その中にはもちろん、エルフのフレイヤ、リザードマンのデクセンもいる。
「議長殿、ジーナ殿、お二人とも素敵です!」
「ずっとお互いを愛し合っているお二人に、ワタシ、感激しています!」
二人らしい激励だと、ゼネクスは内心でニコリと笑む。
議員たちを通り過ぎると、今度はウェルガー率いる騎士団が両脇を固めていた。
つい最近も凶悪盗賊団を打ち倒した英雄たちである。
「ゼネクス議長、ジーナ様、これからもお幸せに!」
騎士団らしく、全員で敬礼をする。ゼネクスもこれに勇ましい表情で敬礼を返した。
さらに歩くと、エルフの里から長老のバポスも来ていた。
三角帽を被り、長い耳を持ち、顔は長い眉と長い髭に覆われている。
まさかの来場者にゼネクスも驚いた表情を見せる。
「どうか、これからも我らと末長い付き合いをして下され」
長老の祈りに、ゼネクスはうなずいて応える。
リザードマン首領のゾールも、仲間とともに並んでいる。
体つきが大きい彼は、参加者の中でも際立った存在感を放っている。
「この前はオレたちの宴に参加してもらったので、今日はオレらが参加させてもらいますよ」
ゾールの笑みに、ゼネクスもニッコリと笑って返す。
そして、大勢の青い制服を着た生徒たち。
セレンディール学園で縁のあった生徒らが、この式に出席してくれた。
かつてはゼネクスに殴りかかるほどの不良生徒だったレジオが祝いの拳を振り上げる。
「おめでとうございます!」
眼鏡をかけた秀才生徒ジェンスは、彼らしく真摯な祝福の声をかける。
「必ず議員になってみせます。いつかまたゼネクス議長とたくさんお話をさせて下さい」
色香で教師を惑わせていたシエーネも、落ち着いた雰囲気を見せる。
「悔しいけど、ジーナ様の方が私より美しいわね。お二人とも、おめでとうございます」
生きる意味を模索していた女生徒チェニーは、表情がすっかり明るくなっている。
「生きてこの式を見ることができて、本当によかったです!」
ゼネクスは実に嬉しそうに、彼らの前を通り過ぎていく。
続いて待っていたのはスライム温泉旅館の面々。
スラノフとスラージュ夫妻を始め、大勢のスライムが駆けつけてくれた。
「俺っちたちの旅館にもまた来て下さい!」
「夫とともに、前以上のサービスを提供いたしますわ」
さらには――
「おお……あなたたちまで」
かつて対立したラムズ王国の女王アルマナと側近ゲティスが姿を見せていた。
今では友好国である国の君主が、一臣下であるゼネクスの再誓式にやってきてくれた。
「わらわたちも技術交流でこの国を訪れておったのでな。出席させてもらった。二人に祝福あれ」
「どうか、これからも我が国と良き付き合いをさせて下さい」
巨大大砲『グローム』に立ちはだかったゼネクスの勇姿は、彼らの記憶にも強く刻まれていた。
ゼネクスは大砲に立ち向かったかいがあったわい、と自分の行為に誇りを抱いた。
さらには、先日政変が起きたばかりのルカント公国で“反乱軍”だった者たちも――
「おぬしら……!」
兄に代わり大公になったジュレンを始め、戦士のガストン、魔法使いのレルテ、他の若者たちも出席している。
「あなたは我々の大恩人ですから。出席させて頂きました」
「おめでとうございます!」ガストンの大声がよく響く。
「あのう……後でリウス様に会わせて下さいね!」レルテは相変わらずの軽さである。
もちろん、彼らだけではない。
他にも大勢の帝国民たちがゼネクスのために集まっている。
元老院議長ゼネクスと、その妻ジーナを祝福するために――
ゼネクスとジーナはそんな大勢の期待に応えるように、堂々とした足取りでカーペットを進む。
赤いカーペットの終点には、祭壇が設けられている。
エルザムが式を進行する。
「お二人が祭壇につきました。ここで本来、教会の司祭様に誓いをしてもらうのですが、本日は予定を変更して……」
ゼネクスは「予定を変更?」と疑問を抱く。
すると――
群衆をかき分け、皇帝アーノルドが姿を見せた。
ゼネクスが驚く。
「陛下!?」
「二人の愛の立会人は……ぜひ余にやらせて欲しい。ゼネクス」
「分かりました。お願いしましょう」
ゼネクスはほころんだ顔でうなずく。ジーナも同じようにうなずく。
「では……」
アーノルドは夫婦を真剣な眼差しで見据える。
「ゼネクス・オルディン、ジーナ・オルディン。今再び、お互いの愛を誓いますか?」
「誓います」
「誓います」
「では誓いの口づけを」
アーノルドの合図で、ゼネクスとジーナがゆっくりと向かい合う。
「ゆくぞ、ジーナ」
「ええ、あなた」
ゼネクスの心臓が大きく高鳴る。
一生愛すると誓った最愛の妻、ジーナ。彼女は目の前にいる。ウェディングドレスを纏ったその姿は、今なお眩しい美貌を誇る。
緊張する。だが、喜びの方が大きい。
今再びジーナと愛を誓い合う。これほど嬉しいことはない。この日まで生きてこられてよかったと心底思った。
ゼネクスとジーナは同じタイミングで目を閉じ、ゆっくりと口づけを交わした。
会場は沸いた。
そして、二人は拍手喝采を浴びる。
こうして再誓式のクライマックスといえる夫婦の口づけは無事終了し、この後の宴会も大盛り上がりであった。
ゼネクスの威厳ある眼にも、ほんのわずか光るものがあった。
(再誓式、やってよかったのう……。みんな、ありがとう。そして、ジーナよ……本当にありがとう)
妻ジーナも同じ気持ちだったに違いない。
この日はゼネクスにとって決して忘れられない一日となった。




