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第52話 再誓式への準備

 ゼネクスとジーナが再び愛を誓う“再誓式”が決まった。

 式の内容は、ざっくり言えば“結婚式をもう一度やる”であり、当然ながら相応の準備が必要となる。


 ゼネクスはジーナを連れて、帝都の大通りにやってきた。

 目当てはとある服屋。昔から夫婦で馴染みにしている衣服店である。ゼネクスやジーナの私服はほぼこの店で購入している。

 紺色のベストを着た、品のいい紳士が二人を出迎える。


「いらっしゃいませ」


「久しぶりじゃのう」


「お二人とも、お元気そうで何よりです」


「色々あり落ち込むこともあったが、そうも言ってられんことに気づいたのでな」


 ゼネクスもどこか上機嫌である。


「今日はどういったご用件で?」


「ワシとジーナで再誓式をやりたいと思ってのう。どうせなら礼服やドレスを新調しようと思ってな」


「なるほど、では入念に打ち合わせをしましょう。こちらの部屋にどうぞ」


 応接室にて、三人はさっそく打ち合わせに入る。


「お二人のご希望を伺いましょう。まずはジーナ様から……」


「そうね、再び結婚式をするのだから、やはりウェディングドレスを着たいわ。ただし、デザインは今の私に合うように……」


 ゼネクスとジーナはそれぞれの注文を告げる。

 店主の腕前を信頼しているので、遠慮なく自分の希望を口に出すことができた。


「ところで最近、店はどうじゃ?」


「おかげさまで、仕事は途切れていない、といったところですよ」


 雑談を交わしつつ、打ち合わせは進んでいく。

 やがて、話はまとまり――


「二週間も頂ければ、と思います」


「ありがとう。じゃが無理はせんようにな。再誓式はいつやってもいい催しじゃから」


「かしこまりました。しかし、なるべく急がせて頂きますよ」


 店を出た二人は、お互いの顔を見つめ合う。


「なんだか式が楽しみになってきましたね」


「うむ、今更照れ臭いなどと思っていたが、年甲斐もなくワクワクしてきたわい」


 夫婦で並んで街を歩く。

 他愛のないことを話す。ゆっくりと街並みを眺める。時折立ち止まってみる。それだけで楽しい。


「たまには、ちょっとお茶でもしていくか?」


「ええ、それとメルンにお土産も買っていきましょう」


「それはよいな。あの子は甘い物が好きじゃし」


 最初はしぶしぶ再誓式を受け入れたゼネクスだったが、いつの間にか楽しみになっている自分に気づいてしまった。



***



 二週間後、ゼネクスとジーナは再び店に行く。


 店主はさすがの仕事の質と早さで、すでにゼネクスの礼服とジーナのドレスを完成させていた。

 さっそく試着に入る。

 ゼネクスはベージュの貫禄ある礼服、ジーナは落ち着いたデザインの白のウェディングドレスを着る。

 いずれも注文通り、いや注文以上の出来といえた。


 着飾ったジーナがはにかみながらゼネクスに顔を向ける。


「どう、あなた?」


 ゼネクスは頬を赤らめ、率直に答える。


「綺麗じゃよ、ジーナ」


「ありがとうございます」


 ゼネクスもまた礼服姿で、ジーナに問いかける。


「ワシはどうじゃ?」


「とてもかっこいいわ。あなたは私のナイトよ」


「ナイトとまで言われると、ちと照れるのう」


 ゼネクスはごまかすように髭を撫でた。

 ウェディングドレス姿のジーナを眺めながら、しみじみと思う。


(思えば、ワシはこの年まで知らないことだらけじゃった)


 “親しみのある議長”になろうと決意し、およそ一年。

 その流れで数々の未体験を体験し、数多くの知らなかったことを知ることができた。


(じゃが、ジーナのことは……ジーナのことだけはもう知り尽くしていると思っていた)


 しかし、ジーナがここまでもう一度結婚式をやりたいと願っていたとは思っていなかったし、着飾ったジーナは60代となった今もなお美しい。初めてジーナと出会った頃のように、心がときめいてしまっている。

 もし、リウスからの提案がなければ、このことを知らないまま一生を終えていただろう。


(本当に……知らんことばかりじゃ……)


 ゼネクスはこの年になって、自分が“知らない”ことを知った。


(人生、楽しいのう……。ロダール殿、申し訳ないが、ワシはまだそちらへは行けんぞ)


 ゼネクス・オルディンの人生はもう下り坂に――黄昏時に入っている。人間の寿命からいって、それは間違いない。

 しかし、まだまだ沈む時ではない。


 ゼネクスは礼服に身を包み、そう気を引き締めた。



***



 その後、ゼネクスはリウスに会いに行く。


「リウスよ、再誓式のことなんじゃが、お前の力も使って大々的に知らせてはくれんか」


 意外な言葉にリウスは驚く。


「あれ? 親しい人だけ集めて、小規模にやるんじゃなかったの?」


「ワシもそのつもりだったんじゃがな。いざ服まで作ったら、美しい妻をみんなに見てもらいたい。そう思った」


 父のまっすぐな言葉にリウスはにこやかに笑う。


「分かったよ、父さん」


 リウスは魔力で白い鳥を何羽も生み出した。


「なんじゃこれは?」


伝達鳥(トランスバード)。だいぶ魔力は消費するけど、この魔法を使えば、かなり遠くまで式のことを知らせることができる」


「さすが便利じゃのう。持つべきものは大賢者の息子じゃ」


「僕も父さんの前じゃ便利な道具になっちゃうよ」


 リウスは両手から白い鳥を羽ばたかせた。

 鳥たちはゼネクスと縁のある人物の元に向かい、再誓式の場所や日程を知らせてくれる。


 ゼネクスの頼みで、ミナとメルンも式の知らせを手伝う。

 街で再誓式のチラシを配る。


「あたしのおじいちゃんとおばあちゃんがもう一度結婚式をします!」


「旦那様と奥様の再誓式、ぜひ見に来て下さい!」


 ゼネクスは元老院議長としての職務を続けつつ、胸を弾ませていた。


(この恥ずかしいような、待ち遠しいような、心持ち……なんだか心地いいわい)


 そして、いよいよ再誓式当日となった。

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― 新着の感想 ―
日本なら銀婚式や金婚式、というのがありますね。 私は結婚には今のところ興味はありせんが、ウェディングドレスは着てみたいですね。 あのぉ。 >「リウスよ、再誓式のことなんじゃが、お前の力も使って大々的…
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