第51話 元老院議長、息子と酒を酌み交わす
時刻は日没間際、議会が終わり、ゼネクスが街を歩いていると、息子のリウスとばったり出くわした。
毎日議事堂に通うゼネクスと、臨機応変に様々な魔法業務に従事するリウスは生活リズムが微妙にずれているため、今までにこうしたことはなかった。
普段は父と息子、憎まれ口を叩き合う仲だが、この日のゼネクスは穏やかに接する。
「飲みに行かんか?」
リウスは素直にうなずく。
「いいよ」
あっさり父子の飲みが成立する。
元老院議長と大賢者が並んで歩く。
纏う雰囲気こそ違うものの、存在感は二人とも常人とは比較にならない。
二人を知っている者はもちろん、知らない者も、二人の威厳ある姿に思わずひれ伏しそうになってしまう。
「ゼネクス様とリウス様、凄いツーショットだな」
「ちょっとした、いや大ニュースだ」
「どちらもオーラが違うよなぁ……」
しかし、当の二人は――
「早くどこか入るぞ。視線が痛い」
「そうだね。ちょっと騒ぎになってるし、なんだか気まずいや……」
まるで逃げるように、そそくさと近くにあった酒場に入った。
木造でこざっぱりしており、カウンター席とテーブル席があるオーソドックスな酒場。
席は空いていた。テーブル席でもよかったが、二人はあえてカウンター席に座る。
「二人で隣り合って一杯やるのもよかろう」
「うん、向き合うより味があるかも」
注文をし、まもなくエールが運ばれてくる。
「まずは乾杯じゃ」
「うん」
駆けつけの一杯を飲み干す。
あとは自分のペースで、というのが二人の暗黙の了解である。
「で、どうじゃ。マチルダさんとは上手くやっとるのか?」
「まあね。やってるよ」
「喧嘩などはせんのか?」
「ないなぁ。僕からマチルダに不満はないし、マチルダは本当によくやってくれている。僕が心置きなく魔法使いとして活動できるのは、彼女のおかげだよ」
リウスの顔の赤みは、アルコール由来のものだけではなさそうだ。
ゼネクスは髭を撫でる。
「のろけおって……」
「自分から話題を振っておいてひどいな」苦笑するリウス。
「で、ミナはどうじゃ? ワシに会いたがっとるか?」
「会いたがるもなにも、こないだも会ったじゃないか」
「ワシらにとって、“こないだ”などというのは遠い過去じゃ!」
「分かった、分かった。会いたがってるよ」
「そうか……ならば、また遊びに来るがいい」
「喜んで行かせてもらうよ」
リウスがぽつりとつぶやく。
「でもさ、そんなにミナに会いたいなら、同居すればいいのに」
三世代で同居しようという話はこれまでにも出たことがある。
だが、ミナを溺愛するゼネクスも、「自分とジーナは夫婦で生活する」という姿勢を崩さなかった。
これにはやはり、我が子に甘えたくない、気を遣わせたくない、という思いがあるのだろう。
「まぁのう……。しかし、ワシらはワシら、お前たちはお前たちでやった方がいいと思うんじゃ」
「父さんがそう言うなら……今はメルンもいるしね。そこは安心してる」
「うむ、あの子はよくやってくれておる。近頃は料理も上達して、この間などパエリアを作ってくれたわい」
「へえ、すごいね。今度僕も食べさせてもらおうかな」
父子の会話は弾み、酒は進んでいく。
二人とも気持ちのいい酔い方をしていた。
何回目かの乾杯を交わした後、リウスが話を切り出す。
「父さんさ」
「なんじゃ」
「母さんともう一度、結婚式やらない?」
唐突な言葉に、ゼネクスは酒を噴きそうになる。
「はぁ? 何を言うとるんじゃ。もうそんなに酔ってるのか?」
「まだそこまで酔ってないよ。本気で言ってるんだ。長年連れ添った夫婦が再び愛を誓い合う“再誓式”をやろうよ」
ゼネクスはリウスを見据える。確かに冗談の雰囲気はない。
「なんでそんなことを?」
「みんなで二人の結婚を祝いたいんだ」
ゼネクスは目を背けた。
「ワシは幸せじゃ。今更改めて祝うことなどないじゃろう」
「祝っちゃいけない理由もないだろう?」
「生意気なことを……」
ゼネクスは折れないが、リウスも折れない。
自分の意見を変えない曲げない頑固さは父子同じである。ここにはいない孫娘にも受け継がれている。
しばらくゼネクスはつまみのピーナッツを食べつつ、のらりくらりとかわしていたが、やがて限界を察する。
仕方なく、といった風にぼそりと言う。
「……まあ、ジーナがいいというなら」
「母さんが賛成するならやるんだね?」
「ああ、ジーナが賛成するなら、別にかまわん」
「言ったね? あとで“酔った上での戯言だった”とか言わないね?」
「くどいぞ。元老院議長に二言はないわい!」
ゼネクスが言い切ると、リウスがしてやったりの顔になる。
「よし、今すぐ母さんのところに行こう」
「な、なんじゃと?」
「それでOKが出たら、二人は式をやる。それでいいね?」
「……分かったわい」
リウスはゼネクスに考える隙を与えないよう、勘定を払ってすぐに酒場を出た。二人でゼネクスの自宅に向かう。
突然の事態に慌てつつも、ゼネクスには自信があった。
(ジーナが“再誓式”などやりたがるわけがない。そういうのは好まないタイプじゃからな)
しかし、事態はゼネクスの予想だにしない方向に転がる。
***
「ええ、ぜひやりましょうよ」
ジーナは承諾した。
「な、なんじゃと!?」
これを聞いたリウスがニヤリとする。
「決まりだね。父さんと母さんの式、けってーい」
「けってーいじゃないじゃろ! ジーナ! お前、何を考えとるんじゃ!」
ジーナは怯むことなく答える。
「私だって、もう一度式を挙げたいと思うことぐらいありますのよ」
「……!」
ジーナの本心を知り、ゼネクスの中に衝撃が走った。
「……分かった。式をやろう」
「嬉しいわ、あなた」
「夫として、妻の願いを叶えないわけにはいかんしな」
「ありがとう……」
夫と妻がうっとりと見つめ合う。
リウスには、まるで二人が若返ったように見えた。かつて彼の魔法で見た目だけ若返った時とは違う、“真の若返り”を見た気がした。
今もなお若き日のように愛し合う父と母を見て、心から嬉しかった。
この二人の子としてこの世に生を受けることができたことが、たまらなく誇らしかった。




