第48話 もう一人の孫娘
ゼネクス邸にて――
「旦那様、今日はオムライスを作りました!」
夕食時、メイド服姿のメルンが食事を提供する。
「おおっ、美味そうじゃのう」
ゼネクスはスプーンで卵と米を頬張る。
「うん、美味い!」
「本当ですか、ありがとうございます!」
オムライスを半分ほど食べると、ゼネクスはメルンに目をやる。
「ところでメルンよ、今度の休み、療養所に行くんじゃろ?」
「はい」
メルンは週に一度、祖父グレイゾンが入院している療養所に見舞いに行っている。
グレイゾンは元元老院議員で、ゼネクスに自身の不正を暴かれ、議会を追放された過去がある。そのため、孫娘であるメルンにゼネクスに対する恨み言を吐き続け、メルンがゼネクス暗殺に走るきっかけを作ってしまった。
自分が会いに行ってもグレイゾンを委縮させてしまうだけだろうと判断し、これまでゼネクスが見舞いに行くことはなかったのだが――
「ワシも同行させてくれんか?」
「旦那様が?」
「うむ、ワシもたまにはグレイゾンの顔を見たいと思ってのう」
「もちろん、かまいません! ご一緒しましょう!」
メルンは両手を合わせて、喜びをあらわにした。
ゼネクスが急にこんなことを言い出したのには、もちろん理由があった。
***
帝都の片隅にある療養所。
介護が必要な老人や怪我人などが、職員とともに生活をし、社会復帰に向けてリハビリをする施設である。
敷地は広く、大勢の利用者がいる。
メルンの祖父グレイゾンは病を患い、長年ベッドで寝たきりだったが、ゼネクスの計らいで現在はこの療養所で生活をしている。
ベージュのブラウスに紺色のスカートという出で立ちのメルンと、黒いコートを羽織ったゼネクスが、グレイゾンの部屋を訪れる。
ゼネクスの訪問に、グレイゾンは驚いていた。
「……ゼネクス議長!?」
「そんな風に驚かせてしまうと思ったから、なかなか来れんかったが、顔色は悪くないようじゃのう」
グレイゾンは薄く笑う。
「おかげさまで。ここは飯は美味いし、職員は優しいし、近頃はそれなりに運動もできるようになった。しかし、なぜここに?」
「ロダール殿の件は知っておるか?」
ゼネクスの問いに、グレイゾンの顔も影を帯びる。
「ええ、亡くなられたとか……。吾輩はとても葬儀に出られる身分でも体でもないが、残念だった」
「だからというわけでもないが、ワシも同世代の人間にもっと会っておこうという気分になってな」
「その気持ち、よく分かる」
グレイゾンはうなずく。彼も孫を持ち、人生は黄昏時にある世代。ゼネクスに共感できるようだ。
「吾輩は自分が議員の頃は、こうした療養所を軽視していた。年老いた家族の面倒など、それぞれで看ればいいと。しかし、自分が介護される身になってみると、ありがたみがよく分かる」
ゼネクスも神妙な顔つきになる。
「だからこそ、色々なことを経験することが必要なのだ。ワシもこの年でそれを思い知ったよ」
「この療養所にいてもニュースは入ってくる。大層なご活躍だそうで」
「おぬしもいつか療養所を出られる体になったら、世のため人のために働くがいい」
「そうさせてもらおう。かつての罪を償うためにも、メルンのためにもな……」
「長生きしろよ、グレイゾン」
ゼネクスは右手を差し出す。
「ああ、吾輩のような男はしぶといのでな」
グレイゾンはその手を握り返す。
この様子を、メルンは嬉しそうに眺めていた。
帰り際、まずメルンが退室し、ゼネクスが彼女についていこうとすると――
「ゼネクス議長……。メルンを、どうかよろしく」
ゼネクスはこの言葉には“メルンをメイドとしてよろしく”以上の意味を含んでいると察した。
「分かっておる。メルンのことは何も心配することはない」
ゼネクスがゆっくりうなずくと、グレイゾンは心から安堵したように笑った。
***
ゼネクスはメルンとともに家路につく。
「今日は祖父のためにありがとうございました」
メルンが礼儀正しく頭を下げる。
「なんの。ワシが会いたかっただけじゃから、気にすることはない」
そして歩きながら――
「メルンよ。ワシは……おぬしを“もう一人の孫娘”と思っておる」
「え……」
「おぬしからすると、グレイゾンがおるのに、と思うかもしれんがのう」
「いえ、そんな。嬉しいです! そんな風に思って下さるなんて……」
メルンの顔が明るくなる。
「だからおぬしさえよければ、もうメイドは辞めてくれてもええんじゃ。もちろん、療養所の費用は心配しなくてもよい」
ゼネクスはもう、メルンを従者ではなく正真正銘の家族として受け入れる準備をしていた。
これに対し、メルンは――
「……ありがとうございます。ですが、私もあなたに刃と殺意を向けた過去があり、その禊をしたいと思っています。ですから、今しばらくはメイドのままで」
「おぬしがそう思うなら、そうしよう。おぬしの気持ちはよく分かるからのう」
「ですが……一度だけ呼ばせてくれませんか、ミナのように」
「うむ」
「……おじいちゃん」
ゼネクスはメルンの「おじいちゃん」を噛み締める。
「ふふっ、なかなかグッときたぞ」
「グッときて下さいましたか! ありがとうございます!」
朗らかに笑うゼネクスと喜ぶメルンは、まるで本当の祖父と孫のようであった。
二人はそのまま仲良く家に帰った。
そんな二人を、ジーナは温かく迎える。彼らはもう、本当の家族である。