第47話 孫娘ミナの成長
(ミナに……会いたい!)
休日の朝、ゼネクスは無性にミナに会いたくなってしまった。しかし、残念ながら今日はミナが来る予定はない。
というわけで――
「たまにはこちらからミナの家に出向くかのう」
「今のをリウスが聞いたら、『リウスの家じゃなく、ミナの家なのかよ』ってむくれるでしょね」
ジーナがクスリと笑う。
「あー……声まで想像できたわい。あいつも尻の穴が小さい男じゃからのう。大賢者じゃなく、小賢者じゃよ」
「あなただって、リウスがまだこの家にいた頃、この家を『リウスの家』と呼ばれたら、絶対怒ったでしょうね」
「当たり前じゃい! この家の主はワシなんじゃからな!」
ジーナはさらにクスクス笑う。
「似た者同士だこと」
楽しそうに笑う妻の姿に、ゼネクスも頭をかくしかない。
「やれやれ、ワシもお前にだけは敵わんわい」
ゼネクスは愛用の黒いコートを羽織り、意気揚々と家を出た。
***
ゼネクスの邸宅とリウスの邸宅は同じ帝都内にあるが、住所は区画が違い、かなりの距離がある。徒歩でいけば、汗をかき疲労感を覚えるほどの運動量にはなる。
とはいえ、足腰が丈夫なゼネクスにとってはさほど苦にはならない。
途中、立ち寄った店でミナへのお土産を買い、きびきびと歩く。
まもなくリウス宅の住所である区画に入る。
その途中、小さな公園があり、ゼネクスは敷地内をふと覗いた。
すると――
(おおっ、ミナがおる……!)
ミナの母譲りの赤髪はよく目立ち、すぐに気づいた。
ちょうどよかったと思い、「会いたかったぞ!」とゼネクスは駆け寄ろうとする。が、すぐに足を止めた。
ミナが何かトラブルに巻き込まれていることが分かったからだ。
ミナは同い年であろう友達の先頭に立ち、数人の男子グループと向き合っていた。
一方の男子グループは背丈からして年上だと推測できる。
喧嘩にでもなれば、ミナが暴力を振るわれるかもしれない。しかし、ここで止めに入れば、ミナの自主性を奪うことにもなりかねない。
(抑えるんじゃ……! ミナが自分でどこまでやれるか見るんじゃ……!)
ゼネクスはかろうじて、自分を抑えることに成功した。木陰でそっと見守る。
耳を澄ますと、やり取りも聞き取ることができた。
男子グループのリーダー格の少年がミナに詰め寄る。
「ここは俺らの公園だって言ってんだろ!」
「みんなの公園だよ!」
ミナが勇ましく反論する。祖父譲りの迫力で、腕力で勝る男子グループをたじろがせる。
彼女は公園を独り占めしようとする男子グループに立ち向かっていた。
しかし、男子グループの一人が言った。
「そういえばこいつ確か、親父が大賢者のリウス様で、じいちゃんは元老院議長だったような……」
ざわめきが起こる。
「な、なんだと?」
リーダー格の少年は焦るが、すぐに表情を変える。
「なるほど、どうりで強気に出られるわけだ。困ったら、親父やおじいちゃんに泣きつけばいいってな」
ミナが強気な理由が分かり、むしろ安心しているように見える。
自分たちにビビってないわけじゃなく、後ろ盾があるからビビっていないだけなのだと。
だが、ミナは――
「あたし、そんなことしないよ!」
「どうだかな。一発殴られたら、すぐにパパやおじいちゃんに助けを求めるんだろ? 『うぇ~ん、助けて~』ってよ! いいよな、家族に恵まれた奴はよ!」
「しないよ! パパはパパ、おじいちゃんはおじいちゃん、あたしはあたしなんだから!」
ミナは一歩も退かない。
ゼネクスはその姿に感動を覚えつつ、不安になる。
相手は明らかな悪童。スイッチが入れば、すぐにミナに暴力を振るうだろう。ミナが拳骨を受ける光景を想像するだけで、怒りと悲しみがこみ上げてくる。
「だったら、こうなったらどうだ!」
リーダー格の少年が、勢いよくミナの胸ぐらを掴んだ。
ゼネクスは思わず飛び出しそうになる。
「怖いだろ! パパやおじいちゃんに助けを求めてみせろ!」
「絶対しない!」
ミナは堂々と睨み返す。
リーダーは拳を握り締めた。
「そんなに助けを求めたくないのか……。だったらパパやおじいちゃんのことが嫌いって言え! そしたら見逃してやるよ! 言わなきゃブン殴るがな!」
この男子の目は、ゼネクスから見ても「暴力を振るう寸前」という目つきをしていた。
人一倍敏感なミナならば、当然それに気づいているはずだが――
「言うわけないじゃない」
「あ?」
「あたし、パパもおじいちゃんも大好きだもん!」
あまりにもまっすぐに言われ、相手の男子グループ全員が怯む。
「ぐ……! くそっ!」
リーダー格の少年は仲間たちに命じる。
「……もういいや、こんな公園! よそで遊ぼうぜ!」
男子グループはぞろぞろ立ち去っていった。彼らの完敗である。
ミナの友達は口々にミナを称える。
「ミナちゃん、ありがとう!」
「すげーよ!」
「かっこよかったー……」
ゼネクスはその光景を見て、目を細め、柔らかな笑みをこぼす。
(どうやらミナに関しては、ワシが心配することは何もないようじゃのう)
その後、ゼネクスはそのままリウス宅に向かう。
リウスの家は、青い屋根が特徴的な一軒家。綺麗ではあるが、大賢者という地位に比べて家の広さ自体はさほどではないのは、ゼネクスの血を思わせる。
ドアをノックすると、リウスの妻マチルダが迎えてくれた。
「あら、お義父様!」
「たまにはこっちから、と思ってな。今、大丈夫かな?」
「どうぞお上がり下さい」
「かたじけない」
ゼネクスとマチルダの関係も良好である。二人は談笑しつつ、ミナの帰りを待った。
ミナが公園から帰ってくると、やはりゼネクスはミナを溺愛する。
「ミナ~!」
「あっ、おじいちゃ~ん! 来てくれたんだ~!」
「ほら、お土産のクッキーじゃ。後で食べなさい」
「うん、ありがとう!」
クッキーを受け取ると、ミナはゼネクスの顔を覗き込む。
「おじいちゃん、今日はなんだか嬉しそうだね? 何かいいことあった?」
ゼネクスはニコリと笑う。
「そりゃあ、元気なミナを見られたからじゃよ」
何年後も、何十年後も、ミナは大丈夫。元気に生きていく。ゼネクスは祖父としてそう確信を持てる一日となった。




