第46話 騎士団長の覚悟
グランメル帝国内で盗賊の被害が多発した。
凶悪な盗賊団『紅き群狼』が暴れ回っているという。
多くの村や町が襲われ、地方常駐の兵が出動してもまるで歯が立たない。
その強さにはもちろん理由があった。『紅き群狼』の首領は傭兵崩れの腕自慢で、剣術の達人だった。部下も元傭兵や元冒険者、中には魔法の心得がある者や元騎士までいる、いわば暴力のプロフェッショナル集団。
馬を乗りこなす彼らは移動も速く、もはや対抗できるのはウェルガー率いる帝都騎士団しかいない。
帝都にて、皇帝直々の命により、ウェルガーの出陣が決定した。
ゼネクスはそれを知ると、騎士団駐屯地へ出向いた。
むろん、死地に赴く騎士団長ウェルガーに会いに行くためだ。
幸い、出陣の準備を整えているウェルガーと話をする機会を得られた。
「ウェルガー君、出陣だそうじゃな」
「ええ、必ず『紅き群狼』を壊滅させてまいります」
「頼もしい限りじゃ。しかし、かなり厳しい戦いになると聞いておる」
「その通りです。騎士団にも犠牲が出てしまうかもしれません」
表情を変えずに答えるウェルガーは、まさに騎士の鑑という様相であった。
「ワシはこのところ、自分の人生がもう黄昏時にあることを知り、少し陰鬱とすることもあった。しかしそんな悩みは、常に命懸けの戦いをしている君からすれば甘えた悩みに見えるかもしれんな」
「いえ、そんなことはありませんよ」
ゼネクスは少し間を置き、ウェルガーに改めて問う。
「ウェルガー君、君は生還が難しい戦いに赴く時、何を考える?」
「……そうですね。常に悔いがないように、ということは心がけていますね」
「悔いがないように、か。その通りじゃな」
「ですが、私にはまだ悔いがありますのでね。死ぬわけには参りません」
「? 君の悔いとはいったい……」
ウェルガーはこれには答えず、頭を下げる。
「失礼、そろそろ出陣ですので」
「うむ、すまぬ。どうか帝国を守ってくれ!」
「御意!」
ウェルガーが愛馬に乗り、部下たちの元に駆ける。
ゼネクスは姿勢を正し、勇敢なる騎士団長を見送った。
***
それから一週間後、帝都に吉報がもたらされた。
『紅き群狼』は騎士団との激しい戦闘の末、一人残らず壊滅したという。
ウェルガーは一騎打ちの末、敵の首領を討ち取り、騎士団にも負傷者こそ出たが死者は出なかった。ウェルガーの騎士としての武力、団長としての指揮能力の高さを天下に知らしめる形となった。
騎士団の大勝利に、帝都も沸き立つ。
皇帝アーノルドもウェルガーの元に赴き、直々に褒め称えた。
国家の危機といっていい事態が解決され、帝都での祝賀ムードはしばらく続いた。
そんなムードが落ち着いた頃、ゼネクスは駐屯地のウェルガーを一人で訪ねた。
ウェルガーは“勝って兜の緒を締めよ”とばかりに厳しい鍛錬をしており、ゼネクスは感心する。
「ウェルガー君、このたびの勝利、おめでとう」
「ありがとうございます」
「悔いを残したまま、倒れることがなくてなによりじゃ」
「ええ、おかげさまで無事帰ってくることができました」
「ところで、あの時は聞きそびれたが、おぬしの悔いとはなんじゃ? 差し支えなければ教えて欲しいのじゃが」
ウェルガーがニコリと笑う。
「それはもちろんゼネクス殿に勝つことです」
「……へ?」
「ゼネクス殿を越える男になる。それが私の目標なのですから」
「なんでワシなんじゃ?」
ゼネクスは本気で分からず、困惑している。
「私は、騎士になったあの日の、あなたとの戦いを忘れたことはありませんからね」
ウェルガーは圧倒的な強さで騎士団入りを果たしたその日に、ゼネクスと対峙し、その天狗の鼻を折られた経験があった。
ゼネクスの気迫に、完全に気圧されたのである。
彼の自伝にも書かれたエピソードであり、ゼネクスはこれを聞いて口角を上げる。
「それは光栄じゃ」
「ですから、どうかいつまでもお元気で」
「分かっておるわい。騎士団長からこうまで見込まれてはな。そう簡単にくたばれんよ」
騎士団駐屯地から出たゼネクスは、自分の足取りが軽くなっているのを感じた。
まるでスキップをするような朗らかさで歩く。
「さすがは騎士団長、部下だけでなくワシを鼓舞するのも上手いわい」




