第45話 元老院副議長の新作
元老院副議長エルザム・ルヴェーノ。まだ三十代の若さでありながら、ゼネクスの片腕どころか、代わりを務められるほどの議員。ゼネクスの後の議長の座はすでに内定しているといっても過言ではない。
さらりとした黒髪に切れ長の眼を持つ彼は、女性人気も高い。
そんな彼であるが、知られざるもう一つの顔があった。
ある日、ゼネクスは一冊の本を購入した。
勇者が悪の元老院に挑む小説『元老院バスター』の新刊である。
作中の元老院のモデルは帝国の元老院、そして悪役の元老院議長のモデルはゼネクスであり、他の登場キャラも実在する議員を彷彿とさせる者が多い。一時期、元老院でも問題になったが、当のゼネクスがこの小説のファンになってしまったので事なきを得た。
家に帰ったゼネクスは、夢中になって読み進め、あっという間に読み終えてしまう。
「ふぅ~、今回も面白かったわい」
しかし、元老院との戦いはいよいよクライマックス。
次の巻で終わってしまうような雰囲気であった。
ゼネクスの脳裏に不安がよぎる。
(『元老院バスター』が終わったら、ワシの楽しみの一つが……。あやつ、この作品を終わらせるつもりか?)
“あやつ”とは、エルザムのこと。
エルザムは元老院副議長にして、作家なのである。
ただし、この事実を知っているのはごく一部の人間のみであり、元老院ではゼネクスしか知らない。
(よし、明日にでも直接聞いてみるか)
ゼネクスはこう決心し、もそもそとベッドの中に入った。
***
翌日、議事堂で議会が終わった後、ゼネクスはエルザムに声をかける。
「エルザム」
「なんですか、議長?」
「まずは議会の話じゃ。今日は白熱したのう! 久々に血がたぎったわい!」
「ええ。トルマとディックが掴み合いの喧嘩になりそうで、ヒヤヒヤしましたよ。議長が一喝で静かにさせたのはさすがでした」
「あれぐらい黙らせられんと、議長は務まらんからな」
「肝に銘じておきます」
前置きは終わった。
ゼネクスが本当に話したいことはここからである。
「ところで……『元老院バスター』のことなんじゃが……」
タイトルを聞き、エルザムの顔つきも議員モードから作家モードになる。
「もうすぐ終わるのか?」
エルザムはうなずく。
「ええ、一度区切りをつけようかと思っています。もちろん、ご内密に願いますが」
「そ、そうか……」
区切りをつける、ということは完全終了ではない。エルザム曰く、また新しい展開に向けて、じっくり構想を練りたいのだという。
とはいえ、楽しみにしている小説がしばらく読めなくなることに寂しさを覚える。
「ですが、同時に新作の構想を練ってもいます」
「な、なに!?」
ゼネクスが一気に顔を寄せ、エルザムは思わずのけぞる。
「どんな話じゃ!? 他言はせんから……ちょっとだけでもいいから、教えてくれんか!? なぁ、頼む!」
「え、ええと……神様の物語です」
「ほう、神様ときたか」
「老いた神が、その威厳でもって、人類や神々の世界まで救うような物語を構想しています」
「なるほど、なるほど……スケールが大きいのう」
「その老いた神は年老いていながらも元気で、彼の放つ雷は悪の王を打ち砕き、巨大な竜をもひれ伏せさせる……そんな物語にしたいと思っています」
「ふむふむ……。しかしその神、どこかで見たことあるような……」
「モデルはもちろん議長、あなたです」
「や、やっぱり……」
「私の身近に議長ほど、インスピレーションを引き起こしてくれる人はいませんのでね」
「他にもおるじゃろ。例えばフレイヤ君は美人じゃし、頼もしくなったデクセン君とか……」
「いえ、やはり議長です!」
まっすぐ見つめられ、ゼネクスは分かったという風にうなずき返す。
「しかし、今更だが、議員と作家をこなすのは大変じゃろう。大丈夫か?」
「もちろん大変ですが、やりがいはありますよ」
「ならばよい。おぬしも、自分の限界を超えた無茶をするような男ではないしな」
「おっしゃる通り。自滅するようなことはしませんのでご安心を」
自信に満ちたエルザムを見て、ゼネクスも安心する。
「では、私はこれで」
「新作、期待しておるぞ、エルザム」
エルザムは背中を向けたまま、小さく手を振り、去っていった。
***
程なくして、『元老院バスター』は一段落を迎え、新作『威厳ゴッド』が発売された。
この作品も大好評を得ることになる。
「新作も面白いよな~」
「主人公の威厳が凄すぎる」
「でも、誰かに似てるような……」
同時に、やはり「元老院の誰か」を思い出す読者が多かった。
『元老院バスター』のファンだったゼネクスも、もちろん本を購入する。
すらすらと読み進め、本を閉じ、満足げにうなずく。
「ふふ、エルザムめ……やりおる」
またワシの楽しみが一つ増えて、そうやすやすと死ねなくなったわい、とほくそ笑んだ。




