第42話 元老院議長、葬儀に出向く
休日、暖かく、風もない穏やかな昼下がり。元老院議長ゼネクス・オルディンの邸宅に一通の手紙が届く。
中を読んで、ゼネクスは大きく目を見開いた。
「……なんじゃと!?」
夫の大声に、妻のジーナが駆け寄る。
「どうなさったの、あなた?」
「ロダール殿が……亡くなったそうじゃ……」
「まあ……」
手紙は、ゼネクス旧知の人間の訃報であった。
ロダール殿――ロダール・アンジーノは、ゼネクスと同じく元老院の議員であり、年齢はゼネクスより五つ上の70歳であった。
目立った功績はないが、議会には一日たりとも欠席することなく、温厚で誠実な議員だった。
ゼネクスも新人議員時代は先輩だったロダールに助けられ、後に議長となって彼より上の立場になった後も、ロダールのことをずっと慕っていた。
そんなロダールであるが、五年前に体調を崩し、議員を引退。現在は療養を続けていた。
「……」
ゼネクスはショックのあまり、しばらく言葉を失う。
ジーナも夫の心中を悟り、声をかけない。
「亡くなってもおかしくない年齢ではあるが、寂しいもんじゃな」
「そうですね……」
「葬儀は一週間後だという。行って、最後の別れをしてくるかのう」
「では私も行きますよ。私もロダールさんのことはよく知っていますから」
ジーナも議事堂の受付をやっていた頃にロダールとはよく話したという。いつもにこやかに挨拶をしてくれる方だった、と思い返す。
「では葬儀には二人で行くとしようか」
ゼネクスはしみじみと言った。
***
一週間後、ゼネクスとジーナは黒い喪服に着替える。
「行ってらっしゃいませ」
メイド服姿のメルンに見送られ、帝都内の教会へと向かう。
グランメル帝国における葬儀は教会で執り行われる。
葬儀の進行を務めるロダールの長男と挨拶を交わす。
彼は議員ではなく帝都にて役人となり、職務を真面目にこなしている。
「立派な父上を亡くされたが、どうか気を落とさぬよう……」
「ゼネクス様が来て下さって、父も喜んでいますよ」
ジーナも頭を下げる。
「私も議事堂に勤めていた頃は、ロダール様にはお世話になりまして……」
「夫人のことは父もよく話していましたよ。ゼネクス様はいい相手を見つけられた、と」
葬儀が始まる。
まずは遺族の挨拶から始まり、司祭によって祈りが捧げられ、棺に入ったロダールが教会の墓地に運ばれる。
大勢の人間に別れを惜しまれつつ、ロダールは墓の下に眠ることになる。
一連の流れを、ゼネクスは神妙な顔つきで見守っていた。
***
葬儀が終わり、ゼネクスとジーナは徒歩で帰宅する。
「しめやかすぎず明るくて、いい葬儀でしたね」
「うむ、立派な息子を持って、ロダール殿も安心して天国に旅立てたことじゃろう」
ゼネクスは目を細める。
「しかし、自分と年が近い人間の死を目の当たりにすると、いよいよワシの番も近いということを実感させられるのう」
「あなた……」
「いや、すまん。辛気臭いことを言った」
ジーナは首を横に振る。
「いえ、いいんですよ。お世話になった方が亡くなられたんです。意識してしまうのは当然ですわ」
「うむ、ありがとう、ジーナ……」
ゼネクスは未だ足腰も丈夫で、健康にもなんら問題はない。
まだ10年、20年生きられると思っていたが、一方で、いつお迎えが来てもおかしくない時期に来ているということも実感する。
歩いていると、空にはまだ太陽が浮かんでいる。
やがて夕刻になれば、日は赤くなり、沈んでいく。それは決して変えることのできぬ、自然の摂理。
(ワシの人生も、もう黄昏時なんじゃなぁ……)
分かり切ってはいるが、どこか切ない。
ゼネクスはしみじみと感じた。




