第41話 ゼネクス、帝国に帰還する
帰国したゼネクスは、報告のため、皇帝アーノルドに謁見をしていた。
「このたびはご苦労だった、ゼネクス」
労いの言葉を受け、ゼネクスは深く頭を下げる。
「それにしても、表敬訪問のような旅行であるはずが、ルカント公国の闇を暴き、新たなスタートの手助けまでしてしまうとは……さすがはゼネクスといったところか」
アーノルドがニヤリとした笑みを浮かべる。
「出過ぎた真似をしました」
ゼネクスは謙遜するが、アーノルドは首を横に振る。
「いや、帝国からも調査団を派遣したが、ルカントは想像以上に悪い状態だったらしい。首都以外の地域は重税でもはや機能しておらず、彼らを励ますジュレン殿がいたから、かろうじて生きる希望は失わなかったというような状態だった」
兄に追放されたジュレンが、首都以外の住民の心の支えになっていた。
「もし、今回のタイミングでジャベル殿を糾弾できなければ、大勢の餓死者が出るか、あるいは大規模な反乱が起き、ルカントは再建不能になっていただろう。そうなれば、“誇りある孤立”にせよ“観光立国”にせよ、泡と消える。このタイミングでゼネクスがジュレン殿と出会えたのは、まさに幸運としか言いようがない。いや、あの国を救うことがゼネクスの運命だったのかもしれぬ」
ゼネクスは否定するように手を振る。
「ワシはほんの少し手助けしただけ……ワシがルカントを救ったというのは大げさすぎます」
アーノルドは口角を上げる。
「フッ、ならばそういうことにしておこう。長旅で疲れただろう。少し体を休めたら、また元老院に復帰してくれ。頼んだぞ!」
「はいっ、陛下!」
皇帝からの激励に、ゼネクスの胸が熱くなる。
そして、思い出したようにアーノルドが告げる。
「ああ、そうそう。そういえば……」
「なんですかな?」
「あのパーティーに参加していた各国の賓客から、ぜひゼネクス議長とお会いしたい、という申し出が殺到してるんだが、どうする?」
ゼネクスはぎょっとする。
今やゼネクス・オルディンの勇名は、大陸中に響き渡ってしまったらしい。
これにはたまらず――
「ワシはあんまりそういうのは……適当にごまかしておいて下さいませんか」
「ハハハ、やはりそうだろうと思っていた。分かった、余から丁重に断っておこう」
「助かります……」
アーノルドの気遣いに感謝しつつ、ゼネクスは皇帝の間を後にした。
***
ゼネクスがルカント公国を救う手助けをしたことは大きなニュースになった。
議事堂では、やはり他の議員からさらなる尊敬の念を受けることとなる。
「議長殿、またご活躍されて……新聞記事を読んで感動しました!」
ゼネクスに憧れるエルフの議員フレイヤは目を輝かせ――
「リザードマン界隈でも大きな話題になっていますよ。議長は偉大なる戦士だと」
リザードマン議員デクセンもゼネクスを褒め称え――
「議長のおかげで、また小説のネタが増えましたよ」
元老院副議長であり作家でもあるエルザムは、議長を見ていると執筆のネタに事欠かないと笑った。
ただでさえ「帝国の黒幕」「帝国の支配者」などと言われていたゼネクスである。
町を歩けば、自分の威厳がさらに増したことが分かってしまう。
「ゼネクス様だ……」
「ついに帝国だけでなく、他国まで救ってしまうとは……」
「ああっ、なんという威厳だ……!」
もう威厳についてはゼネクスも諦めているので、あえて雨に濡れていくような心持ちで歩いて帰宅する。
この日の夜はリウスたちの訪問を受け、一緒に食事を取る。
自然と話題はルカント公国のことになり、リウスはシチューを食べながら呆れる。
「ついに他の国まで救っちゃうなんて……やっと追いつきそうになった父さんの背中がまた遠ざかった気分だよ」
「だからワシが救ったわけではないというに」
ゼネクスはリウスに文句を言いつつ、魔法使いの少女レルテのことを思い出す。
「ああ、そうそう。ルカントにはお前に憧れてる女の子がおったぞ。レルテと言うんじゃが、もし彼女が帝国に来たら、声ぐらいかけてやるがよい」
「うん、分かったよ」リウスはうなずく。
「それと、物を振動させる魔法で肩揉みを披露してくれた。なかなか気持ちよかったぞ」
「へえ、その発想はなかったな。なかなか見込みがありそうな子だね」
レルテの発想は、大賢者であるリウスにもなかったもののようだ。
ミナもゼネクスに飛びつく。
「おじいちゃん、すごーい! よその国でも大活躍!」
メルンも紅茶を淹れながら、ゼネクスに尊敬の眼差しを向ける。
「さすが旦那様ですね。本当にお疲れ様でした」
「今回の件は、ミナとメルンと行った温泉旅行のことが役に立ったわい。だから、ワシに手柄があるとするなら、二人にも手柄があると言えるじゃろうな」
ミナは喜ぶ。
「わーい、やったーっ!」
メルンも頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「メルンちゃん、タッチ! イェーイ!」
「う、うん」
元気よくハイタッチするミナとメルンを、ゼネクスは嬉しそうに見つめる。
食卓を囲んでいると、ジーナとマチルダがさらに料理を運んできた。
「さあさあ、まだまだ料理はありますよ」
「いっぱい食べてね。お義父さんは特に」
ゼネクスは山盛りの料理を眺める。
ルカント公国の者たちは、ジャベルの悪政で今日を生きるための飯にも事欠く有様だった。
新政権の元、彼らが日々の食事にきちんとありつけるようになればよいが――
「いただきます」
ゼネクスはそんな祈りを込めて、“いただきます”をした。
第四章完結となります。次回よりクライマックスとなる章になります。
ゼネクスの活躍にご期待下さい!
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