第40話 大公ジャベルvs反乱者ジュレン
公邸内の大ホール。
高い天井にシャンデリアが灯り、壁には高級絵画が飾られ、テーブルには豪華な料理が用意されている。
いるのはジャベルが招待した、大陸中の国王・大臣クラスの要人や、様々な分野における著名人ばかり。
ここまで大勢の賓客を集めることができたのは、ジャベルの手腕といえる。
その中にはゼネクスの妻ジーナもいた。
アメジスト色のシックなドレスを着用し、元老院議長の夫人として賓客たちと挨拶を交わす。ゼネクス不在でも、一国の代表として立派に職務をこなしている。
そして――主催者であるジャベルは、光沢ある白いスーツを着て、ルカント公国はこれから生まれ変わると思う存分アピールしている。
備えも万全であり、万が一のことはあり得ない。
まさに今、彼は人生の絶頂にいるといえるだろう。
司会者の進行で壇上に進み、会場中の人間に両腕を広げる。
「では皆様、我がルカント公国のこれからの繁栄を祈って、どうか乾杯を――」
ジャベルは恍惚感に満ちた笑みを浮かべる。
だが、その笑みはドアが開く音で中断された。
中に入ってきたのは、ジュレンを始めとする反乱軍。
ジャベルの顔が一瞬で強張る。
「……!?」
来客らを丁重にかき分け、ジュレンたちはまっすぐ壇上に歩いていき、そのままジャベルの元に向かった。
「久しぶりだね、兄上」
「ジュレン!? な、なぜここに……!」
「“お前が来ることも予想して、親衛隊を配置していたのに……”ってところかな」
「なぜだ!? どうやって奴らを突破した!?」
ゼネクスも遅れて壇上に上がる。
「ワシが協力させてもらった」
「ゼネクス殿!? 今日は欠席のはずでは……」
「彼らがどうしてもこのパーティー会場に行きたいというものじゃから、ワシが力添えをしたのじゃよ。君の部下はこのパーティーに招かれておるワシにはさすがに手を出そうとはせんかった。優秀じゃな」
ゼネクスの言葉で、ジャベルも彼らがどうやって親衛隊を突破したかを理解する。
まさか大国の元老院議長が反乱分子の味方についているとは、あまりにも計算外だった。
「うぐ、ぐ……」
ゼネクスは大勢に向き直る。
「皆様、ワシはグランメル帝国元老院議長ゼネクスと申す! こんな形でパーティーに現れ、混乱を招いたことを申し訳なく思っておる」
グランメル帝国は大陸一の強国である。
皇帝に最も近い権力者とも言われるゼネクスが登場し、賓客たちも驚く。
「おお、ゼネクス殿だ!」
「そういえば、一度お会いしたことがあった。やはり威厳が桁違いだ」
「なんという威厳……」
あまり威厳は褒めんでくれと思いつつ、ゼネクスは続ける。
「しかし、ワシは数日前にここにおる大公ジャベル殿の弟ジュレン殿と知り合い、彼に共感し、彼をここまで連れてきた。今この場はどうか、ワシらに仕切らせてはもらえまいか」
賓客たちは何も言わない。肯定と取っていいだろう。
一方のジャベルは会場に散らばる衛兵たちに目配せをする。
衛兵たちが壇上に駆け寄ろうとする。
だが――
「お待ちなさい!!!」
ジーナであった。
衛兵たちがピタリと止まる。
「今は我が夫ゼネクスがこのパーティーの主役です。どうか、静観なさって下さい」
ジーナの凛とした迫力に、衛兵たちも動きを止めてしまう。
ゼネクスは妻に感謝する。
(さすがジーナ……。ワシより威厳があるんじゃなかろうか)
賓客たちはゼネクスの仕切りを認め、衛兵たちも封じられた。
もはやこの場の主導権は握ったも同然である。
「じゃあジュレン殿、言いたいことをぶちまけるといい」
「はい」
主役のバトンを渡され、ジュレンの目つきが変わる。
「私はここにいる大公ジャベルの弟、ジュレンと申します。兄の観光立国主義に反対した結果、追放される憂き目にあいましたが、ようやくこの公邸に舞い戻ることができました。そして、今ここで兄の所業についてお話ししたいと思います」
ジャベルとしては止めたいが、賓客の前で取り乱すわけにもいかない。
ただ見ているしかできない。
一方、ジュレンは堂々と話し始める。
観光立国化を進めるあまり首都中心街の外には廃材とゴミの山が広がっていること、資金集めのために重税をかけ民は苦しみあえいでいること、ここにいるメンバーもその被害者であること……。
ジャベルの顔は青ざめていく。
パーティー参加者たちはルカント公国の惨状に、驚いたり、顔をしかめたり、さまざまな反応である。いずれにせよ、心の中でジャベルに対する採点を大きく下方修正していることは間違いない。
「兄上、はっきり言おう。あなたの政策は失敗だ」
殴りつけるような言葉に、ジャベルの眉が吊り上がる。
「失敗だと!? どこがだ!」
「民を蔑ろにする国に未来などないよ、兄上」
「そんなことはない! 現に、今日だってこうして大勢の方が集まってくれているじゃないか! 私の観光立国は今日から始まるのだ!」
「じゃあ聞くが兄上、今ここにいる皆様に、ルカントを隅から隅まで見てくれと胸を張って言えるかい?」
「ぐ……!」
ジャベルはこれには答えられない。
彼が大公になってから、首都以外の村や町は悲惨な有様となっている。とても他国の人間に見せられるものではない。
「う、ぐ、ぐぐ……」
「さあ、どうなんだ!」
「黙れ!!!」
ジャベルが怒鳴る。
「誰か、こいつをつまみ出せ! ――おい、誰か!」
衛兵たちは動かない。
今のやり取りだけでジャベルとジュレン、どちらが一国の代表として相応しいか、気づいてしまったのだろう。
「ぐぐっ……どいつもこいつもぉ……!」
ジャベルは歯を食いしばり、極度の興奮状態となる。顔は赤く染まり、口の端からは泡を吹いている。
「兄上!?」
「ぐ、ぐが……!」
そのまま卒倒してしまう。
「あ、兄上! しっかり! 兄上ッ!」
辺りは騒然とする。
兄の体を揺り動かすジュレン。彼が兄を心から憎んではおらず、自分たちを“反乱軍”と称した理由が分かる一幕だった。
できることなら兄に心を入れ替えて欲しかった――そんな心の奥底の本音が見え隠れする。
そんな中、ゼネクスが冷静に指示を出す。
「ジュレン殿、大公をすぐに別室に運ぶのじゃ。ご来賓の方々はどうかそのまま歓談を続けていただきたい。こんな形でパーティーが有耶無耶になってしまうのは、大公の望むところでもないじゃろうしな」
ゼネクスが場を取り仕切ったおかげで、パーティーは大きな混乱もなく、そのまま食事や歓談が続けられることとなった。
意識を失い、担架で運ばれていくジャベルを見て、ゼネクスは思う。
(自国を養分とすることも厭わぬほどに自己顕示欲の高い男が、これほど大勢の賓客の前で弟に格の違いを思い知らされたのじゃ。そのショックは計り知れないものがあろう)
その後、パーティーのホストは兄に代わって急きょジュレンが務めた。
「皆様、兄は命に別状はありませんでした。ルカント公国大公の弟として精一杯のもてなしをいたしますので、よろしくお願いします!」
ジュレンの器量は君主クラスまでいる賓客たちに劣るものではなかった。
自身の観光立国構想に酔いしれ、舞い上がっていたジャベルとは大違いである。
結局、このままジャベルは復帰できず、ジュレンが最後までホストを務め、パーティーは幕を下ろした。
パーティーが終わり、各国の賓客は続々と帰国していくが、ゼネクスだけは顛末を見届けるためにしばし滞在することにした。
ジュレンとしては公的な場で正式に兄の罪を糾弾したかったのだが、ジャベルの精神的な容態が思わしくなく、それが難しい状況になってしまった。
そのため、公国の重鎮たちの支持も得て、ジュレンは大公代理としてルカント公国トップの座に立つ。
いずれは“代理”ではなくなるのだろう。
一連の流れを見届けたゼネクスは、盛大に見送られつつ、ジーナとともにグランメル帝国へ帰国する。
帰りの馬車の中で、ゼネクスはジーナに頭を下げた。
「すまなかったのう……。せっかくの旅行じゃったのに、“二人で何かする”ということはほとんどできんかった」
「いいんですよ。色々なことに首を突っ込むあなたを一番そばで見るのが、私の生きがいなんですから」
ジーナの微笑みに、ゼネクスは照れもあり髭を撫でる。
やはり妻には敵わない――ゼネクスはこの一件で悟った。




