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第4話 元老院議長の息子は大賢者

 議会が休みの日の午前中、ゼネクスはいつになく上機嫌だった。

 口笛を吹きながら布でテーブルや窓ガラスを拭く。その浮かれぶりに妻ジーナも半ば呆れてしまうほどだ。

 なぜゼネクスがこれほどウキウキなのか――今日は息子夫婦が遊びに来る日なのだ。

 昼すぎに、ゼネクスの浮かれ具合は頂点となる。

 ゼネクスの一人息子リウス、その妻マチルダ、孫娘のミナが到着した。

 まずはリウス。


「やぁ、父さん。元気そうだね」


「うむ」


 リウスの妻マチルダが入ってくる。


「お久しぶりです、お義父さん」


「おおっ、マチルダさん。ようこそいらっしゃった。ゆっくりしていってくれ」


 そして――


「おじいちゃ~ん!」


「おおっ、ミナ~~~~~!!! 待っておったぞぉ~~~~~!!!」


 あまりの対応の違いにリウスは呆れる。


「相変わらずだな、父さんは……」


 マチルダは微笑んでいる。


「まあまあ、いいじゃないの」


 ゼネクスは孫娘のミナを溺愛しているのである。


 ゼネクスとジーナ、そしてリウス、マチルダ、ミナの五人でテーブルを囲む。


 リウスは魔法使いであり、大賢者である。

 “大賢者”とは、グランメル帝国で最も優れるとされる魔法使いに与えられる称号であり、リウスは帝国の魔法使いたちの代表といえる。

 父譲りの銀髪に父譲りの長身、父の面影を持ちつつ母譲りの穏やかな顔立ち。丈の長い白いローブを着こなす。端麗な容姿と確かな実力を併せ持ち、その人気は非常に高い。

 そんなリウスが、今度講演を行うとのこと。


「ふん、お前もずいぶん偉くなったもんじゃ」


「おかげさまでね。父さんこそ仕事はどう?」


「おかげさまで順調じゃわい」


 だが、ここでジーナが――


「でもお父さん、最近悩みがあるのよね」


「え」


 ジーナめ余計なことをと、ゼネクスは眉をひそめる。


「なになに? 聞かせてよ」


「うむう……」


 当然悩みを披露する流れになり、ゼネクスは自分の威厳がありすぎることについて打ち明けた。


「威厳?」


「そうなんじゃ。ワシは親しみのある元老院議長になりたいんじゃよ」


「親しみのある元老院議長って、具体的にどういうのなの?」


「例えばそうじゃな……。ある一家で団欒をしてたとする。そんな時、自然と『元老院議長のゼネクスは親しみのある優しい人だねえ』『本当ねえ』と話題に出るような……」


「どんな家庭だよ、それ」リウスは苦笑する。


「とにかくワシは威厳を減らす努力をせねばならん!」


「減らそうと思って減らせるものなのかな、それ?」


「黙れ! ワシはやるんじゃ! ……あ!」


 ゼネクスが何かを思いついたような表情をする。


「どうしたのさ、父さん」


「お前、講演会の時にワシのエピソードを喋ってくれんか? 仮にも大賢者のお前が喋ればその影響力は大きそうじゃからな。ワシの威厳を軽減するのに一役買ってくれるはずじゃ!」


「ん~、まあいいけど」


 リウスが了承したので、ゼネクスは喜ぶ。


「頼んだぞ! ミナよ、これでワシは親しみのある議長になれる!」


「やったね、おじいちゃん!」


 ゼネクスに抱き上げられたミナは、事情をあまりよく分かっていなかったが嬉しそうに笑った。



***



 一週間後――

 帝都の国立大ホール。

 数千人の観客の中には、魔法使いとおぼしき人間もちらほら見られる。

 なにしろ、今日講演を行うのは帝国一の魔法使いといっていいリウス・オルディン。皆がその言葉を聞きたがっている。

 リウスは魔法を使う際の心構え、今後の魔法の課題、さらには自身の目標など、模範的な講演を続ける。

 会場の後ろ、目立たぬところでゼネクスはそっと見守る。

 家では色々と言っていたが、やはり立派になった息子を見ると目頭に熱いものがこみ上げる。


 講演も佳境に入り、リウスが――


「ではここで、私の父のことについて触れたいと思います」


 ゼネクスの眉がピクリと動く。


「ご存じの方も多いでしょうが、元老院議長のゼネクスは私の父です」


 こんな言い回しをしたが、この会場に来ている者でこのことを知らない人間はおそらくいないだろう。


「元老院議長であれば、一人息子には後を継いで欲しいと考えるのが普通だと思います。しかし、父は私が魔法の道に進みたいと言った時、すんなりとOKを出してくれました。父には本当に感謝しています」


 議員は世襲制ではなく、有力者の推薦を受けた上で、厳しい試験や審査をパスせねばならない。とはいえ、父が議長というのは大きなアドバンテージになることは間違いない。しかし、リウスは魔法使いになりたいと願った。

 ゼネクスはそんな息子の意志を尊重し、「議員を目指せ」ということは一言も言わなかったという。

 リウスは一度目を閉じる。


「ですが、私が魔法学校に通い始め数年……出来上がっていたのは魔法使いではなく、思い上がった若者でした」



***



 15年前――15歳の頃のリウスが自室でくつろいでいると、ドアを開けてゼネクスが入ってきた。


「なんだい、父さん。ノックぐらいしてくれよ」


「リウス、お前最近学校にあまり通ってないそうだな」


「まあね」


 悪びれることなく答える。リウスは学校をサボり、仲間と遊び歩くことが多くなった。


「なぜだ? 魔法の道を進むのは諦めたのか?」


 リウスは首を横に振る。


「そうじゃない。どうやら僕には魔法の才能があったらしくてね。退屈な授業を受けてるより、友達と青春を謳歌する方がいいって気づいたのさ」


「しかし、今のままでは単位が足らず卒業できんのではないか?」


「そこはさ、父さんの力で何とかしてよ。なにしろ元老院議長なんだ。僕一人を卒業させるぐらい簡単だろ?」


「……」


 ゼネクスは振り返り、部屋を出ようとする。


「明日、学長にお前の退学を申し出てくる」


「……!?」


 リウスは焦る。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、父さん!」


「なんだ」


「学校を中退したなんてまずいよ! 僕の経歴に傷がついちゃう! それどころか笑いものになっちゃうよ!」


「なればよい。笑ってくれる人がいれば、の話だが」


 父の厳しい言葉に、リウスは泣きそうな表情になる。


「……ッ! 父さんは息子が可愛くないのかよ!」


 ゼネクスは目を尖らせる。


「可愛いから言っておる!!!」


「!」


 一喝し、ゼネクスの表情が神妙なものになる。


「もしワシが議長としての立場をフルに使えば、お前を学校ナンバーワンの成績優秀者に仕立てることもできるし、卒業させることもできるだろう」


「だ、だろ? だったら……!」


「しかし、それをやったらワシがいなくなった後のお前はどうなる? 一人では何もできない、中途半端に魔法をかじった男ができるだけだ。そんな男がどういう人生を歩むか、お前とて想像できぬわけではあるまい」


「……!」


「だから、お前は退学させる。文句はないな」


 再び部屋を出ようとするゼネクスに、リウスが食い下がる。


「待ってくれ! 僕が中途半端に魔法をかじっただって!?」


「ああ、そうだ」


「先生も言ってた。僕には魔法の才能があるって! 中途半端なんて言わせないぞ!」


 リウスにも自分の才能にプライドはあり、“中途半端”という言葉は聞き捨てならなかった。

 すると――


「中途半端ではない? だったらワシに魔法を撃ってみろ」


「え?」


「お前の魔法でワシを倒すことができたら、“中途半端”呼ばわりは撤回してやる」


 実の親に魔法を撃つ。反抗期真っ只中といえるリウスもさすがに顔をしかめる。


「バカ言うなよ。父さんは魔法の心得がないだろう。そんな人に魔法を撃つなんて危険すぎる……」


 魔法に対する耐久力は体内の魔力量や魔力の練度に依存する。

 これらは魔法使いを目指すのでなければまず鍛えることはなく、ゼネクスは人生で魔法を学ぶ機会はなかった。つまり、魔法耐性はほぼゼロのはず。リウスの意見はあまりにも妥当だった。

 だが、ゼネクスは息子を嘲るように笑う。


「ハハハ、よい言い訳だな。そうやってワシをいたわるふりをして魔法を撃たなければ、自分の未熟を晒さずに済む」


「おい……怒るぞ」


 リウスがゼネクスを睨みつける。この負けん気は父譲りだろう。


「怒る? 半端者が偉そうに」


「僕は半端じゃない!」


「なら、やってみせい!!! ワシを魔法で倒してみせよ!!!」


「分かったよ……。死んだって知らないからな! 雷撃(サンダー)!!!」


 掌から放たれた雷撃が、ゼネクスを直撃した。

 撃ってから、リウスも全力を出したことを後悔する。実の父親に素手で殴る以上の暴力を振るってしまった。

 だが、ゼネクスは微動だにせず仁王立ちしていた。


「な……!?」


「こんなものか……」


 体は焦げているが、膝すらつかず立っている。


「……!」


「魔法も修めておらぬ、ワシのようなたかが元老院議長さえ殺せぬような魔法しか使えぬ者を、中途半端と言わずしてなんと言う!」


「うぐ……!」


 自分の思い上がりを思い知り、リウスは震えてうなだれる。


「リウス、自分が恥ずかしくなったか」


「は、はい……」


 その声からは先ほどまでの慢心は消えていた。

 未来の大魔法使いへの道が、ほんのわずか開けた瞬間だった。


「リウス、いつかワシを倒せるほどの魔法使いになれ! 期待しているぞ!」


「分かりました……。しっかり魔法を学びます!」



***



 リウスは観衆らを見つめる。


「それからです。私は一念発起して真剣に魔法の勉強に取り組みました。もしもあそこで父に叱られていなければ、今頃ここに立てるような魔法使いにはなっていなかったでしょう」


 リウスは父のエピソードで、講演の締めくくりとした。

 熱烈な拍手が湧いた。

 今や誰もが認める大賢者リウスにも未熟な時代があった。恥といえる過去があった。しかし、それを乗り越えた彼に対し、皆が感動を覚えた。

 ゼネクスもほんのわずかに涙ぐんでいる。


 その後、質問タイムが設けられる。

 リウスに憧れる一人の若者がこんな質問をした。


「リウス様、先ほどのお父様のお話で、『ワシを倒せるほどの魔法使いになれ』と言われたと聞きましたが、今はいかがでしょう? 倒す自信はありますか?」


 リウスはクスリと笑った。


「私もあの時よりだいぶ魔法の実力は上がったはずですが、正直まだ倒せる気はしませんね」


 この答えに会場中が穏やかな笑いに包まれる。


 後ろに控えるゼネクスは微笑む。リウス、立派になったな……。


 しかし、直後に気づいてしまう。


「――ってちょっと待て! こんな話をされたら、またワシの威厳が……!」



***



 案の定であった。

 少年時代のリウスが父に叱りつけられ、改心したエピソードは、瞬く間に帝都に広まった。

 大賢者リウスにも敵わない存在がいると、ゼネクスの威厳はますます高まった。


 後日、リウスの一家が遊びに来た時、ゼネクスはリウスに怒る。


「リウス! お前のせいでまたワシの威厳が高まってしまったじゃないか!」


「そんなこと言われても……」


「威厳で悩んでいるっていうのに、あんなエピソード話してどうするんじゃ! もっとワシのやわらか~いエピソードを……」


「父さんの柔らかいエピソードなんて、正直思いつかないんだけど」


「ないなら作ればいいじゃろがぁ! ワシの温か柔らかエピソードをぉ!」


「捏造はダメでしょ」


「うぐぐぐ……」


 息子の正論にゼネクスは何も言えなくなる。


「ええい、お前なんか賢者ではない! 愚者じゃ、愚者!」


「酷い言われようだな」


 リウスは苦笑いし、娘のミナは大笑いする。


「アハハ、パパ、グシャだって!」


「そうなんじゃよミナ! そしてワシの心はグシャグシャじゃあああああ!!!」


 この日のオルディン邸はゼネクスの絶叫と周囲の笑いに包まれた。

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