第39話 “反乱”当日
ルカント公国での大パーティー、そしてジュレンたちの“反乱”決行当日の朝が来た。
一国の道筋が大きく変わるかもしれない日とは思えないほど、暖かく穏やかな朝だった。
ゼネクスはジーナと朝食を済ませると、こう告げる。
「おぬしはこれからジャベル殿主催のパーティーに向かってもらうが、ワシは向かえん。体調不良などと言って、ごまかしておいてくれんか」
「分かりました」
ゼネクスの無茶ともいえる頼みを、ジーナはすんなり受け入れる。
「では行ってくる」
「お気をつけて」
なにも詮索せず自分を黙って送り出してくれる妻に、ゼネクスは「ワシには過ぎた妻じゃ……」という想いを改めて噛み締めるのだった。
***
大陸中の賓客が来るということで、首都デイハは異様な盛り上がりを見せていた。
ゼネクスはそんな賑やかさをすり抜けるように、ジュレンたちが待つ酒場に向かう。
この一週間ですっかり慣れたのか、ゼネクスは誰にも見つからずたどり着くことができた。
「いよいよ今日じゃな」
ジュレンがうなずく。
「ええ、ジャベルを大公の座から引きずり下ろす最大のチャンスです」
各国の要人が集まる場所に乗り込み、ジャベルの所業を暴露する。
これが彼らの考えた――現体制への“反乱”である。
「いつ頃乗り込むのじゃ?」
「パーティーは夜からの予定でしょう。ですから、日没前には公邸に乗り込みたいですね」
ゼネクスが席に座っていると、ガストンが近づいてくる。
「来てくれてありがとうよ、ジイさん。危なくなったら、絶対俺が守るからな!」
自分の胸を叩くガストンにゼネクスは笑みで応じる。
「期待しとるよ」
レルテも歩み寄る。
「ホント、ありがとうね、おじいさん。よかったら肩でもお揉みしましょうか?」
「おお、せっかくだから頼むわい」
レルテはゼネクスの両肩を掴むと――
「振動按摩!」
魔力で自身の両手を高速で振動させた。
「うほおおおおおおおおっ!?」
数秒間、ゼネクスの肩は揉みほぐされ、すっかり軽くなった。
「……やるのう!」
「あたし、昔から肩揉みは得意なの!」
振動系の魔法でマッサージを施すなど、ゼネクスも聞いたことがない発想だった。
リウスにも教えてやるか……と思った。
夕刻になり、ジュレンが立ち上がる。
「そろそろいいだろう。ここにいる全員で、公邸に乗り込む。準備はいいか!」
反乱軍の面々は全員力強く返事をする。
ルカント公国を大きく変えることになるかもしれない戦いが今、始まる。
***
ジャベルの住む公邸は表には立派な門があるが、実は裏側にも門があるという。
裏に回ると、木々で巧妙にカモフラージュされているが、確かに小さな門があった。
いざという時の避難経路として確保されているものであり、ほとんど知る者はいないという。
なぜ、そんな門をジュレンが知っているのか、ゼネクスは今さら聞くのは野暮じゃな、と思った。
門から邸内に侵入すると薄暗い広い通路に出る。
ここを通り、パーティー会場に入ることができれば、目的の八割ほどは達成したことになる。
ジュレン、ガストン、レルテを先頭に、若者たちが走る。
そんな彼らにゼネクスも負けじとついていく。
(結構走るのう。日頃から歩いていてよかったわい……)
ところが――
「ここから先へは通さんぞ」
白い鎧を身につけた兵士たちが待ち受けていた。
数は反乱軍の倍以上いる。
「な……!」驚くジュレン。
「こいつら……親衛隊だぜ!」ガストンも顔をしかめる。
ゼネクスにも見覚えがあった。公邸でジャベルの周囲を固めていた連中だ。
待ち受けていた部隊のリーダー格の男が笑う。
「残念だったな」
「なぜ、我々がここに来ると……」
「ジャベル様は全てお見通しだ。もしも“ジュレン”が生きているとしたら、各国の賓客が集まるパーティーの日を狙って、ここに来るとな。しかも、ジャベル様に歯向かう気概のある連中を連れて……。つまり、ここでお前らを始末すれば、完全に反乱の根を絶てるというわけだ」
「そういうことか……!」
ジャベルとて、自分に反乱を起こす勢力の可能性を考慮していないわけではなかった。
その手の勢力が現れることを考慮し、その上で泳がせる選択をした。
自分の苛烈な政策で地方の人間にもはや反乱を起こす気力など残っていないが、しかし、わずかにそんな人間もいるはず。だったらそいつらを人望のある誰かにまとめさせて、一気に叩けばいい、と。
そうすれば、自分の観光立国思想に歯向かおうとする者はいなくなる。
予想以上の数の親衛隊が詰めており、ジュレンも眉をひそめる。
――が、覚悟を決める。
「ここはなんとしても突破するしかない! 行くぞ、みんな!」
親衛隊長がニヤリとする。
「素人どもが……。我々に敵うと思うか!」
隊長が剣で斬りかかり、ジュレンはそれを剣で受け止める。
さらに、他の親衛隊員も反乱軍に殺到する。
ガストンが雄叫びを上げ、斧を振るう。
「うおりゃあああああっ!!!」
さすがのパワーで三人をまとめて吹っ飛ばした。
レルテも両手を広げ、呪文を唱える。
「炎弾!」
炎の塊が親衛隊の一人に直撃するが、高級な鎧のため効果は薄い。
「くっ、対魔法コーティングしてある……!」
他の仲間たちも親衛隊と斬り結ぶが、旗色は悪い。
「みんな!」ジュレンが叫ぶ。
「何人かはやるようだが、数も質も我らが上だ! 諦めるんだなァ!」
隊長の言葉で親衛隊が勢いづく。
やはり、ジュレンたちの願いは叶わないのか。
反乱軍の面々に諦めの色が浮かぶ。
だが、そんな絶望を切り裂くような一喝が通路に響く。
「そこまでじゃ!!!」
ゼネクスが怒号を発すると、その声は狭い通路に轟き、戦闘がピタリと止んだ。
全員が当惑する中、親衛隊長がかろうじて我に返る。
「な、なんだ……貴様!」
「悪いが、ここを通してもらおう」
「通せるわけないだろ! この先では大事なパーティーが行われているんだ!」
ゼネクスの威厳のためか、隊長の口調もどこか幼いものになっている。
そして、ゼネクスはゆっくりと髭を撫でる。
「ワシもそのパーティーの参加者……だといったら?」
「な、なんだと……!?」
「お前も親衛隊の長を務めるほどであれば、相手を見る目ぐらいあるじゃろう」
ゼネクスの眼差しに隊長はたじろぐ。
確かにゼネクスの威厳は、明らかに国家の重鎮クラスが放つものだった。
「ぐ、ぐぐ……」
「分かったようじゃな。ではせめて礼儀として、ワシの名を明かそう。ワシはゼネクス・オルディン。栄えあるグランメル帝国元老院議長じゃ」
「は……!?」
隊長もジャベルの懐刀として、各国の要人には通じている。
なぜ、大帝国の大重鎮が、こんなところにいて、自分と向き合っているんだ。わけが分からない。
そんな隊長の混乱に斬り込むように、ゼネクスが眼を鋭くする。
「分かったら、どかんか。ワシはこの先に用があるんじゃ。むろん、この者たちも一緒にな」
「し、しかし……」
「いいからどかんかァ!!!」
突風が吹いたかのような一喝であった。
親衛隊は全員、ゼネクスの威厳に気圧され、二つに割れて道を開けた。
竜の王や巨大大砲をも跳ね返したゼネクス伝家の宝刀が炸裂した。
「す、すげえ……」
ガストン始め、反乱軍の若者たちも唖然としている。
「さて、行こうかのう。ただし、武器はここへ置いていこう」
「え、なぜですか? まだ兵はいるでしょうし、さすがに武器がないと……」とジュレン。
「ワシらは大勢の賓客が集まるパーティーに乗り込むんじゃぞ? そこに武器は不要。丸腰で堂々と己の主張を通せばよい」
「……おっしゃる通りですね。ここから先、武器は不要。みんな、言う通りに」
ゼネクスの主張に、ジュレンは納得する。
反乱軍は全員武器を置き、丸腰となった。
ジュレンを先頭にして、堂々と歩く。
「やはり、あなたを味方に引き入れていて正解でしたよ」ジュレンが笑みをこぼす。
「おぬしは最初から知っておったな? ワシのことを……」
「ええ、威厳ある見た目とゼネクスという名前で、すぐにピンときましたよ」
ゼネクスはニヤリとする。
「さすがじゃのう。ジュレン・ルーカス殿」
「……! あなたも私のことを知っておられたのですね」
「ワシの方は最初からではないがのう。しかし、おぬしのリーダーシップは只者ではないと思っていたし、ジャベル殿を倒すのでなく、大公の座から降ろすというのも、彼の親族でなければしない発想じゃ。ジャベル殿に追放された兄弟がいたという話を聞いた時にすぐにピンときた」
ジュレンが神妙な顔になる。
「私は兄との後継者争いに敗れ、追放されました。その後、兄は急速な観光立国政策を進め、首都以外の町や村は兄に吸い上げられるだけの養分と化しました」
「それから、各地を回り、心ある若者たちをまとめ上げ、ようやく政権を奪取するチャンスを得たわけか」
「はい……。他ならぬあなたのおかげです。あの親衛隊は我々だけではどうやっても突破は不可能でした」
「卑下することはない。ワシを引き入れられたことも、おぬしの実力のうちじゃよ。では行こう。思う存分、兄と語り合うがよい!」
「……はい!」
反乱軍はついに乗り込む。
大公ジャベルが主催するパーティー会場へと――