第38話 決起は近し
ゼネクスが反乱軍への協力を決めてから、時は静かに、しかし確実に流れていった。
昼は、ジーナとともに首都デイハを程々に楽しむ。
あまり派手な店には寄らず、ショッピングをし、落ち着いたカフェなどで談笑しながら過ごす。
「なかなか美味しいコーヒーじゃな」
「ええ、香ばしい匂いがたまらないわ」
「そういえば、リウスが砂糖も入れずにコーヒーを飲もうとして、吐き出してしまったことがあったのう」
「ありましたね。あの時はあの子もまだ子供でしたから」
ゼネクスはふと、息子リウスのことを思い出す。
昔は自分の才能を過信し、ゼネクスに叱られるようなこともあったが、今やルカントの魔法使いレルテにも憧れられる存在となっていた。
「リウスは……よく育ったのう。色々大変な部分もあったが」
「そうですねえ。大賢者としてよくやってくれていると思いますわ。いい人にも出会えて……」
「マチルダさんは良い娘さんじゃな。リウスにはもったいないくらいじゃ」
そして――
「ミナは可愛い」
「今から将来が楽しみになってしまいますね」
「うむ、最近もミナのおかげで自分の初心に立ち返ることができてのう」
「あら、そうなの」
「というわけで、遠くにいるミナに礼でも伝えようか。ミナ、おじいちゃんは元気じゃぞ~! ありがとう~!」
言った直後、ゼネクスは照れ臭そうに咳き込む。
「なーんてのう。外国に来てまで何をやっとるんだか……」
ジーナはクスクス笑いつつ、
「いいじゃありませんか。どこにいてもあなたはあなたですよ」
「お前がおるから、ワシはどこででもワシでおられるんじゃよ」
夫婦の異国での時は、穏やかに過ぎていった。
一方、グランメル帝国にいるミナはメルンとともに木の枝で斬り合う“ごっこ遊び”をしていた。
ミナの一振りで、メルンがやられたふりをする。
「ぐ~あ~、や、ら、れ、たぁ~!」
「メルンちゃん、やられたふりも上手!」
「そ、そうかな?」
演技を褒められ、メルンは照れる。その時だった。
「……あ!」
「どうした、ミナ?」
ミナは嬉しそうにつぶやく。
「今、おじいちゃんがあたしに声をかけてくれたような気がしたの」
これを聞いて、メルンは微笑む。
「きっと旦那様がミナを褒めてくれたんじゃないかな?」
「うん、そうかも!」
遠くにいる大好きなおじいちゃんを心に思い描き、ミナはとびきりの笑みを浮かべた。
***
ルカント公国首都デイハにて、ゼネクスは自分自身で、街の人からジャベルについての情報を集めることも行った。
すると――
「良くも悪くも“新しい物好き”だよねえ、あの方は」
「やり手だよ。まだ若いのに、デイハをここまで観光地に改造しちゃったんだから」
「伝統の破壊者じゃよ……。先代までが積み重ねたものを全て破壊するつもりなんじゃ」
市井の評価は割れており、まさに毀誉褒貶といった有様。
そして、公国の事情に明るい壮年の男に出会い、こう尋ねてみる。
「先代大公は急に亡くなられたそうじゃが、後継者争いなどは起きなかったのかのう?」
グランメル帝国でも先代皇帝崩御時、ゼネクスがアーノルドを説得できていなければ、おそらく皇族間で争いが起こっていた。ルカントではどうだったのだろう、という素朴な疑問であった。
「あまり公にはなってないけど、あったらしいですよ」
「ということは他に候補がいたと?」
「ええ、弟さんがね。ですが……意見が対立して、着の身着のままで首都を追放されてしまったようで。そんな追い出され方をされましたから、おそらくどこかで野垂れ死にしてしまったのではないかと……」
「そんなことが……」
これを聞いて、ゼネクスはあることを確信する。
(そうか、彼がおそらく……。そういうことだったんじゃな)
***
廃材に囲まれた裏町の酒場においても、ジュレンがメンバーとともに決起会を行う。
「かつてのルカント公国は、決して裕福ではないが、どこにも頼らず、そして誇り高い志を持った国家だった」
よく通る声で仲間に呼びかけつつ、拳を握り締める。
「しかし、ジャベルという独裁者が現れ、そんな誇りは消え、民は疲れ果て、荒れ果てた大地と化してしまった……」
握り締めた拳をそのまま突き上げる。
「今こそジャベルの手からルカントを取り戻そう! そのためにも、この計画は必ず成功させるんだ!」
「おうよ!」とガストン。
「そうよ!」レルテも大きく叫ぶ。
ゼネクスも立ち上がる。
「当日はワシも同道させてもらう。よろしく頼む」
「ええ、ぜひ! 心強いです!」
他国の元老院議長でありながら、反乱軍に協力することになったゼネクス。
反乱決行の時は近い――




