第36話 反乱軍
ジュレンの言葉にゼネクスも驚く。
「反乱、ときたか」
「ええ、我が国の現体制に不平を持ち、それを崩そうとしている自覚はありますので、あえてこう名乗らせて頂きます」
普通、国を変えようと動くこうした組織は「革命軍」「解放軍」を名乗るものだが、ジュレンはそうしていないという。
ゼネクスはジュレンの口ぶりから、現大公ジャベルに対する一定の敬意を感じ取ることができた。
「なにゆえ反乱など……」
「あなたもわざわざ中心街を離れ、こんな酒場にたどり着いたということは、気づいているんでしょう? 我が国の歪みに……」
「……まあのう」
普通の旅行者ならば、首都デイハの娯楽の数々を楽しみ、わざわざ裏路地に入ってこの酒場にたどり着くことなど絶対にありえない。
この酒場まで来た時点で、ルカント公国に疑問を持っている人間、ということなのである。
「一応、説明しましょうか。かつてのルカント公国は“誇りある孤立”をスローガンに掲げ、他国に頼ることなく、なるべく自国内で経済をサイクルしてきたのです。その姿勢は国外からも高く評価されていました」
ゼネクスもルカント公国はそうした国だと認識していた。
元老院でも他国との輸入輸出の話題になると、ルカントが引き合いに出されることが多かった。
「しかし、ジャベルが大公の座についてから、全てがおかしくなりました。急速な観光立国化を進め、邪魔をする者は次々に投獄したり、追放したり……」
ジュレンが悔しそうに歯噛みする。
「それどころか、首都以外の住民には重税をかけ、その税収は全て首都の観光地化を進めるために使われます。おかげでこの国の首都以外の地域はもうボロボロ……この首都も中心部以外はすっかり寂れてしまいました」
「なぜ、ジャベルはそんなことを?」
「ジャベルは元々他国の王族貴族に憧れがありましてね。さらに自己顕示欲も非常に強い。なるべく自分たちだけで何とかする、という我が国伝統の姿勢に我慢ならなかったのでしょう。だから大公の座についたとたん、暴走してしまった……」
「なるほど、しかし民にそんな負担を強いるのは解せんのう。みすみす国を潰してしまうだけじゃろう」
「あの男の頭にあるのは、とにかく自分が目立ちたい、他国の著名人と知り合いたい、ということだけです。極端な話、自国などどうでもいいのですよ。自分が楽しければそれでいい。もし、我が国の人間がそれで餓死しましたなどという報告が入っても、奴は大して驚きもしないでしょう」
ゼネクスはふと思いつく。
「ここにいる人間ももしかして……」
「ええ、地方から出てきた人間が多いですよ。奴のかける重税にくたびれ果てて、それでも国をどうにかしようと足掻いた者たち。そんな者たちに私が呼びかけたんです」
「それがこの反乱軍というわけか」
ゼネクスは周囲を見回す。人数はせいぜい20人程度。
「反乱“軍”というよりは反乱“隊”じゃが……」
「耳が痛いお言葉です」
ジュレンはゼネクスの言葉に、不快になるわけでもなく笑う。
それにしても――と思う。
(彼らの言うことをまだ鵜呑みにはできんが、あのジャベルという男、とんだ食わせ物じゃったのう)
ゼネクスは話を続ける。
「肝心の反乱の方法は考えておるのか?」
「はい」
「差し支えなければ、聞かせてくれんか。むろん、他言はせん」
「いいでしょう」
他のメンバーも口出しはしない。ジュレンの判断に委ねている。
「一週間後、ジャベルは大陸各国から賓客を集め、邸宅でパーティーを開く予定になっています」
「ほう、そうなのか」
ゼネクスも元老院議長として出席予定であるが、ここはとぼける。
「そこへ我々で乗り込み、ジャベルの所業を各国賓客の前で明らかにします。目立つことが何よりも好きな奴にとっては最大級のダメージになることは間違いありません。奴の罪を明らかにし、大公の座から引きずり下ろす。これが我々の計画です」
「しかし、乗り込むといっても当日は警備が強化されているじゃろう。勝算はあるのか?」
「私は公邸の裏口を知っています。そこから入れば、警備に捕まらず容易にパーティー会場までたどり着けるはずです」
ゼネクスは首を傾げる。
なぜ、公邸の裏口のことなど知っているのだろう。
しかし、ゼネクスは詮索をやめた。初対面の自分に手の内をここまで晒してくれたジュレンに、これ以上晒せというのは無礼だと感じたからだ。
「なるほど、分かった。ワシが体制側に何かを漏らすことはせん。安心して欲しい」
ジュレンは神妙な顔つきでうなずくと、ゼネクスを見据える。
「ゼネクスさん……もしよかったら、あなたの力を貸して頂けませんか?」
「ワシの……!?」
ゼネクスは目を丸くする。
「ガストンは優れた戦士です。中型の魔物ですら単独で倒してしまうほどの強さを誇る。しかし、あなたはそんな彼を圧倒してみせた。その威厳、その胆力、我々の計画に力を貸して頂けると非常に心強いのですが」
ジュレンの眼差しから嘘は感じられない。
「私はこれまで仲間を集め、なんとか今ここにいるメンバーを結集させました。ジャベルを引きずり下ろす計画も練りました。ですが、この反乱が成功するための最後のピース、それはあなたなのではないか、という気がしてならないのです」
ゼネクスはこの反乱軍に協力したいと思い始めている自分に気づいた。
だが同時に、自分がどういう立場の人間であるかも、改めて思い返す。
「すぐには返事できんのう……。ワシが足手まといになってしまう可能性すらある。二、三日中には結論を出すから、少し待ってもらえんか」
「ええ、分かりました。我々は夜はここを根城にしていますので、お待ちしています」
「うむ、そうしよう」
ゼネクスはそのまま酒場を出て、中心街に戻る。
空を見る。煌々と明るいデイハの街並みのおかげで、星はまばらにしか見えない。
そんな夜空に向かって、ゼネクスは独りごちる。
「ワシはどうすべきじゃろうなぁ……」




