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第35話 元老院議長、夜の街をゆく

 ホテルを出て、地味な服装で、夜の街を歩くゼネクス。

 自国の経済を観光で成り立たせようとしているだけあって、街はまだまだ賑やかだ。なにしろ夜は財布の紐が緩くなる稼ぎ時なのだから。

 だが、ゼネクスは夜遊びをするために街に出たわけではなかった。

 ゼネクスがこの首都デイハに抱いていた印象は――


(どこかハリボテのような感じのする街じゃ)


 ジャベルが大公になってから急速に観光立国化を推し進めているのだから当然といえば当然だが、この街はどこか急ごしらえな雰囲気を拭えない。

 表面上の華やかさの裏に何かあるのでは――ゼネクスはそう考え、街を調べることにした。


 こうして歩いていると、街には観光客もいるが、兵士も多い。

 警備が万全とされているグランメル帝国の帝都と比較しても、かなり多く感じるほどである。


(観光客を守るため、ということなのかもしれんが、ちょっと多すぎる気もするのう……)


 ゼネクスは歩きながら思案する。


 酒場やレストランなどの飲食店が立ち並ぶ区域を抜けると、目当てのものを見つけた。

 すなわち、裏道に行けそうな路地。

 周囲には人の目も多い。兵士もいる。が、ゼネクスもダンジョン攻略すら経験した人間。彼らの目を盗み、すっと路地へ入った。

 ルカントを訪れるのは初めてで、土地勘は全くないので、ひたすら歩く。

 すると、すぐに表通りとは程遠い、ゴミや廃材が目立つ区域に入る。

 ゼネクスは顔をしかめる。


(やはり、ワシの予想通り、か……)


 大公ジャベルの政策で、首都デイハは急速に華やかな観光都市となった。

 しかし、そのやり方は雑な掃除そのもの。観光客に見せられる一部の区域だけ整え、その結果出た廃材の類は全てこうした路地裏に追いやっている。

 兵士たちが数多く巡回していたのも、観光客がこうしたところに入ろうとしたら、それとなく止めるためというのもあるのだろう。

 そもそも大半の観光客は溢れるような娯楽に気を取られ、ゼネクスのようなイレギュラーな行動を取ることはないだろうが。


(ワシも、ミナたちとの“経験”がなければ、こんなことはしなかったじゃろうな)


 ミナとメルンと一緒に温泉旅館に行った時、ミナだけはスライムたちの疲れを察し、旅館の裏の顔に気づいた。

 あの経験を経ていなければ、ゼネクスもルカント公国の裏に気づくことはなかっただろう。

 来た道を忘れないよう、ゼネクスは歩いていく。

 すると、ぼんやりと明かりが見える。


「酒場か……?」


 木造平屋の酒場のような建物が視界に入る。

 ゼネクスは廃材を避けつつ近づいていく。この中に誰がいるのかどうしても気になる。

 だが、野太い声が行く手をさえぎる。


「おい……なんの用だ、ジジイ」


 酒場の前に立ちはだかるように、大柄な男が現れた。

 声と同じく腕も足も太く、顔立ちはいかつい。胸当て程度の鎧をつけ、黒いズボンをはいている。

 しかし、今更ゼネクスが動じることはない。


「ここは酒場じゃろ? ワシは酒を飲みに来たんじゃが……」


「あいにく貸し切りだ。とっとと消えろ!」


「消えろと言われると、消えたくなくなるのが人間のサガというもんじゃ」


「ああ? ふざけてんのか!」


「やるなら相手になるぞ、若いの」


 大男は顔つきを険しくし、威嚇するように手斧を手に取った。


「帰るなら今のうちだぜ、ジジイ」


「だから、帰らんというに」


 ゼネクスも腰の剣を抜く。


「お互いに譲らんのなら、勝負するしかないじゃろうな」


「なんだと……!?」


 ゼネクスは淡々と決闘の準備を行い、そのまま剣の切っ先を前方に向ける構えを取る。

 大男も斧を構えるが、ゼネクスの威圧に圧倒されている。


「う、ぐ……」


「さあ、命を賭してかかってこい!」


 大男もやはり「この老人を倒しても確実にこの老人は自分の首を刎ねてくる」というイメージを抱く。

 ゼネクスの威厳のなせる芸当である。


「く、くそ……!」


 店の中から声が飛んでくる。


「もういい、ガストン。お前じゃその人には勝てない」


 中から現れたのは黒髪の青年だった。

 白シャツに茶色いチョッキという質素な出で立ちだが、どこか気品も漂う。


「私はジュレンといいます。ご老人、あなたの名前は?」


 ゼネクスは考える。ここで本名を名乗ってしまっていいものだろうか。

 しかし、咄嗟に気のきいた偽名も思いつかず、そのまま名乗ることにした。


「ワシは……ゼネクスという」


「ゼネクスさんですか。あなたは何を?」


「旅の老人……とでも言っておこう」


「分かりました。旅の老人ということで」


 ジュレンはニコリとする。


「あ、受け入れてくれるんじゃな」


「ささ、こちらへどうぞ」


 ゼネクスは酒場の中に入る。

 店内には十数人の若者がいた。いずれも鎧を身につけ、剣や槍で武装している。

 中には魔法使いとおぼしき娘もいた。


「こちらはガストン、そしてこちらの魔法使いはレルテといいます」


 酒場の外に立っていた大男――ガストンは仕方なくと言った風に頭を下げる。

 魔法使いの娘レルテは「よろしくお願いしまーす」と軽い挨拶だ。


 ジュレンがリーダー、ガストンとレルテが主要メンバーだろう、とゼネクスは推測を立てる。

 そして――


「おぬしらは……何者じゃ?」


 この質問に、ジュレンはにっこり笑う。


「ここは酒場、まずはお酒を楽しみませんか?」


 ゼネクスもフッと笑む。


「それもそうじゃな。ワシが無粋じゃった」


 同時にジュレンという男がなかなかの男だと分かり、嬉しくなる。


「マスター、ではみんなに一杯頼むよ」


 ジュレンの合図で木のジョッキに入った酒が配られる。

 ゼネクスは一口飲む。

 フルーツ酒であった。ほのかに雑味があるが、それがアルコールを上品に引き立てる。


「ほぉ、こりゃイケる!」


「でしょう。ルカントに伝わる伝統酒です。数種類の果実を発酵させ、さらにハーブを加えた逸品です。歴代の大公は、この酒を大いに愛したといいます」


 ゼネクスは説明を聞いている間に一杯飲み終えてしまった。


「やるな、ジイさん!」ガストンが笑う。


「すっごーい!」レルテも驚いている。


「お近づきの印にもう一杯いかがです?」


 ジュレンの誘いに、ゼネクスは笑顔を返す。


「うむ、そうさせてもらおう」


 飛び入り客のような立場のゼネクスであったが、酒場にいた若者たちとはすぐに打ち解けることができた。

 この場に自分を知っている者はいない。そのこともまた新鮮だった。

 徐々に会話も弾んでいく。

 ゼネクスがガストンに話題を振る。


「おぬし、すごい体じゃのう。鍛えておるのか?」


「ああ、元々農民だったんだけど、そこで鍛えられたって感じかな。力仕事なら任せとけ!」


 ガストンは力こぶを作ってみせた。


「さっき、おぬしに本気で殴りかかられたら、危なかったじゃろうな」


「いやいや、俺はもうジイさんの気迫に押されてたよ。戦ったら絶対負けてた」


 レルテがゼネクスの隣に座る。


「一緒に飲みましょ、旅のおじいさん」


「おお、そうじゃな」


 レルテはストロベリーブロンドの髪を後ろで結わいた、明るい顔立ちの娘だった。

 下がスカートになっている、紫色のローブを着用している。


「おぬしは……魔法使いじゃな?」


「ええ、そうよ。よく分かったわね!」


「ルカントには魔法使いが多いのかね?」


 レルテは首を横に振る。


「ううん、あんまり多くはないわ。この国の魔法学校は定員も少なくて、魔法を学べるのはごく一部の人間だけ。だけど、先代の大公様が留学制度を設けてくれたおかげで、あたしはグランメル帝国で魔法を学ぶことができたの」


 グランメルに来たことがあるのか、とゼネクスは内心で驚く。


「ということは、もしかして“リウス”という男を知ってるかね?」


「知ってるも何も!」


 レルテは目を輝かせる。


「リウス様はあたしの憧れのお人よ!」


 あまりの勢いにゼネクスものけぞる。


「そ、そうなのかね?」


「うん、あの人は強くて優しくてかっこよくて、まさしく大陸一の魔法使い! 留学中、一度だけ生で見られる機会があったけど、本当に感激しちゃったもの!」


 レルテの興奮ぶりに動揺しつつ、ゼネクスは息子が高い評価を受けていることを嬉しく思う。そして、ほんのちょっぴり悔しくも感じてしまう。


「ところで、そのリウスの父親については?」


「父親?」


「リウスの父親もそれなりの地位にいるらしいんじゃよ」


「いえ、あたしは魔法にしか興味がないから……」


 自分のことは知られていなかった。

 ゼネクスは心の中で怒りを蓄える。リウスめ、帰国したら説教してやろう、と。


 さて、その頃帝都にいるリウスはちょうど自宅で家族と食事中であり――


「ごめん、父さん!!!」


 突然こう謝った。

 これには周囲が驚く。


「ど……どうしたの、あなた?」と妻のマチルダ。


「あ、いや……今、父さんから叱られたような気分になって……」


 ミナがけらけら笑う。


「何を言ってるのよ、パパ! おじいちゃんは今、違う国にいるじゃない!」


「そうなんだけどさ……」


 一緒に食事をしていたメルンも微笑む。


「きっと旦那様とリウス様は遠く離れていても、影響し合うのですね! これぞまさしく父親と息子の絆の成せる業! 私、感動いたしました!」


「まあ……そういうことにしておこうかな」


 リウスは苦笑いをした。叱られたような気分になった理由は分からずじまいである。


 ――酒場での、ゼネクスとジュレンたちの交流も深まってきた。

 そろそろいいだろうと判断し、ゼネクスは核心に迫る問いを投げつける。


「ところでジュレンよ、おぬしたちはいったい何者じゃ?」


 ジュレンはうなずく。


「いいでしょう、お答えしましょう」


「おい、いいのかよ」とガストン。


「ああ、この人は信頼できる。少なくとも私たちを売るような真似はしない。そんな気がするんだ」


「まあ、お前が決めるならそれでいいさ。俺もこのジイさんは気に入ったし」


 ジュレンの仲間からの信頼が分かる一幕であった。

 ゼネクスに向き直ると、ジュレンは回答を述べる。


「我々は……“反乱軍”です」


「……なんじゃと?」


 ゼネクスも眉を動かす。


「我々は、ルカント公国大公ジャベルへの反乱を計画しているのです」

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ルカント公国の闇に気づいたゼネクスさん。 さすがはプロフェッショナル……! あれ?どこかで聞いた台詞(笑) しかぁ〜し! >「ごめん、父さん!!!」 いや。 いやいや。 いやいやいやいや。 どこま…
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