第34話 “観光立国”ルカント
二週間後、ゼネクスとジーナの夫婦は、ルカント公国首都であるデイハにやってきていた。
ゼネクスは普段通りの議員としての黒いコート姿、ジーナは落ち着いたベージュのドレスを着ている。
馬車から降り立った二人は、デイハの街並みを見渡す。
「ほぉ……」
「まぁ……」
ゼネクスとジーナは揃って息を漏らす。
デイハの街並みはよく整備されており、そして華やかであった。華やかさという点においてはグランメル帝国の帝都よりも上かもしれない。
街ゆく人々の服装もどこか洗練されており、高級服で着飾るというよりは、軽やかにジャケットを羽織るというようなファッション。
ゼネクスは感心しつつも、自分の思い描いていたルカント公国とはどこか違う、と感じていた。
一人の公爵が死に物狂いで守り抜いた国、という感じではない。
さっそく街を散策といきたいところだが、ゼネクスは公用で来ている側面もある。まずはルカント公国の大公に会いに行くのが筋である。
迷う道ではないので、ゼネクスとジーナは歩いて大公の屋敷に向かうことにした。
ゼネクスがジーナに話しかける。
「こうして二人で歩くのも久しぶりじゃな」
「そうですね……」
「もっと二人で旅行でも行きたかったが、そんなことはほとんどできず、すまなかった」
「それはいいっこなしですよ。私も議事堂の受付をやっていたから、議員の忙しさは知っているし、ましてあなたは議長なんだから」
「ジーナ……」
「でもあえて言うけど、このところのあなたはなんだか素敵よ」
「え?」
「親しみのある議長になりたいって悩んで、色んなことに取り組んで、この年になってまたあなたの新たな一面を見た思いだもの」
「ふふ……そうか」
ゼネクスはそっと肘を差し出す。
「腕でも……組まんか?」
ジーナは微笑み、その肘に両手を伸ばす。
「ええ、そうしましょう」
長年連れ添ったジーナとゼネクスは、腕を絡め合い、ゆっくりと、堂々とした足取りで大公の屋敷に歩いていく。
***
20分ほどで、二人は首都中心部にある大公の邸宅に到着した。
白を基調とした上品なお屋敷であった。
帝国の城と比べれば、さすがに大きさは比較にならないが、気品に関しては匹敵するものがある。
事前に公邸に向かう連絡はしていたので、ゼネクスたちを執事らが待ち受けていた。
「グランメル帝国元老院議長ゼネクス様、そのご夫人ジーナ様ですね。ようこそいらっしゃいました」
ゼネクスたちも賓客として、彼らの礼に応じる。
「ルカント公国大公ジャベルは応接室におります。ご案内いたします」
公邸内はカーペットが敷かれ、至るところに美術品が飾られていた。近衛兵とおぼしき白い鎧をつけた兵士もところどころに配置されている。
応接室では、ルカント公国大公ジャベル・ルーカスが待ち受けていた。
ジャベルはまだ20代でありながら、先代の急逝で大公の座を継ぐことになった。
艶やかな黒髪を整髪料で整え、白いスーツに青いネクタイを着用、にこやかにゼネクスたちを迎える。
ゼネクスはジャベルと握手を交わしつつ、こんな感想を抱く。
(君主というより、青年実業家という印象じゃな)
テーブルを挟んでソファに向き合って座り、会談が始まる。
「本来は陛下が来るべきだったのじゃが、どうしても外せない用事があり、ワシが赴くことになりました。申し訳ない」
「いえいえ、グランメル帝国の元老院議長といえば、誰もが恐れ崇めるお方。そんな方に我が国の土を踏んで頂いて、これ以上の光栄はありませんよ」
「そちらこそ、まだお若いのに一国の君主を務められておる。大したものじゃ」
「まだまだこれからですよ。しかし、若いなりの感性で、この国を経営していきたいと考えております」
(国を“経営”と来たか……)
ゼネクスはジャベルの言葉の選び方が少し気になった。
話題は“観光立国”について、移り変わっていく。
「ところで、この国を観光立国にしていく、と聞いたんじゃが……」
「ええ、我が国は小国なので資源にも財源にも乏しい。国を発展させていくには“外貨”が不可欠と考えましてね。今、急速に観光立国化を進めているところなのですよ」
小国なりの生き残り方を模索するというのは、先日グランメル帝国と揉めたラムズ王国を彷彿とさせる。しかし、そのやり方そのものは彼らの編み出した脅迫外交よりは建設的といえる。
「首都の様子を見たが、すごいものじゃった」
「ええ、外国の方々に楽しんでもらえるよう、さまざまな娯楽を提供できるよう心がけております」
「しかし、金がかかるじゃろう」
「初期投資はもちろんそれなりに、ね。ですが、ご覧頂いたようにすでに多くの観光客が来ていますし、彼らにお金を落としてもらい、そのお金を国民に還元するというわけです」
「なるほどのう……」
観光立国としてのビジョンはすでに整っているといえる。
しかし、ゼネクスはどこか引っかかっていた。
「じゃが、ルカント公国は古来より“誇りある孤立”をスローガンに掲げ、独立独行な国家というイメージじゃった。ここに来て、ずいぶんと思い切った政策を取られるのですな」
「誇りでは飯は食えない、ということですよ」
ジャベルはニヤリと笑う。
ゼネクスは急速な改革には危うさも伴うとは思ったが、他国の人間である自分が口を挟む場面ではない。一国の代表として、皇帝の代理として、当たり障りのない言葉を選ぶべき場面だ。
ジャベルには観光立国化の成功を祈っている、と伝える。
「では一週間後、ここで大陸中から各国の賓客を集めたパーティーを行います。ぜひご出席下さい」
「うむ、そうさせてもらうよ」
「わたくしも、主人と一緒に出席させて頂きますわ」
ゼネクスとジーナは揃って頭を下げる。ジャベルは目を細め、ニッコリと笑う。
「ありがとうございます。それまではどうかこの首都デイハを心ゆくまで楽しんで下さい。今日のところは使いの者に案内をさせますし、もちろん一流のホテルをご用意しておりますよ」
「かたじけない」
ゼネクスとジーナは使者に連れられ、観光地として力を入れている首都デイハを案内してもらうことにした。
街中にステージが設置してあり、そこでお洒落な衣装の面々が激しいダンスを披露し、盛り上がっている。
「あちらでは公国が雇い入れたダンスチームが日々、ダンスを披露し、観光客の皆様を楽しませています」
「ほぉ~」
ゼネクスも真似をして、軽く踊ってみるが、腰に違和感を覚えすぐに中断した。
「あなたったら……」
クスリと笑うジーナに、ゼネクスは頬を赤らめる。
「こちらはアートウォール、著名な芸術家に壁にアートを施させました」
赤や青、黄色などで描かれた派手で抽象的な絵が、壁一面に塗られている。
「これはどういう絵なんじゃ?」
「時の流れをイメージしたそうです」
「う~む、ワシには難しすぎるかもしれん……」
あまりに前衛的な芸術に、ゼネクスは首を傾げた。
街には巨大なカジノやビリヤード場も完備されている。
身なりのいい、富裕層と思われる観光客たちがゲームに興じている。
「ワンゲームいかがですか?」
使者に誘われるが、ゼネクスもジーナも「こういうのはあまり興味がない」と断った。
その後は国立のレストランで食事をする。
腕のいいシェフを雇っているのか、美食にも精通しているゼネクスやジーナにとっても料理は美味であった。
案内されるがままに次々に娯楽を提供され、時間は瞬く間に過ぎていく。
日は落ち、夜を迎える。用意されたホテルはやはり最高級のホテルであり、ゼネクスとジーナにはその中でも特に豪華な部屋を用意された。
案内役と別れ、ゼネクスとジーナはようやく一息つく。
コートを脱ぎ、ゼネクスはソファに座る。
「どうじゃった、ジーナ」
「本音を言えば、疲れましたね」
「ワシもじゃ」
ゼネクスはフッと笑う。
デイハは観光立国化に向けて様々な催しが行われ、娯楽施設が作られていたが、ゼネクスとジーナにとっては、いささか過剰すぎるところがあったようだ。あちこち連れ回され、すっかり疲れてしまった。
もう外は暗くなっており、食事も済ませ、あとは寝るだけ、といったところだが――
「ジーナよ、ちょっとワシは出かけてくるぞ」
「あら、どうしました?」
「ちょっと、気になることがあってのう。いいか?」
「もちろんですよ。私があなたのやることに反対したことがありまして?」
「ありがとう……」
ゼネクスはこのルカント公国に思うところもあり、少し外出することにした。




