第32話 元老院議長、若返る!?
わずかの間に、旅館のスライムたちの解放、竜王と和解、ラムズ王国の撃退と、立て続けに偉業を成し遂げたゼネクスはますます威厳を高めてしまった。
ゼネクスは自宅のリビングで愚痴をこぼす。
「この間はワシが道を歩くだけで、集団が道を開け、偉そうに歩いていた男が土下座してきおったわい。どうなっとるんじゃ……」
娘ミナとともに遊びに来ていたリウスはクッキーを食べながら答える。
「そりゃそうなるよ。ただでさえ威厳があった父さんが、みんなに分かりやすい形で国を救う手柄を立てちゃったんだ。みんな尊敬するし、恐れるようになるに決まってるさ」
ゼネクスは椅子の背もたれに身を預け、ため息を吐く。
「国を救えたのは嬉しいが、“親しみのある議長”からはどんどん遠ざかっていくのう。やり直したい気持ちにもなってしまうわい」
すると――
「そんな父さんに、最近僕が開発した、試してみたい魔法があるんだ」
「なんじゃ? 威厳を減らす魔法か?」
「さすがにそんなのはないけど……一言でいえば“若返りの魔法”」
「ほう?」
ゼネクスは思わず身を乗り出す。
「といっても本当に若返るわけじゃないけどね。幻を見せる魔法の応用で、本人を含め、その人が若い姿で見えるようになる。年老いた人に“若い頃の自分の皮をかぶせる”って表現が、一番イメージしやすいかも」
「見た目だけではあるが、年齢は減るというわけか」
「そういうこと」
リウスはうなずく。
「ちなみにどのぐらいの年齢まで若返るんじゃ?」
「細かい調整はできないんだけど、父さんなら20代か30代ぐらいになると思う」
「まあ、やってみた方が早いじゃろうな。やってみてくれい」
「了解」
こういう時、ゼネクスの決断は早い。息子の魔法を怪しむことなく、自分を半ば実験台とすることをすんなり受け入れてしまう。
リウスはゼネクスに両手をかざし、呪文を唱え始める。
「我が魔力よ、父を在りし日の姿に戻せ!」
リウスから発せられたまばゆい光が、ゼネクスを包み込む。
周囲の家族らは固唾を飲んで見守る。
やがて――光が薄れていくにつれ、見た目が若返ったゼネクスが現れた。
先ほどまでとは違い、艶のある銀髪で、髭もなく、顔には皺がなくなっている。
これにはゼネクス以外の全員が驚いた。
「へえ、これが父さんの若い頃か……」
ジーナは夫の昔の姿を思い返す。
「そうね、ちょうど30歳ぐらいの頃かしらね」
「だったら僕と同じぐらいか」
ミナとメルンも、若いゼネクスに目を輝かせている。
「おじいちゃん、かっこいい~!」
「素敵です、旦那様!」
孫娘たちから喝采を浴び、ゼネクスはまんざらでもない様子である。
「お、そうか? といっても自分じゃよく分からないのだが」
「あなた、手鏡」
「おお、すまん」
ゼネクスが鏡を見ると、そこには若かりし頃の自分がいた。
リウスの魔法はゼネクス自身にも効果を発揮している。
「おお、若い頃のワシじゃ! とても幻術の類とは思えん。リウス、お前は魔法だけは本当にすごいのう」
「父さんに言われると“魔法だけ”って言われても何も言い返せないよ」
ミナはゼネクスの顔をじっと見る。
「若い頃のおじいちゃん、パパそっくりだね~」
ゼネクスとリウスが並ぶと、ゼネクスの方がやや身長が高く、いかめしさはあるが、親子だけあって顔立ちはよく似ていた。
しかし、ゼネクスは不平を漏らす。
「違うぞ、ミナ。ワシがリウスそっくりなのではなく、リウスがワシそっくりなのじゃ」
「あ、そっか」
「細かいなぁ……」リウスは呆れる。
「うるさい! 誰がお前を産んだと思っとるんじゃ!」
「私ですよ」ジーナがすかさず指摘する。
「あ、そうじゃった……」
照れ臭そうにするゼネクスを、ミナは「おじいちゃんったら!」と笑った。
ゼネクスはジーナをちらりと見る。
「そうだ。ついでに、ジーナもちょいと若返ってみたらどうじゃ?」
この提案にリウスも乗り気になる。
「お、そうだね。やってみようか」
「私はいいですよ……」
ジーナは照れるように手を振るが、若返ったゼネクスが迫る。
「まあ、いいじゃないか。たまには夫婦で若返るのもよかろう」
さらにはミナとメルンも――
「あたしも若いおばあちゃん見たい~!」
「私も見たいです……!」
こうなってしまっては、ジーナが折れるしかない。
「じゃあリウス、お願いね」
「オッケー、母さん」
リウスは先ほどの術を施し、ジーナも若返らせた。
あでやかな栗色の髪が肩ほどまでに伸び、穏やかな顔立ちの若い頃の姿となった。
ゼネクスが顎に手を当ててニヤリとする。
「お~、ジーナが受付をしてた頃を思い出すわい」
「なんだか照れますね……」
ミナとメルンは揃って大喜びする。
「おばあちゃん、美人~!」
「なんとお美しい……。私も奥様のような女性を目指します!」
ジーナは「二人ともからかわないで」と苦笑いする。
しばらくは若返ったゼネクスとジーナを囲んで盛り上がっていたが、やがてゼネクスが思いつく。
「――そうじゃ!」
「どうしました?」
「今の若造の頃のワシなら、威厳なんて皆無じゃろ。だからこの姿で歩いて、束の間“威厳のない自分”を楽しんでみたいと思う。いいアイディアじゃろ!」
ジーナを始め、誰も返事をしない。が、ゼネクスは気にしない。
「よ~し、威厳のない元老院議長ゼネクス、大行進じゃ!」
ゼネクスは意気揚々と、若い姿のまま外へ出た。
体力はそのままのはずなのに、歩き方はどこか力強くなっている。見た目が若返ったことで、多少身体にも影響を及ぼしているのだろう。
ところが――
「誰だあれ? ものすごい威厳だ」
「思わず姿勢を正しちまった……」
「全身から威厳がみなぎってるぜ……」
どうも様子がおかしい。
歩けば歩くほど、自分の思惑が叶っていないことを悟る。
中にはリウスと似ていることに気づく者もいたが、
「あの人、リウス様?」
「いや、俺もリウス様は知ってるけど、あの人はもっと表情が柔らかいし、なにより威厳が段違いだぞ」
「そうよねえ……。何者かしら……」
少し道を歩くだけで、あちこちから「威厳がある」と言われ、注目を浴び、ゼネクスはすぐに引き返すことになってしまった。
家に戻った後は、ジーナとともに元の姿に戻してもらった。
事態はこれで終わらず、その後、「やたら威厳のある30代ぐらいの謎の男が街を歩いていた」というニュースが広がり、一日限りの若きゼネクスは妙な噂として世間に残ってしまう。
これを知ったゼネクスは家でジーナにため息をつく。
「いやぁ、とんだ騒ぎを起こしてしまったわい」
「威厳というのは中身からにじみ出るものですからね。外見が少し変わっても、なくなるものじゃありませんよ」
「面白い試みではあったが、やはり人間、年相応に老ける方がよさそうじゃの」
「ええ、一緒に老けましょう、あなた」
ジーナはこう言いつつ、口の端を上げる。
「でも、久しぶりに若い頃のあなたを見て、なんだか懐かしいというか、嬉しい気持ちになりましたわ」
「ワシもじゃよ、ジーナ」
ゼネクスもそんな妻に穏やかな笑みを返した。
第三章は終わり、次回から第四章となります。
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