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第31話 元老院議長vs巨大砲

 ラムズ王国の切り札、巨大砲『グローム』の前に、ゼネクスは仁王立ちする。


 帝国の人間はもちろん、ラムズ王国の人間さえ困惑している。

 女王の側近ゲティスも苦笑いを浮かべる。


「何をするのかと思えば……誰か、あのゼネクス殿を止めて下さいよ」


 だが、話を振られたリウスは首を横に振る。


「止められるわけがない……ああなった父さんはもう止められないよ」


「なんですって……?」


 ゲティスは顔をしかめる。


「女王様、撃ってしまいましょう! なにしろ自分から撃たれることを希望しているのですから!」


「う、うむ」


 アルマナもゼネクスの行動に動揺し、その顔には汗がにじんでいる。


「おぬし、分かっておるのか! わらわが軽く砲を発しただけで、おぬしは死ぬぞ!」


「ああ、死ぬじゃろうな」


「わらわに撃てぬと思っているのか!?」


「思うとらんわい」


「おぬしを消し飛ばしたら、次は帝都を狙うぞ!」


「かもしれんな」


 女王と議長で矢継ぎ早に一問一答が繰り広げられるが、ゼネクスは一歩も退かない。


「おぬし、何がしたい? いったい何が狙いなのじゃ……」


「女王よ、おぬしが砲を撃てば、ワシの肉体は木っ端微塵となり四散することじゃろう。しかし、絶対にその死に様をおぬしの脳内にも刻み込んでみせる。これが脅迫の如き外交を行うおぬしらに対する、ワシにできる精一杯の抗議じゃ!」


「……ッ!」


「さあ……撃てい!!!!!」


 思いの丈をぶちまけ、巨大砲『グローム』の前で老人が吼える。


「う、ぐ……!」


 アルマナは優れた魔法使いである。

 ゼネクスを粉砕する程度の砲撃ならば一瞬で行える。

 しかし、撃てない。

 一国の女王が、砲の前に立ちはだかるゼネクスの威厳に躊躇している。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 圧倒的優位にあるはずのアルマナが追い詰められていく。

 だが、ここで側近であるゲティスが叫ぶ。


「何をしているのです、女王様!」


「ゲティス……!」


「我らにはこうするしかないのです! 撃って下さい! 我が国のためですぞ!」


「し、しかし……!」


「女王様!」


 ゼネクスはここで、ラムズ王国の主導権を握っているのは女王ではなく、むしろゲティスという側近なのだなと気づく。

 しかし、ゼネクスにとって、もうそんなことは些細なことであった。

 このラムズ王国という無礼で野蛮な国家に元老院議長としての矜持を見せつける。そのことで頭が一杯だった。


「撃たんかァ!!!」


「くっ……!」


「女王様、さあ!」


 怒れるゼネクス、困惑するアルマナ、急かすゲティス。

 三者三様の思惑が入り乱れる中、アルマナが動く。


「我が国のため……わらわは鬼となろう。覚悟!」


 砲を撃つため、砲台の作動装置に魔力を込めようとする。

 だが、その魔力注入を阻害される。


「……!?」


 いつの間にか、アルマナのすぐそばにリウスが立ち、アルマナの両手に自らの手を添えていた。

 だがアルマナはリウスに肉薄されていたこと以上に、その魔力に驚いていた。


「わらわの魔力を……押さえ込むとは……! 何者!」


「私はリウス・オルディン。大賢者の称号を持っており、帝国一の魔法使いを自負しています。ちなみにゼネクスは私の父です。以後、お見知りおきを」


 敵とはいえ相手は一国の女王。リウスは丁寧に頭を下げる。

 これを見て、アルマナは観念したかのようにフッと笑う。


「……見事じゃ」


「いえ、女王陛下こそ、私がここまで本気を出すのは本当に久しぶりのことです」


 これは世辞ではなく、アルマナの魔力も女王の肩書きに相応しいものがあった。

 もしリウスが彼女の魔力を押さえ込めなければ、ゼネクスは砲の犠牲になっていただろう。

 しかし、この隙を作ったのは他ならぬゼネクスであった。


「……やりおる」


 ゼネクスも息子のファインプレーに嬉しそうに微笑む。

 女王の敗北を見てゲティスは唇を噛み締めるが、まだ諦めてはいない。

 懐から笛を取り出し、吹く。

 兵を集め、アルマナと砲を奪取させるつもりなのだろう。


「残念だが、もう集められるような兵はおらんぞ」


 騎士団長ウェルガーが馬に乗って駆けつける。

 彼もまた一連の交渉がなされている裏で、騎士たちに命じ、港町シオンに散らばったラムズ王国の兵たちを捕えさせていた。

 騎士団は強いだけでなく隠密行動にも長けるところを見せつける一幕であった。


 巨大砲と女王はリウスに抑えられ、町を占領した兵士たちも騎士団に無力化された。

 アルマナはさして悲観した様子もなくつぶやく。


「わらわたちの完敗じゃな」


 ゲティスは拳を握り締め、うつむいている。


「うぐ、ぐ……!」


 リウスとウェルガー。魔法と剣の若き二枚看板が、突然の侵略者たちを見事打ち破った。

 ゼネクスはこれを喜びつつ、女王アルマナに告げる。


「もうまもなく陛下も来られる。どうか大人しくして頂きたい」


「むろん、そのつもりじゃ」


 アルマナは一切抵抗することなく、敗北を受け入れたのであった。

 その面差しにはどこか「こうなってよかった」というような感情も漂っていた。



***



 港町シオンに、皇帝であるアーノルドが到着する。

 ラムズ王国の女王アルマナ、側近ゲティス、そして主立った兵士たちはアーノルドの前に引っ立てられた。

 アーノルドは怒りをあらわにするでもなく、王者としておごそかに告げる。


「まず、お前たちが我が国に攻め込んだ事情を聞きたい」


 敗者への、皇帝自らの聞き取りが始まる。


 すると、彼らの抱えている事情も見えてきた。

 ラムズ王国は島国で、国土も小さい。その小さなパイを奪い合うため戦乱に明け暮れた歴史があり、その分兵器類の発達は著しく進んだ。

 一方で資源や土壌に乏しく、このままでは民を満足に食べさせていくことはできないとの結論に至る。

 かといってこれまでの歴史から、穏やかに他国と結びつくという発想にもたどり着かない。

 そこでアルマナやゲティスは巨大砲『グローム』を用いた脅迫外交を思いつく。

 『グローム』で他国を威圧し、自分たちに優位な条約を結び、自国を潤そうと目論んだ。

 グランメル帝国ほどの大国であれば、上手く交渉できれば最高の栄養になると考えたのだが――


「わらわたちの考えが浅はかじゃったな」


「ええ、まさか女王様以上の魔法使いがいるとは……いえ、あの騎士団の強さも予想以上で……」


 ゲティスの敗因分析にアルマナは首を横に振る。


「いや、そうではない。『グローム』の前にあの議長が立った時、わらわはその迫力に気圧されていた。その時点で、わらわは……いや我が王国は敗北していたのじゃろう。君主が怯えてしまっては勝てるものも勝てぬ。あのご老人は見事じゃった」


 全てを聞いたアーノルドは結論を述べる。


「このたびの件、余は帝国の皇帝としてお前たちに強い怒りを覚えている。この場で一同を我が手で斬首にしてしまいたいところだ」


 厳しい言葉に空気が引き締まる。


「しかし一方でその手腕に感心もした。この港町シオンを混乱もなく寡兵で押さえ、なおかつ大砲を用いて、国力で上回る我が国を脅迫する度胸。同じく(まつりごと)に携わる者として、見習うべきところはあるかもしれないと思ってしまったぞ」


 アーノルドが朗らかに笑う。貫禄が漂っている。


「この砲はむろん接収させてもらう。しかし、お前たちの命を取るつもりはない」


「……なんじゃと?」


 アルマナが目を見開く。


「むしろラムズ王国の持つ魔法技術や科学技術、君主として非常に興味がある。窮乏している他国を見捨てる趣味もないし、ぜひ正式に国交を結んでくれないだろうか」


 これにはラムズ王国の面々はもちろん、グランメル帝国の陣営も驚いた。

 ゼネクスのみ、ニヤリとする。


「何を考えておる。わらわたちはこの国に攻め入ったも同然なのじゃぞ!?」


「分かっている。しかし、優秀な臣下のおかげで大事には至らなかった。ラムズ王国の技術の数々は帝国のためにもぜひ欲しい。そしてなにより、グランメル帝国はそう狭量ではない。我が帝国はあらゆるものを取り入れて成長してきた。余もそうして大きくなった帝国を統べる者だ。この判断が間違っているとは考えてはいない」


 アルマナは天を仰ぐ。


「なるほどのう……」


「どうした?」


「勝てなかった……わけじゃな……」


 目先のことだけでなく将来を見据え、ラムズ王国と国交を結ぼうとするアーノルド。

 これほど器の大きい皇帝がいる国に、最初から勝てるわけがなかった。

 アルマナはため息をついた。


 この後、アルマナたちは正式に客として招かれ、国交を結ぶための交渉のテーブルについた。

 程なくして話はまとまり、二国間の交流が始まる。

 ラムズ王国からもたらされる様々な技術や文化は帝国にとっても大いに魅力的なものであり、グランメル帝国はさらなる発展を遂げていく。



***



 ゼネクスが巨大な大砲の前に仁王立ちした――

 このエピソードは瞬く間に広まり、語り草となった。

 いつものように尾ひれがつき、ゼネクス議長が威厳だけで大砲を跳ね返した、などとうそぶく者もいる。

 ゼネクスの自宅にリウス一家が集まった時、ゼネクスはため息をつく。


「まったく、いつものことじゃが、どうしてこうなってしまうのか……」


 リウスがクスクス笑う。


「でも、あれがなかったら、僕もあの女王に気づかれず接近はできなかったし、ウェルガー団長も動きにくくなってただろうね。父さんは大げさでなく、国を救ったんだよ」


「まあ、そういうことにしておくかのう」


 ミナとメルンは目を輝かせている。


「おじいちゃん、すごーい!」


「大砲に立ち向かうなんて、さすがは旦那様!」


「お前たちに褒められると不思議と素直に嬉しいわい」


 ゼネクスも笑顔を見せる。


 程なくしてリウスたちは帰宅し、メルンもベッドに入った。リビングでゼネクスとジーナの夫婦は二人きりになる。


「あなた……」


「なんじゃ、ジーナ? あらたまって」


「あなたと結婚した時から、私はあなたについていく、あなたのやることに口を出さないって決めました。それは今も変わりません」


「ジーナ……」


「だけどね、どうかもう少しだけ、自分を大事にして。無茶はしないで下さい」


 ゼネクスはジーナの言葉を心から吞み込んだ。


「ありがとう、ジーナ」


「久しぶりにあなたを叱っちゃったわ」


「巨大大砲の前に立つより、今の方がよっぽど緊張したわい」


 この日、夫婦の夜は静かに過ぎていった。

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>「このたびの件、余は帝国の皇帝としてお前たちに強い怒りを覚えている。この場で一同を我が手で斬首にしてしまいたいところだ」 そうですよね。どんな事情があるにせよ、自国を侵略する者には容赦する必要はない…
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