第30話 巨大砲『グローム』
ラムズ王国の最新兵器、巨大砲『グローム』。
砲の直径はおよそ成人男性ほど。砲の長さも大人が二、三十歩は歩けてしまいそうな巨大さである。
まさに鉄でできた筒の化け物といった風情の迫力であった。
グランメル帝国にもこんな砲台は存在せず、陣営からざわめきの声が沸く。
ゼネクスは『グローム』を見上げる。
「確かに見事な大砲じゃ。しかし、たかが大砲一門で、この帝国を落とせると思っているのか?」
ゲティスはこの言葉を待っていたとばかりに笑う。
「そうおっしゃると思っていました。ですから、今からその威力をお見せしましょう」
「なんじゃと?」
「女王様、どうぞこちらへ!」
会談場には天蓋があり、そこから一人の女が姿を現した。
腰まで伸びる艶のある黒い髪、目つきは細く、神秘的な雰囲気を醸す顔立ちをしている。
薄手の青いロングドレスがよく似合う、しっとりとした美女であった。
「わらわはアルマナ・ラーマ。ラムズ王国の女王じゃ」
名乗りつつ、にっこりと微笑む。
そして、『グローム』の最後方に移動する。
「ラムズ王国の神髄、とくとお見せしよう」
女王アルマナは、大砲に両手をかざす。
そのまま呪文を唱え始める。ラムズ王国独自の呪文らしく、ゼネクスには全く意味を掴めない。
(あれは……魔法? 魔力を込めておるのか?)
ゼネクスが推理する。
まもなく、アルマナが儀式を終える。
「とりあえず、景気づけに軽くゆくぞ」
次の瞬間――轟音がシオンを覆った。
それに伴い、凄まじい衝撃があたりに走る。
「ぬうっ!?」
ゼネクスも両腕をクロスさせるが、危うく吹き飛びそうになる。
『グローム』から発射された光の砲弾は空中へ飛んでいき、大爆発を起こした。
どこかの町に着弾していれば、家十数件を吹き飛ばすような威力であった。
帝国陣営は青ざめ、ゼネクスの顔も強張る。
「いかがですかな?」
ゲティスが得意げな顔を浮かべる。その面構えはさながら獲物をねめつける狐。
ゼネクスはそれを見据える。
「“軽く”と申したな。全力でやれば、当然あれ以上の威力ということか」
「理解が早くて助かりますよ。ねえ、女王様?」
砲撃手であるアルマナはうなずく。
「うむ、おぬしらの帝都も射程に入っておるぞ。位置はすでに調べはついておる。わらわが全力を出せば、帝都に今の砲弾が降り注ぐことになろう」
ゼネクスは沈黙する。
(あの発言、ハッタリと見るか。それとも……)
すると、リウスがゼネクスの後ろに歩いてきた。
父親の思考を読み取るように告げる。
「ハッタリじゃないね」
ゼネクスはリウスに振り向く。
「あの砲台は“魔力砲”だ」
「魔力砲?」
「簡単に言うと従来の火薬を使った大砲に、魔力を組み合わせる機構を盛りつけた大砲さ。これが上手くいけば、さっきの爆発のようなとんでもない威力を出せる。もちろん帝国でも研究はされてるけど、とても実用化するレベルにはない。祭事などで祝砲を上げるぐらいがせいぜいさ」
リウスはアルマナを見る。
「もちろん、砲手には優れた魔法使いが必要だ。あのアルマナという女王は僕から見ても高い魔力を宿している。彼女があの大砲を本気で使えば、砲弾を帝都まで届かせることも、帝都を吹き飛ばすことも不可能ではないだろう」
「なるほどのう……」
ゼネクスは髭を撫でる。
「お分かり頂けたかな? 我々はすでにあなた方の帝都をいつでも滅ぼせる状態だ。もし先ほどの要求を呑めないのであれば、帝都は火の海になる、というわけですな」
ゲティスは威圧的かつ挑発的に両腕を広げる。
すでに交渉上の勝利を確信している。
全力の『グローム』が着弾すれば、帝都は吹っ飛ぶ。
そうなれば、帝都民の命はない。むろん、ゼネクスと近しい者たちも。妻のジーナ、息子の妻マチルダ、孫娘のミナ、メイドのメルン。元老院の同胞たちも――消える。
帝国陣営にも動揺が走る。
「ど、どうすれば……!」
「ひとまず要求を受け入れるしか……」
「皇帝陛下が来られても、どうにもならないだろう……」
そんな中、ゼネクスはスタスタと前に出る。
誰もが「何をする気だ?」と頭にクエスチョンマークを浮かべる。
ゼネクスは先ほど一発を放ち、砲身が下がっている『グローム』の砲口の前に立った。
そして――
「答えなど決まっておる。陛下を待つまでもない。我が帝国はお前たちのような賊には屈せぬ」
「と、父さん!?」
リウスが目を丸くする。
他の者たちも、ゼネクスの行動に焦りを抱く。
「……なんじゃと?」アルマナが眉を歪める。
「ワシはグランメル帝国元老院議長ゼネクス・オルディン。ラムズ王国女王アルマナ・ラーマに告ぐ!」
アルマナは思わず肩をビクリと動かす。
「この大砲をワシに向かって撃ってみい!!!」
先ほどの大砲の轟音に匹敵するような迫力の怒号であった。
「さあ、撃ってみい!!!!!」