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第3話 エルフの議員フレイヤ

 元老院議会での昼休み、ゼネクスは声をかけられる。


「議長殿、よろしければお昼、ご一緒しませんか?」


「おお、かまわんよ」


 声をかけてきたのはフレイヤという女性議員だった。

 金髪で碧眼、艶やかな白い肌で、凛とした美貌を持っている。体型はスレンダーで、議員用の黒スーツ姿がよく映える。

 特筆すべきはその耳。ゼネクスのそれより長く、そして尖っている。

 彼女は“エルフ”という種族の出身なのである。


 グランメル帝国にはエルフやリザードマンなど、人間以外の種族も暮らしている。

 そして、彼らの中で特に優秀な者は、特別枠の議員として選抜されることもある。

 彼らの意見は人間にはない視点から出るものも多く、彼らを議員として採用したことは、帝国を次のステージに移行させたと評価されている。


「場所はどうするかね?」


「では、あのレストランで……」


 “あのレストラン”という言葉だけでゼネクスも察する。


「あそこじゃな。ええのう、なにしろワシらの思い出の場所じゃしな」


「はい……!」


 フレイヤは嬉しそうに微笑んだ。



***



 ゼネクスとフレイヤが訪れたのは帝都内のレストラン。

 高級店でもなければ、名物メニューがあるわけでもない。市民も利用するごく一般的なレストランである。

 二人は同じ物を注文する。


「ワシは目玉焼き付のランチで」

「私も目玉焼き付のランチを」


 まもなく注文の品が出てくる。

 パンとスープ、サラダ、そして目玉焼きという簡素なメニュー。値段もお手頃である。

 そして、ゼネクスは目玉焼きにソースをかけ、フレイヤは塩をほんの少しふりかける。

 ゼネクスは笑った。


「あの時と同じじゃな」


 フレイヤはうなずいた。


 二人は数年前のことを思い出す――


 かつて、フレイヤはエルフの議員として元老院に入り、新人でありながらその弁舌には容赦がなかった。


「あなたは元老院議員なのに、この程度のことも知らないのですか?」

「ぐ……!」


「議会の最中にあくびなど、やる気のなさの表れですね」

「なんだとぉ……!?」


「あなたみたいに自分の意見を持たない者を、巷では“給料泥棒”と呼ぶのでしょうね」

「言わせておけば……!」


 歯に衣着せぬ物言いで、議会の場を良くも悪くも盛り上げた。


 しかし、こんなことをしていれば当然――


「なんなんだ、あの女は……」

「言いたい放題で、限度ってもんがある!」

「エルフはプライドの高い種族だとは聞くが、あんなのと仲良くやれないよ……」


 煙たがられることになる。


 議会ではフレイヤを露骨に避ける態度を取る議員が増えていく。

 フレイヤの提案に対しあからさまに議論に参加しない議員が出たり、フレイヤから反論を受けると「あなたと論戦しても敵いません」という風にあっさり意見を取り下げたり、といった具合だ。

 フレイヤもこうした空気を敏感に感じ取る。

 そして、ある日――


 昼食に出向こうとするゼネクスにフレイヤが話しかける。


「議長殿、お話が」


「何かな?」


「まずはこれを……」


 フレイヤが差し出したのは辞表だった。ゼネクスはおもむろに聞き返す。


「どういうことかね?」


「私はこれまでエルフの議員として、精一杯頑張ってきました。しかし、どうやら私の存在は皆さんを不快にさせるだけのようです。なので、辞めさせて頂こうかと……」


「辞めてどうするのかね?」


「エルフの里に戻ろうと思います」


「……」


 考え込むゼネクス。

 そして――


「そうじゃ、飯でも行かんか?」


「飯……ご飯ですか?」


「ああ、たまにはいいじゃろう? どうせ辞めるんじゃし」


「は、はい……」


 ゼネクスとフレイヤはとあるレストランにやってくる。

 議員が訪れるような高級店ではなかった。


「ここの目玉焼き付ランチは美味しいんじゃよ」


「はぁ……」


 ゼネクスが注文し、まもなく二人分のランチが出てくる。

 パンとスープ、サラダ、そして目玉焼きというメニュー。元老院議員の食事としては、いささか庶民的といえる。


 テーブルにはいくつかの調味料が置いてあり、フレイヤは塩を取り、目玉焼きに振りかける。


「なるほど、君は塩かね……」ゼネクスが微笑む。


「?」


「ワシは……ソースだ」


 ゼネクスは目玉焼きに茶色いソースをなみなみとかける。

 そして、ナイフとフォークで切り分け、一口食べる。


「うん、美味い! やはり目玉焼きはソースに限る!」


 フレイヤがきょとんとしていると――


「それにしても目玉焼きに塩とは、少々味気ないのではないかね?」


 いきなり自分の食べ方にケチをつけられ、フレイヤは動揺する。


「そ、そんなことは……」


「やはりエルフは、ワシら人間とは味覚が違うようじゃな。目玉焼きに塩なんかをかけるようでは……」


 これにはフレイヤもカチンとくる。


「ちょっと待って下さい、議長殿! 今のは聞き捨てなりません!」


「ほう? 何か意見があるのかね?」


「あります! 塩をほんの少しパラリ、これが目玉焼きの味を引き立てるんです! だいたい議長殿はソースかけすぎですよ! それじゃソースの味しかしないじゃないですか!」


「君もワシの妻みたいなことを言うのう」


「言いますよ! どう見ても塩分取りすぎですし……」


「人は汗をかく! これぐらいの塩分は当然じゃ!」


「当然じゃって、議員はそんなに汗をかく職業じゃないでしょう!」


「そうかのう? 議論が白熱すれば時には汗まみれになるじゃろう」


「議長殿は常に冷静なように見えますが……」


「ワシだって汗ぐらいかく!」


 “目玉焼きに塩かソースか論争”は脱線も交え白熱していき、両者とも忌憚のない意見をぶつけ合った。

 ゼネクスが不意に笑う。


「フフ……」


「議長殿……?」


「どうじゃ、結構楽しかったじゃろ?」


 こう聞かれ、フレイヤも照れ臭そうに笑みをこぼす。


「はい……。楽しかった……です」


「いい顔しとる。議会でもそんな風に他の者と議論をすれば、もう少し議員を続けられると思うが……どうかの?」


「あ……」


 フレイヤは議会において笑顔などほとんど見せたことがなかった。

 自分はエルフの議員であるというプライド、そして不安から、常にピリピリとした雰囲気を纏い、容赦のない意見を他議員にぶつけてきた。議論を煮詰めるためというより、相手を叩き潰すため――ずっとそうしてきた。

 ゼネクスはそんなフレイヤに、もっとリラックスして、遊び心を持ったらどうかと言いたかった。

 フレイヤもそれに気づく。


「そうですね……。私、もう少し議員を続けてみます!」


「フフ、それじゃ食後のデザートでも食べんか? ここのババロアは美味しいんじゃよ」


「はいっ!」


 それからというもの、フレイヤは変わった。


「あの……ちょっとよろしいでしょうか」


「な、なんですかな?」


「今のご意見、大変ごもっともだと感じました。ですが、私としては……」


 笑顔を見せ、必要以上に攻撃的な意見は言わなくなった。

 反論する時も相手の意見を尊重しつつ、自分の意見を投げかけるという風に変わった。

 彼女の変化を受け、次第に他の議員からの評価も改まっていく。


「なんだか最近のフレイヤ殿は柔らかくなったな」

「ええ、トゲがなくなったっていうか……」

「気さくに挨拶してくれるようになりましたよ」


 その様子を見て、ゼネクスは子を想う親のような笑みを浮かべるのだった。



***



 昔を懐かしんだゼネクスとフレイヤ。

 さっそく目玉焼きを頬張る。


「うん、美味いのう!」


「ええ、美味しいです」


 ここでふと、ゼネクスはあるアイディアを思いつく。


「そうじゃ!」


「どうしました?」


「物は相談なんじゃが……」


 ゼネクスは今、自分に威厳がありすぎて恐れられていることを悩んでいると明かした。

 そして――


「フレイヤ君、今のエピソードをみんなにも広めてもらえんじゃろか? そうすれば少しはみんなもワシを怖がらなくなると思ってのう」


「喜んで! 議長殿さえよければ、私も皆に話したかったんです!」


「おおっ、ありがとう! フレイヤ君!」


 フレイヤは大恩あるゼネクスのためならばと、快く引き受けてくれた。

 ゼネクスも安堵する。

 これでワシの威厳が少しでも緩和されればよいのじゃが……。


 そして、フレイヤは議事堂でこの約束を果たす。


「その時、議長殿がこう言ったんですよ! 『目玉焼きにはソースに限る! 塩など味気ないのう!』って……」


 これに議員たちは戦慄する。


「おお、さすが議長……。議員の食の好みにも厳しい……」

「私はケチャップ派だったけど、ソースにしようかな」

「やはり、食にも恐ろしいほどのこだわりがあるのだな……。素晴らしいお方だ……」


 ゼネクスはその様子を見て、


「うむむむ……想定と違う伝わり方をしとる!」


 と愕然とするのだった。

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