第29話 海からの侵略者
グランメル帝国、城の皇帝の間。ゼネクスは皇帝アーノルドに上奏を行っていた。
上奏は認められ、リラックスしたムードで雑談を交わす。
玉座に座る、金髪で精悍な顔立ちのアーノルドが表情を緩ませている。
「ゼネクスよ、お前と竜王との対決、ぜひ見てみたかった」
「いや、お恥ずかしい……」
話題は先日の竜王の件となる。
「新設された祠、ぜひ余も行きたいな。余からもきちんと謝罪をしたい……」
「ではワシと一緒に参りますかな?」
「うむ、そうさせてもらおう」
先代皇帝が亡くなった際は、皇太子であるにもかかわらず「皇帝などやりたい者がやればいい」と自暴自棄になっていたアーノルドだが、今やすっかり皇帝の風格を身につけている。
そのことが臣下であるゼネクスにとっても嬉しかった。
だが、そこへ急報がもたらされる。
重臣の一人が血相を変えて、皇帝の間に入ってきた。
「皇帝陛下、大変でございます! 港町シオンが異国の軍に占領された模様です!」
「……なんだと!?」
アーノルドは目を見開き、ゼネクスの顔も険しくなる。
「敵国は“ラムズ王国”と名乗り、戦艦を率いてシオンに入港。少数の兵で瞬く間に町を占領してしまいました」
「要求は?」
「国交を結びたい。そのためグランメル帝国の君主と話がしたい、と」
「国交を結ぶというのはやぶさかではないが、方法が穏やかではないな」
不満げに眉をひそめるアーノルドに、ゼネクスが告げる。
「このような無礼の輩、いきなり陛下が出ることもありますまい。まずはワシを行かせてはもらえないでしょうか?」
「ゼネクス、しかしお前の仕事に“外交”などないのだぞ?」
「分かっております。しかし、ここで要求通り陛下が出向くことは敵国をつけあがらせる恐れがある。まずワシが出向いて、出鼻をくじきたく思います」
「ふむ、お前の威厳ならば、相手を委縮させる効果は十分にある。分かった、出向いてくれ。余はその後を追うような形で向かおう」
アーノルドの快諾に、ゼネクスも丁寧に一礼する。
「ありがとうございます、陛下」
ゼネクスは準備された馬車で、ただちに港町シオンへと向かう。
竜の次は異国。一難去ってまた一難といった感じの事件であった。
***
ゼネクスは馬車の中で付き添いの兵士から詳しい状況を聞く。
すでにウェルガーが騎士団を率いて出陣しており、敵国ラムズ軍と睨み合っているような状況だという。
ゼネクスはこれを聞いて首を傾げる。
「妙じゃな」
「とおっしゃいますと?」
「ウェルガー君ならば騎士団で電撃的に敵を蹴散らすことも不可能ではないはず。それなのに、なぜそれをやらんのか……」
「そう言われると、そうですね……」
ゼネクスは思案する。
(敵国に何かそうさせることを許さない強力なカードがある、というべきか)
ゼネクスは髭を撫で、御者に告げる。
「胸騒ぎがする。馬車を急がせてくれ」
「かしこまりました」
馬車の速度が上がり、ゼネクスはいざ港町シオンへ――
***
港町シオンは帝都から南に位置し、漁業が盛んな町である。
決して大きくはないが、新鮮な魚を求める旅人や商人が多く立ち寄り、街は賑わっている。
しかし、今はラムズ王国の手に落ちてしまっており、閑散としている。潮風に浸っている余裕はない。
シオンに着いたゼネクスは思わぬ人間と遭遇する。
「リウス、お前も来ておったか」
大賢者リウスがやってきていた。
「まあね。国防の一大事、僕が駆り出されるのも当然ってことさ」
「この間もそうだったが、お前がいると心強いわい」
ゼネクスが素直に放った言葉に、リウスはたじろぐ。
「父さんからそう言われると、なんだか照れ臭いな」
「ハッハッハ、騎士団もおるし、とりあえず武力的には心配することはないということじゃな。あとは交渉次第というところか」
ゼネクスは敵国が会談の場を設けているというシオンの中央広場に向かう。
そこでは屋外に、簡単なテーブル席が用意してあった。
相手は数人の護衛を脇に控えた中年の男だった。その雰囲気はどこか狐を思わせる。
「おお、これは威厳のある方が来られましたな。わたくし、ラムズ王国で王の側近を務めておりますゲティス・ロンと申します」
「ワシはグランメル帝国元老院議長ゼネクス・オルディンじゃ。相手にとって不足なかろう」
「そうですな。ここは一つ、穏便に話し合いといきましょう」
「いきなり町を占領しておいて“穏便に話し合い”とは、あまりユーモアのセンスはないようじゃのう」
「これは失礼」
わざとらしく肩をすくめるゲティスに、ゼネクスも動じない。こんなことでいちいち腹を立てていたら、交渉など務まらない。
「とりあえず、そちらの条件を聞こう」
「分かりました」
ゲティスはニヤリと笑うと、グランメル帝国へ求める条件を述べ始めた。
まず、この港町シオンの管理権はラムズ王国のものとすること。シオンにおいてラムズ王国民が罪を犯してもラムズの法で裁かれる治外法権を認めること、ラムズ王国の品に関税はかけないこと。いずれもあまりに強気な内容であり、グランメル帝国をナメている、といっても差し支えなかった。
ゼネクスもさすがに不快感を示し、腕を組む。
「このような条件、呑めると思っておるのか?」
「呑むことになると思いますよ」
ゲティスの不敵さは相変わらずだ。
「しかし、おぬしらは船でここまで来たのだろう? 我が国とやり合えるほどの武力を用意できるとは思えんが」
「あいにく、あの船は兵を運ぶというより、他の物を運ぶための船でしてね。そろそろお見せしてもいいでしょう」
ゲティスが合図すると、大勢の兵がゴロゴロと音を立て、巨大な何かを運んできた。
ゼネクスも思わず目を見開く。
「大砲……!?」
ゼネクスの前に巨大砲台が現れた。
「巨大砲『グローム』、我が国の最新兵器であり、これがある以上、あなた方はわたくしどもの要求を受け入れざるを得ないのです」




