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第27話 竜王の目覚め

 グランメル帝国西の果て、秘境といっていい森の奥深くに小さな祠があった。

 そこに冒険者崩れの若者集団がやってくる。

 “崩れ”ということは、彼らは冒険者ではない。素行が悪く冒険者としての資格を失った連中である。もはやまともな仕事は回ってこないので、こういった輩が一攫千金を狙って、誰も踏み入れない秘境に足を運ぶことは決して珍しいことではない。

 そのうちの一人が言う。


「なんだこりゃ? 『竜の王ここに眠る』だってよ」


「墓ってことか?」


「だったら掘り出せば、なんか出てくるかもな!」


「竜の王の骨なんて見つけたら、メッチャ高く売れるんじゃねーか!?」


 若者たちは笑いながら祠を破壊し、土を掘り始める。

 だが、大地に異変が起こる。


「な、なんだ!?」


「地面が揺れてる……!」


 若者たちが焦る。


『我の眠りを妨げる者は……誰か!!!』


 地の底から怒りを具現化したかのような声が轟く。


「ひいいっ……!」


「逃げろぉっ!」


 地響きは収まることなく、強さは増すばかり。

 やがて大地は盛り上がり、土の中から巨大な影が姿を現す。


 大地の底から“竜王”が目覚めてしまった。



***



 一方、帝都の元老院議事堂では、議会が開かれていた。


「帝都の新しい国立ホールの予算案についてじゃが……」


 ゼネクスを中心に議論が進む。

 その最中、議事堂がぐらぐらと揺れる。


「む、なんじゃ?」


「地震ですね……」副議長のエルザムが返す。


 地震はしばらく続き、やがて揺れは収まった。


「ふぅ、収まったようじゃな」


「ええ、念のため被害を確認しなければいけませんね」


「うむ、被害が出ていれば、救援に予算を出すことも必要になるじゃろう」


 グランメル帝国では滅多に地震は起こらないが、建物の耐震性はしっかりしており、この地震における大きな被害はなかった。

 ゼネクスはもちろん、この時は誰もこの揺れの原因が何なのか知るよしもなかった。



***



 三日後、事態は急変する。

 巨大なドラゴンが帝都に迫っていると早馬が入る。

 しかも、そのドラゴンは古の竜“竜王”とのこと。

 自身の眠りを妨げた責任を人間どもに取らせると、大いに怒っているらしい。


 こういった緊急事態には皇帝の判断が不可欠となるが、皇帝アーノルド・グランは他国へ会談に向かっており、不在だった。帝都における最精鋭部隊といえるウェルガー率いる騎士団も、護衛という形でそれに同道している。

 こういう時のために周囲を固める優秀な重臣たちにも、さすがに手に余る事態だった。

 さらに、軍は独自の判断で動き出しているという。

 まもなく帝都周辺は戦場になる恐れもある。兵士たちに誘導され、議員たちが避難を始める中、ゼネクスは誘導係の兵士に言った。


「ワシは竜王の元に向かう。軍を動かしてる司令官の元に案内してくれんか」


「……え?」


「胸騒ぎがするんじゃ。このまま軍と竜王がぶつかり合えば多大な被害が出る」


「し、しかし……!」


「いいから案内せんか!!!」


「は、はいっ!」


 兵士を一喝し、ゼネクスは帝都内で軍備を整えている司令官の元に向かった。

 帝国軍司令官はダンテという大柄な40代の男だった。鉄の鎧を纏い、肩幅が常人に比べ広い。

 ウェルガーほどではないが、剣や槍の腕が立ち、帝都に駐屯する帝国軍の全権を任されている。

 巨大ドラゴンの襲来に向けて、今にも出陣する勢いだ。

 ライバルといえる騎士団もいないので、気合十分といったところ。帝国軍の見せ場を作る絶好の機会である。

 そこへ、ゼネクスが現れた。


「ダンテ殿、軍の士気は最高潮といったところじゃのう」


「これはこれはゼネクス議長、何用ですかな?」


 ダンテが振り向く。顔には勇ましさが漲っている。


「軍を率いて、竜王を討伐するつもりじゃな?」


「ええ、今は皇帝陛下もウェルガー殿の帝都騎士団も不在、我々帝国軍がこの帝都を死守せねばなりませんからな」


「その出陣、少し待ってもらえんか?」


「ほう、なぜです?」


 ダンテの言葉遣いは丁寧だが、不快感を隠していない。

 余計な口を挟むな、と言いたげだ。


「このまま軍と竜王がぶつかり合えば、帝国軍もかなりの犠牲は避けられまい」


「そうなるでしょうな。しかし、こういう時にこそ体を張って戦い、民を守るのが軍の使命だと思いますが」


「分かっておる。じゃが、まずはワシに対話をさせて欲しいのだ。軍を本格的に出動させるのはそれから、ということにしてくれんか」


 ダンテはこめかみをかく。


「ゼネクス議長……あなたのやっていることは、いわば軍への牽制だ。命令行為といってもいい。あなたが巷では多くの人から尊敬されているのは知っていますが、あなたにそこまでの権限がおありで?」


「むろん、ない。しかし、大勢の帝国兵が倒れるのは見過ごせぬ」


 ゼネクスはじっとダンテを見据える。


「ワシも勝算なく言うとるのではない。伊達に年は食っておらんから、話し合えば竜王と折り合える部分も見出せるかもしれん。まずはこのジジイの命一つ、帝国軍の代わりに賭けてみんか」


 ダンテは考え込む。


「その結果、あなたが死にでもしたら、軍で竜王を討伐できたとしても、我々は“議長を見殺しにした”と誹りを受けることになりますな」


 ゼネクスは髭を撫でる。


「その程度の汚名を被る覚悟もなく、おぬしは帝国軍司令官を担っておるのか」


 国の一大事に、勝利後の名声のことを考えているダンテの心の弱さを、ゼネクスは容赦なく突いた。

 ダンテはしばらくゼネクスを睨み返していたが、観念したように目と唇を緩める。


「……いいでしょう。あなたにそこまでの覚悟がおありならば、まずはお任せしましょう」


「かたじけない」


「では我々は竜王を刺激せぬよう、帝都防備に徹します。ああ、それと……」


「なんじゃ?」


「ご子息のリウス殿も動いて下さっているようです。よろしければ、合流してみては?」


「リウスが? 分かった。そうさせてもらおう」


 ダンテ率いる帝国軍は出陣を見送った。

 竜王の元に向かうゼネクスの背中を眺めつつ、ダンテは独りごちる。


「なるほど……噂通り、いや噂以上の威厳だ」



***



 戦争時や災害時に匹敵する厳戒態勢が敷かれる帝都。

 兵士たちが防備を固め、市民らを誘導する中、ゼネクスは門をくぐり、帝都の外に出る。

 ちょうどそこでリウスと合流する。

 死地に向かう覚悟であったゼネクスにとって、白いローブを着たリウスはいつも以上に頼もしく見えた。


「おお、リウス」


「父さん!」


「お前も竜王のところに行くのか?」


「まあね。自分で言うのもなんだけど、騎士団が不在な今、帝都の最大戦力は僕といっても過言じゃないし」


「ふん、言うようになったのう」


「相手が父さんじゃなきゃ、ここまで大きなことは言わないよ」


 父子は笑い合う。


「お前が教えている魔法使いたちはどうしたんじゃ?」


「まだ巨大な竜を相手するようなレベルにはないからね。いざという時の守りにしておいた。帝都が戦場になっても、彼らがいれば魔法で大勢を助けられるだろうし」


「賢明じゃな」


「父さんこそ、どうしてここへ?」


「元老院議長として、竜の王に会ってみたいと思ってな」


 この回答にリウスは苦笑いをする。


「最近の父さんはとことんアグレッシブだね」


 ゼネクスとリウスは一瞬見つめ合うと、まるで散歩に出かけるようなテンションで――


「父子で一緒に行くか」


「うん」


 竜王の元へ歩き出した。

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