第26話 元老院議長ゼネクス、怒る!
ギロムの部下らはメルンに警棒で襲いかかるが、メルンはそれをすいすい避ける。
「ふん、遅いな」
反撃で一撃、二撃と部下たちの手足に斬撃を加え、これを倒していく。
「ぐああっ……!」
「がっ!」
「このガキ……!」
メルンは冷たい目で倒した相手を見下ろす。
彼女の腕前はギロムの部下たちを圧倒していた。
「すごい、メルンちゃん!」
「どうした、こんなものか!」
メルンの剣も勢いづく。このまま全員倒してしまいそうな勢いだったが――
「動くな」
ギロムが剣を抜き、スライムたちに刃を突きつけていた。
「それ以上抵抗すると、スライムたちを殺すぞ」
「な、なんだと!」
狼狽するメルン。
その隙に、部下の一人がメルンの腹部に警棒を浴びせる。
「ぐはっ……!」
「メルンちゃん!」
剣の腕前は一人前でもまだ少女である。この一撃でメルンはうずくまってしまった。
「う、ぐぐ……不覚……!」
「腕は立つが、所詮ガキだな。少し想定外の事態が起こると、こうもたやすく無力化される」ギロムが唇を歪める。
さらに残る部下に命じる。
「すぐにこの二人を捕まえろ!」
メルンは押さえつけられ、ミナにも魔の手が迫る。
捕まれば、ギロムから“恐怖”を植え付けられるような仕打ちを受けてしまう。
たまらずミナは叫んだ。
大好きなおじいちゃんに――
「おじいちゃん、助けてぇ!!!」
ギロムは鼻で笑う。
「議長はもうお年だ。朝までぐっすりだろうよ」
――その時だった。
「年取ると、夜起きちまっていかんのう……」
ミナはすぐに気づいた。
「おじいちゃん!?」
「しかし、いいこともあるもんじゃ。こうして孫の呼ぶ声に気づけるんじゃから……」
ゼネクスが寝間着のままやってきた。目蓋も開き切っていない。
「おじいちゃん……!」
「旦那様……!」
床に取り押さえられているメルンも安心したように笑む。
「何の騒ぎじゃ、これは」
ゼネクスは辺りを見回す。
助けを求めたミナ、取り押さえられているメルン、悪党丸出しの表情のギロム、怯えているスライムたち……。
(なるほどのう……)
一瞥で、おおまかな状況を把握する。ゼネクスの顔つきもシャキッとしたものになる。
「ギロム、お前は相当スライムをこき使っていたようじゃのう。それをミナたちに突き止められ、口止めしようとしたというところか」
「……!」
見事に当てられ、ギロムの顔が青ざめる。
「観念せい」
「お、お待ちを! 議長!」
「なんじゃい」
「スライムを酷使していたからといって、それがなんだというのです? こいつらはあくまで魔物で、エルフやリザードマンと違って、正式な帝国民ではない。つまり、いくらでもこき使えるということ。私になんら非はありませんな」
ゼネクスは髭を触りつつ、ギロムを睨みつける。
「アホか、貴様」
「な、なんですって……!?」
「魔物にもそういった保護に関する法律はちゃんとあるわい。ここのスラノフ君たちが正式に訴えれば、お前はもちろん罰を受けるぞ。行政官のくせにそんなことも知らんのか」
グランメル帝国では、魔物の酷使は禁止されている。
これは魔物保護の観点だけでなく、「魔物を痛めつけ使役して、武力集団を作る」ことを防ぐために作られた法律でもある。
いずれにせよ、スライムに暴力まで浴びせていたギロムは立派に法に触れてしまう。
ギロムの額に脂汗がにじむ。
「しかも、ワシがこのことを目撃してしまった。こうなった以上は調査部隊を派遣して、この旅館の運営の仕方についてしっかりと調査させてもらう」
「ぐ、ぐぐぐ……」
「さて、元老院議長としてのワシの弁はここまでじゃ」
ゼネクスは一拍置く。
「それに……ワシの大切な孫とメイドをこんな目にあわせたお前らを許すわけないじゃろうが!!!」
旅館中に響いたのではと思われるほどの苛烈な一喝。
ギロムは歯噛みしつつ、部下たちに命令する。
「こうなったらお前たち……議長を殺れ! 殺せ!」
「し、しかし……」
ギロムの部下は、ゼネクスの威厳に完全に怖気づいている。
メルンを押さえつけていた者も思わず放してしまった。解放されたメルンはすぐにゼネクスに寄り添う。
「さて、お前はどうする」
ギロムはスラノフたちに剣を突きつける。
「く、来るな! こいつらを殺すぞ!」
「殺してみるがいい。お前がそれ以上の仕打ちを味わうことになるがな」
人質も全く通用しない。ゼネクスとギロムでは、人間としての総合力に差がありすぎた。
「観念せい!!!!!」
ダメ押しの一喝。
ギロムは空気が抜けた風船のように、へなへなと膝から崩れ落ちてしまった。
もはや抵抗する気力はない。
ゼネクスは虐待を受けていたスライムたちに声をかける。
「スラノフ君たち、すまなかった。ワシが人間を代表して謝る」
スラノフらはプルプルと震える。
「いえ、そんな……。話に乗った俺っちたちだって悪いんですから……」
「そんなことはない。君たちにもスライムとして、自分たちの種族を裕福にしたいという思いがあったのだろう。ギロムはそんな君たちの思惑を利用して、君らを奴隷のように扱った。到底許されることではない」
ゼネクスはスライムたちに非はないと言い切った。
スライムたちは嬉しそうにプルルンと震える。
「それから、ミナとメルン、ようやったぞ。よくこいつらの悪行を突き止めた」
祖父に褒められ、ミナは笑顔になる。
「だってあたし、おじいちゃんの孫だもん!」
メルンも自分の胸に拳を置く。
「私も旦那様のメイドですから!」
「ふふ、そうかそうか」
こうしてスライム温泉旅館の騒動はひと段落した。
スラノフたちはゼネクスの勧めで、ギロムから受けた仕打ちを正式に訴え、ギロムは行政官を解任され、逮捕されることになった。
ギロムの知り合いだった議員は「とんだご迷惑を」と平謝りし、ゼネクスはこれを笑って許した。
さらにゼネクスは後釜の行政官を自ら選出し、信頼できる者を後任とした。
そして、旅館の経営はなんとスラノフたちに委ねることにした。
「おぬしらなら、自分たちだけできっとやっていける」
「はいっ! 俺っちたち、頑張ります!」
「わたくしも主人と一緒に力を尽くしますわ」
「うむ、よい旅館を作ってくれよ」
しばらくして、事件のほとぼりも冷めた頃、ゼネクスはふとスライムの温泉旅館のことを耳にする。
スラノフらの懸命な経営により、以前より繁盛し、大人気旅館となっているという。
ゼネクスはぼそりとつぶやく。
「またいつか行きたいのう……今度はジーナも連れて、な」




