第25話 スライム温泉旅館の闇
ゼネクスたちが一泊し、二日目の朝。
ギロムはゼネクスたちのために様々な催しを設ける。
午前中は旅館の大広間にて、スライムたちがダンスを披露する。
「俺っちたちのスライムダンス始めるぜぇ~い!」
リーダーであるスラノフの合図で、十数匹のスライムたちが一斉に踊り出す。
一糸乱れぬ振り付けで、ゼネクスたちを楽しませる。
「ほっほ、すごいのう」
「ええ、スライムがこんなに踊れるなんてビックリです!」
ゼネクスはダンスを褒め称え、メルンも手を叩くほど喜んでいる。
「おお、乗っておるのう。メルン」
「これは失礼しました、旦那様!」
「いいんじゃよ。どんどん楽しんでくれい。そのためにワシらはこの旅館に来たのじゃからな」
だが、ミナだけはどこか浮かぬ顔をしていた。
「どうしたんじゃ、ミナ?」
「……ううん。何でもない」
ゼネクスもミナの変化には気づいていたが、無理に心の内を打ち明けさせようという気持ちにもなれなかった。
(スライムたちが怖いというわけではなさそうじゃが……そっとしておくしかないか)
午後には、ゼネクスは昨夜気になっていたスライムマッサージを試してみる。
担当はスライムのリーダーであるスラノフであった。
「では俺っちのマッサージ、受けてくだせえ!」
「来いっ!」
スラノフが柔らかい体で、ゼネクスの背中のあちこちを揉みほぐす。
「おお~、こりゃ凝ってますねえ!」
「んぐおおおおっ! ……き、効くのう! たまらんわい!」
スラノフのマッサージは力も強く、的確で、かなりの効き目があった。
ゼネクスがベッドから起き上がると、自分の体がいくらか軽くなっているのを感じた。
「ありがとう、スラノフ君。気持ちよかったよ」
「そう言ってもらえるとスライム冥利に尽きますぜ!」
スラノフもスライムのリーダーとして一所懸命じゃな、とゼネクスは感じ取る。
ゼネクスの体は軽くなったが、ミナの表情はやはり重いままである。
(ミナ……どうしたというんじゃ……)
***
夕食時となった。
あらかじめ決まった時間に料理が運ばれるシステムになっており、旅館内の食堂にゼネクスたちは三人で座るが、なかなか料理はやってこない。
「食事、遅いのう」
「そうですね……」
すると、予定時刻よりだいぶ遅れて――
「お待たせしました~!」
スラノフの妻スラージュを中心としたスライムたちが料理を運んでくる。
主食のパンを始め、サラダにスープ、メインの豆料理まで、どれも美味しく、60を過ぎてなお食欲旺盛のゼネクスはたらふく平らげた。
「うむ、美味い! スライムたちは料理もお手の物じゃのう!」
「ありがとうございます」
スラージュが嬉しそうにプルルンと震える。
しかし、ミナは完食こそしたものの、やはりどこか浮かない様子だった。
***
夜になり、三人は自室に戻った。
寝間着に着替え、あとはベッドに入るだけという状態になる。
「ミナ、メルン、おやすみ。早く寝るんじゃぞ」
「は~い、おじいちゃん!」
「おやすみなさい、旦那様」
夜は更け、ゼネクスは食後に酒を飲んでいたこともあり、早々に寝てしまった。
ミナとメルンはしばらくボードゲームやカードゲームをやっていたが、ミナが突然切り出す。
「ねえメルンちゃん、スライムさんたちのこと、気づいた?」
「スライムのこと、とは?」
メルンは首を傾げる。
「スライムさんたち、ものすごく疲れてた」
「え、そうか?」
「うん……」
「ミナにはスライムの体調が分かるのか?」
「何となくだけどね。でも、すごく疲れてるってことは分かっちゃったの」
ミナが言うには、ミナもスライムを見るのは初めてだとのこと。
だが、会うスライム会うスライムがみんな、非常に疲れていると感じ取ってしまったという。
ゼネクスもメルンも気づかなかったことに、ミナだけが気づいていた。
「これ、何かあると思うの。だから一緒に様子を見に行きたいなって」
「ではゼネクス様に頼んで……」
ゼネクスを起こそうとするメルンをミナが止める。
「待って。おじいちゃんはこの旅行を楽しんでるし、この旅館がどこかおかしいなんて思わせたくないの……」
これを聞いてメルンはかすかに笑む。
「それもそうだ。ミナは優しいね」
「ありがと、メルンちゃん」
「それじゃ、私たちだけでスライムたちの様子を探ってみようか」
「うん! あたしのガードはお願いね!」
「任せておけ」
メルンは腰に短剣を携える。
寝息を立てるゼネクスを部屋に残し、ミナとメルンは“スライムたちが疲れている理由”を調査することにした。
***
夜の旅館を歩くミナとメルン。
明かりの数は少なく、薄暗い。他に客はいないのか、不気味なほど静まり返っている。
「なんだかちょっとドキドキしちゃうね!」
「しかし、お化けなどが出なければいいが……」
「あれ、メルンちゃん、お化け嫌いなの?」
「き、嫌いではない!」
暗い通路をしばらく歩き、ミナが突然「ばあっ!」と驚かす。
「きゃあああああっ!」
メルンが悲鳴を上げる。
「ミナ……!」
予想以上の効果があったので、ミナも慌てる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「……まあいい、許してやろう」
「ありがとう、メルンちゃん!」
すぐに仲直りし、和気あいあいと通路を歩く。
そのうち、不意にどこかから声が聞こえた。
「ねえメルンちゃん、声がするよ……」
「うん……。怒号、のように聞こえるな……」
うっすらと誰かの怒鳴り声が聞こえる。
「行ってみよう!」
「うん!」
声がした方向をたどると、二人は旅館の片隅にある一室に到着した。
そこでは――
「ったく何やってやがんだ、てめえらは!」
殺気立った容赦のない怒鳴り声。声の主は行政官のギロム。
ギロムが十数匹のスライムたちに怒鳴り散らしている。
「せっかく議長が来たってのに、さっきの夕飯は遅れやがってぇ! 得点を稼げねえじゃねえか、ボケナスがぁ!」
スライムの長スラノフが代表して謝る。
「すんません、食材の購入が遅れて……」
「言い訳にならねえんだよ、んなもんは!」
ギロムはスラノフを蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
「や、やめて下さい!」
妻スラージュが止めに入るが、ギロムの護衛がスラージュにも蹴りを浴びせる。
「きゃっ!」
ギロムは他のスライムたちにも鋭い眼差しを向ける。
「こんな辺鄙な場所の行政官になった時は自分のツキのなさを呪ったが、ここで旅館事業を成功させれば、私が中央に返り咲く芽も出る。いいか、私の栄転はお前らの働きぶりにかかってるんだぞ!」
スライムたちはただ怯えている。彼らに表情はないが、震え方がその精神状態を雄弁に物語っている。
「それなのに、しくじりやがって……! このクソスライムがッ!」
再びスラノフが蹴りを入れられる。
「ぐぼっ! ……くくっ」
「いいか、スライムども。もっときびきび働け。これからも業務にミスがあったり、売り上げが目標に達しなかったりしたら、どんどん罰を与えていくからな!」
ギロムの言葉に、彼の部下はニヤニヤと笑い、スライムたちは怯え切っている。
おそらく彼らに瑕疵があるたび、日常的にこのような行為が行われていると想像がつく。
一連の横暴を、ミナとメルンはもちろん見ていた。
「なんということだ……」メルンは眉をひそめる。
だが、ミナはそれだけでは済まなかった。
「やめなさい!」
「ミナ!?」
ミナはギロムたちの前に出てしまった。
「スライムさんたちをいじめるのはやめて!」
「君は議長の孫の……なぜここに!」
「私もいるぞ」
メルンもすかさず姿を現す。
ミナは勇ましい目つきでギロムを見据える。
「ギロムさん!」
「……なんだい、ミナ様」
「あなたは自分の名誉のために、スライムさんたちを酷い扱いしてたのね。だから、スライムさんたちは疲れ切ってたんだ!」
ギロムは肩をすくめる。
「誤解ですよ。私はスライムたちを丁重に扱っています。今のは……たまたまです」
相手は子供だと雑に白を切ろうとするギロムだが、ミナとてゼネクスの孫、そう甘くはない。
「いいよ。今見たことはきちんとおじいちゃんにも報告して、しっかり調査してもらうから!」
大人相手にも全く物怖じしないミナに、メルンは尊敬の念を抱く。
だが――
「それは困りますな」
ギロムの眼が邪悪な光を帯びる。
「こんなこと報告されてたまるか。私の出世が遠のいてしまうからな」
ギロムが手を挙げると、部下たちが警棒を取り出す。
「この二人を捕えろ。朝までたっぷりと、きっちり私の恐ろしさを思い知らせて、余計なことを言えないようにしてやる」
部下たちが警棒を構え、向かってきた。
ミナは後ずさるが、メルンが自信満々の表情で迎え撃つ。
「ミナ、お前は私が守る!」
「メルンちゃん!」
「さあ来い! ミナに手出しはさせないぞ!」
メルンも自身の剣を真横に構えた。
ゼネクス暗殺のため、そしてゼネクス護衛のために磨き上げた剣術を生かす時が来た。




