第23話 新米メイド・メルン
メルンがゼネクスらの家に来てからおよそ一週間が経った。
議会は休みの日、ゼネクスが寝室で目を覚ますと、すかさずメルンが飛んでくる。
「おはようございます! 旦那様!」
「お、おはよう。朝から元気じゃな~」
「元気だけが取り柄ですので!」
「それはいいことじゃ」
「ありがとうございます!」
リビングの席につき、朝食を取る。
「今日はメルンが作ってくれたんですよ」とジーナ。
「ほう、メルンが。どれどれ……」
メルンが作ったメニューはハムエッグであった。
「いただきます」
ゼネクスはナイフとフォークでハムエッグを切り分け、口に運ぶ。
「ほぉ、こりゃ美味い!」
「ありがとうございます!」
「さすがにグレイゾンをずっと世話していただけあって、料理もお手の物じゃな」
「料理だけが取り柄ですから!」
元気のいいメルンに、ゼネクスは微笑む。
朝の仕事がひと段落すると、メルンは庭で稽古を始める。木剣で素振りを繰り返す。
メイド服姿のままだが、その素振りはかなりの迫力がある。
「おお、剣の稽古か?」
「はい、私はこの邸宅の警備も担当するつもりですので!」
「自己流とのことじゃったが、やはり剣筋はよいな」
「剣だけが私の取り柄ですから!」
「おぬし、取り柄が多いんだか少ないんだか、よく分からんのう……」
ゼネクスはやや困ったような笑みをこぼした。
***
昼すぎ、いつものようにリウス一家がやってきた。
「おじいちゃ~ん!」
「おおっ、ミナ~! 会いたかったぞ~!」
いつも通りのやり取りを経てから、ゼネクスはメルンのことをリウスたちに紹介する。
家族に嘘はつけないとして、ありのままを話した。
実の父親が命の危機にあったということで、リウスはさすがに驚いていた。
「暗殺……!?」
「うむ、なかなかいい腕じゃった。ワシに剣の心得がなかったら危なかったかもしれん」
リウスはメルンを見る。メルンは申し訳なさそうにしている。
「まあ、父さんが許したのなら、僕から言うことは何もないよ。よろしく、メルン」
「は、はいっ!」
ミナがメルンに近づく。そして、覗き込むようにじっと見つめる。
「あなた、おじいちゃんを殺そうとしたの?」
「……うん」
ミナは祖父ゼネクスが大好きである。そのゼネクスをメルンは紛れもなく殺そうとした。
(ミナとメルンは仲良くなれるかのう……)
ゼネクスにも不安がよぎる。
「でも、今はそうじゃないんでしょ?」
「そうだ……」
メルンは小さくうなずく。
「じゃあ、いい! 許してあげる!」
「あ、ありがとう」
ゼネクスの心配は杞憂だった。
二人の仲を後押しするように、ゼネクスが提案する。
「メルン、ミナと遊んでやってくれんか」
「は、はいっ!」
「メルンちゃん、行こう!」
邸宅の庭でメルンとミナが遊ぶ。
メルンの方が年上だが、ミナの方が遊びを知っているので、リードする形になる。
「メルンちゃん、いっくよー!」
ミナがゴムボールを投げる。
メルンはなんなくキャッチし、そのまま投げ返す。が、強く投げてしまい、ミナの顔にぶつかってしまう。
「あっ、大丈夫!?」
「平気! もっと強くてもいいよ!」
この光景を見てゼネクスはニヤリとする。
「さすがワシの孫じゃ」
「いいや、僕の子だね」リウスが対抗する。
「なんじゃい、やるのかリウス」
「望むところだよ、父さん」
リウスの妻マチルダは「あなた、やめてよ」と口を挟み、ジーナはにこやかに笑む。
「うふふ、似た者同士ねえ」
***
リウスたちは日が沈む前に帰宅し、時刻は夜になった。
夕食も済ませ、夜は更けていく。
「お休みなさいませ、旦那様! 奥様!」
メルンは桃色のパジャマ姿になり就寝する。
ゼネクスとジーナは二人、リビングでメルンについて話す。
「どうやらメルンも馴染めそうね」
「うむ、親とも離れてしまい、ずっと祖父の世話をしてきた人生じゃったが、ここでの暮らしは楽しんで欲しいわい」
ジーナは夫の見せた優しさに、小さくうなずいた。