第21話 ゼネクスとジーナの出会い
休日、息子リウスの一家が遊びに来ていた。
ゼネクスはミナを一目見るなり、目を輝かせる。
「ミナ~!」
「おじいちゃ~ん!」
ゼネクスはミナを強く抱き締める。
そんな自分の父と娘の光景に、リウスは呆れる。
「ったく、僕は父さんにそんな風に抱き締めてもらった覚えないけどなぁ」
「その代わり、お前はジーナにはよく抱き締めてもらってたじゃろうが」
「まあ、そうだけど……」
すると、ジーナが――
「だったら今やってみたら?」
この言葉で、ゼネクスはリウスを抱き締めることになってしまった。
ゼネクスがリウスの体に抱きつく。
「……どうじゃ?」
「……全然嬉しくない」
「……なんのためにやったんじゃ」
なんともシュールな父と子のハグを見て、ジーナ、マチルダ、ミナは大笑いしていた。
リビングでお菓子を食べつつ、三世代で談笑する。
その最中、ミナがこう言った。
「ねーねー、おじいちゃんとおばあちゃんはどうやって知り合ったの?」
「む、ワシとジーナか……」
リウスも興味深そうに身を乗り出す。
「そういえば僕も聞いたことないね。二人の馴れ初め」
「私も知りたいです」マチルダも乗り気だ。
ゼネクスは少し悩むが、ジーナに視線を移す。ジーナは許可を与えるようにうなずく。
「まあ、隠すようなエピソードでもなし。ならば話してやるとするか。ワシとジーナの出会いを……」
***
遡ること三十年以上昔、当時のゼネクスは新米議員だった。
さらりとした銀色の短髪で、長身、整った顔立ちで、ちょうど息子のリウスに近い風貌であった。新調したばかりの黒いスーツを着て颯爽と議事堂にやってくる。
一方、ジーナは議事堂の受付嬢を務めていた。栗色の髪を後ろで結わいた、穏やかな女性であった。
「おはよう」
「おはようございます」
毎朝のようにゼネクスはジーナと挨拶する。
ゼネクスはまさに自信にみなぎっており、自分自身「今の自分は誰にも負けない」と思うほどであった。
しかし、すぐに壁にブチ当たることになる。
「なぜ分かって下さらないのですか! 冒険者の制度を整えることは、帝国の利益にもなるのです!」
「しかしねえ、あんな無頼な連中は放っておけばいいじゃないか」
「そんな予算があるなら正規軍や騎士団に回すべきだ」
「制度を整えてやったところで、奴らは元老院に感謝なんかせんよ」
ゼネクスの意見はまるで採用されない。
何か意見を言えば、ことごとく跳ね返される日々。それも「君は若いから」「どうせ無理に決まってる」「元老院の利益にならない」などの理由であり、到底納得いくものではない。
ゼネクスは元老院と、そして自分の無力さに失望していた。
「俺では帝国を変えることはできないのか……!」
いくら高い志があっても、抱くだけでは意味がない。
次第に議事堂へ向かう足取りも重くなる。
毎朝が憂鬱だった。せっかく苦労して議員になったのに、何もできない。
まだ若いのに背中は曲がり、落ち込んでトボトボ歩いていた。
「おはようございます」
ある朝、受付席にいるジーナから挨拶されるが、ゼネクスは何も返さずそのまま通り過ぎようとする。
最低限の愛想を維持する気力もなかった。
次の瞬間――
「しゃきっとしなさい!!!」
いきなり叱りつけられた。
「な……!?」
驚くゼネクスに、ジーナはゆっくりと頭を下げる。
「ごめんなさい」
「あ、いや……」
狼狽するゼネクスに向かって、ジーナは微笑んだ。
「元気を出して下さい。あなたなら大丈夫、きっとすごい議員になります!」
突然太鼓判を押され、ゼネクスはきょとんとする。
「その根拠は?」
「私の……勘です!」
この答えにゼネクスは思わず噴き出してしまう。
「ぷっ……ハハ、ハハハッ! アハハハハッ!」
ゼネクスは大笑いした。
「こんなに笑ったのは議員になってから初めてかもしれないな」
「すみません……」
「いや、いいんだ。おかげで元気になれたよ」
「ゼネクスさん……」
「俺は諦めないよ。必ずすごい議員になって、君の勘が正しかったことを証明してやる!」
「楽しみにしてます!」
ジーナの激励が効いたのか、ゼネクスは諦めることなく先輩議員たちに食らいつき、日に日にその存在感を増していった。
そして、ジーナのことを気にするようになるが、ゼネクスは色恋沙汰に疎かった。青春時代には勉強を優先させていたし、議員になってからも恋愛に興味はなく、生涯独身で帝国に尽くす気概でいた。
そのため、なかなかアプローチをかけられず、時だけが過ぎていった。
そんな日々が続いた頃、元老院議事堂に乗り込んでくる者があった。
汚らしい格好で無精髭を生やした男が受付で怒鳴り散らす。
「議長と話がしてえ! 議長出せやぁ!」
この暴漢にジーナは毅然と応じる。
「議長は執務中です。お会いさせることはできません」
「だったら、その可愛い顔を傷つけちまってもいいんだぞ!」
男は懐から刃物を取り出す。
「たとえ私の顔に傷ができても、議長にはお会いできません」
「ンだとォ!?」
そこへ黒いコートを纏ったゼネクスがやってくる。
「待て」
「なんだてめえは」
「お前がお望みの元老院議員だ」
男は眉間にしわを寄せる。
「議長じゃねえ下っ端に用はねえよ」
暴漢は刃物をちらつかせるが、ゼネクスは怯まない。
「確かに俺は下っ端だ。自分の意見が通ることも少ない。だが、いつか必ず議長になってみせる」
「何ィ……?」
あまりにも覇気のあるゼネクスの態度に、男はたじろぐ。
「ひとまず刃物を下ろせ。それが人と話し合おうとする人間の態度か!」
「うぐ……!」
一喝され、男は刃物を床に落とす。
この時点で、男を拘束することもできたが、ゼネクスはそうはしなかった。
「よし、話を聞いてやろう」
ゼネクスは駆けつけた警備員にも「俺に任せろ」と言い、男と一対一で話し合った。
男はとある職人ギルドの職人だったが、元老院の決定でそのギルドの予算が縮小されてしまい、その分ギルドへの上納金が増えて支払いが滞り、ギルドを追い出された。結果、実質失職状態になってしまったという。
ゼネクスは男の話を丁寧に聞き、元老院の失策であった部分を認めつつ、抗議をするなら他の手段もあったと男をたしなめた。
じっくりと話し合った結果、男は満足した様子になった。
「俺の話を丁寧に聞いてくれてありがとう。おかげで胸もスッとしたよ」
警備員が再びやってきて、男は大人しく捕まる。
「きちんと罪を償ってどうかやり直して欲しい」
ゼネクスの言葉に男はうなずいた。
全てを見ていたジーナは礼を言う。
「ありがとうございました。ゼネクスさん」
「怪我がなくてよかったよ」
「さっきのゼネクスさん、本当に素敵でした」
これにゼネクスは咄嗟にこう答える。
「君も素敵だったよ」
「え……?」
ゼネクスも自分の大胆な発言に気づき、頬を赤らめる。
「いやっ、今のはその……」
「ふふっ、でもゼネクスさんにそうおっしゃってもらえて嬉しいです」
「う、嬉しい!?」
脈ありだと思ったゼネクスは舞い上がってしまう。
「あ、あの、俺、実は前から君のことが好きで……!」
恋愛慣れしておらず、かつ直情的なゼネクスはいきなり自分の想いをぶつけてしまった。
そんなゼネクスにジーナは優しく笑みを返す。
「私もです。よろしければお付き合いしませんか?」
「は、はいっ! 俺、付き合います!」
告白したのはゼネクスなのに、ジーナにリードされる形で二人は交際するようになった。
それから何度かデートを重ね――
ある夜、ゼネクスはレストランで食事の最中、こう告げる。
「俺と……結婚して下さい」
「はい……喜んで」
ジーナからの承諾をもらい、ゼネクスはその場で雄叫びを上げるほど喜んだ。
それから数ヶ月の婚約期間を経て、二人は婚姻に至ったのである。
ちなみに二人を結ぶキューピッドの役割を果たした暴漢は、刑務所を出所後、職人として社会復帰を果たしたという。
***
――ゼネクスの話が終わった。
「おじいちゃんもおばあちゃんも素敵~!」ミナがはしゃぐ。
「お二人にはそんな馴れ初めがあったんですね」マチルダも微笑む。
「まあのう。それで色々あってリウスが産まれたわけじゃ」
自分の誕生については見事に省略されたリウスは、たまらず苦笑いする。
「相変わらず僕の扱いが酷いな」
「ふん、お前が産まれてからというもの、ジーナの愛情はお前に向いてしまったからな。嫉妬じゃよ、嫉妬」
「息子に嫉妬しないでくれよ」
「いっそワシもマチルダさんを誘惑してみるかのう」
ゼネクスがマチルダをちらりと見る。マチルダも頬に手を当て、照れるような仕草をする。
「そんなことしたら、僕だって本気で父さんと戦うよ」
ジロリと睨まれ、ゼネクスがわずかに顔をのけぞらせる。
「ワシをちょいと怖気づかせるとは、お前も少しは成長したじゃないか」
一連のやり取りは父子のジョークなのだが、ミナは本気で心配してしまう。
「パパ、おじいちゃん、喧嘩はダメだよ!」
ゼネクスは慌ててなだめる。
「大丈夫じゃよ、ミナ。これは親子のスキンシップみたいなもんじゃ」
「そうなの? よかったー……」
さらにジーナが口を出す。
「それに、リウスが産まれた時のあなたの喜びっぷりは凄かったですものね。まさに飛び跳ねる勢いで。“リウス”って名前もあなたが何日も何日も熱が出かねないほど悩んでつけましたし。抱っこしながら、この子はきっと凄い子になる、俺を超えてくれる、なんてはしゃいで……」
「コ、コラ、余計なことを……」
これを聞いてリウスは嬉しそうに笑む。
「僕も父さんには色々迷惑かけたけど、きっと期待に応えてみせるよ」
「ん? 大賢者になっておいて、お前まだワシを超えられてないつもりか?」
「全然。僕はまだまだ父さんを見上げる立場だよ」
「ならワシは上でお前を待つとするかのう。ミナと一緒にな!」
こう言ってゼネクスはミナを抱え上げた。
抱き上げられたミナは父に得意げな表情を向ける。
「パパ、頑張ってあたしたちのところまできてね!」
「あーあ、僕は父さんだけじゃなくミナまで超えなきゃならないのか……」
リウスの言葉に、リウス以外の皆は大いに笑った。
これで第二章完結となります。次回より第三章に移ります。
今後もゼネクスの活躍、どうぞお楽しみ下さい!
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