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第19話 元老院議長、問題児たちと相対する

 翌日、朝からゼネクスはセレンディール学園の(くだん)のクラスに来ていた。今日は午前中のみ、問題のクラスを受け持つこととなる。


「みんな、おはよう」


「おはようございます!」


 皆がしっかり挨拶する中、一人だけじっとゼネクスを見つめる生徒がいた。


「ん、君は?」


「ジェンスと申します」


 濃い茶髪で眼鏡をかけた生徒だった。制服もきっちり着こなしている。

 ジェンスはこの特進クラスでも学業面では特に優秀であり、ナンバーワンの成績を誇る。


「しばらくこのクラスで授業をして下さるそうで。元老院議長がお越し下さって光栄です」


「丁寧な挨拶、ありがたく頂戴しよう」


 ここでジェンスは露骨にため息をつく。


「しかし、正直言ってガッカリしています」


「ん?」


「元老院議長といえば帝国でもトップクラスの役職。皇帝に次ぐポジションといっても過言ではない。それがこんなところで油を売るなんてねえ」


「そうじゃのう」


 朗らかに笑うゼネクス。自身の苦言を受け流されてしまい、ジェンスは呆気に取られる。


「え」


「ワシがこうして議会におらんでも、元老院は回る。つまり元老院のメンバーはそれだけ層が厚いということじゃな」


「……!」


「それにワシは油を売っとるつもりなどないぞ。こうして諸君らと顔を突き合わせることはむしろ帝国にもとっても益になるじゃろうからのう」


 ジェンスは顔をしかめる。


「僕は将来的には議員になりたいと思ってるんです」


「ほう、頑張ってくれ」


「だからこそ、今の元老院には物申したい!」


「なんじゃ?」


「今の元老院のシステムでは、元老院の議会で満場一致で決まった事柄でも、皇帝がダメといえば施行されることはありませんよね」


「そうじゃな」


 ジェンスが眉間にしわを寄せる。


「それでは元老院の権限があまりにも弱すぎます」


「しかし、帝国で最も偉いのは皇帝陛下じゃからのう。このシステムは当然ともいえる。元老院が決めたことがみんな無条件で通るなら、皇帝陛下は元老院の傀儡になってしまう」


「ですがこの場合、皇帝に愚帝が出てしまった場合、まずいことになりますよね?」


 思い切った発言だった。

 皇帝を愚帝呼ばわりなど許されることではない。

 にもかかわらず、ゼネクスは表情を変えない。淡々と受け入れている。


「だが、そうならないように皇族は幼い頃から教育を受けている。現に先代皇帝も、今の皇帝陛下も優秀な方じゃ」


「ですが、教育だっていつも上手くいくとは限らないじゃありませんか」


「それはそうじゃな。時には問題児が登場することもあるじゃろう」


「それは僕らのことですか?」


「誰もそんなこと言うとらんよ。それに当然、皇族もそういったことは考えておる。皇帝の周囲には重臣がおる。彼らの役目は業務のサポートだけではなく、権力の暴走を食い止める役割も担っておる」


「なるほど。ですが、皇帝が重臣の言うことも聞かないような時、誰がそれを止められますか?」


「そういう時にこそ活躍するのが、法であり、それを司る元老院や裁判所じゃ」


「……!?」


「皇帝とて法律をなにもかも無視して動くなどということは到底許されぬ。例えば無法な粛清などをすれば、ただちに法に裁かれることになる」


 ジェンスはあざけるように肩をすくめる。


「元老院の権限が弱いという話をしていたのに、グルグル回ってしまいましたね。なんだかごまかされてるような気分ですよ」


「その通り。ワシはごまかしておる」


 堂々と認めるゼネクスに、ジェンスはきょとんとする。


「なんですって?」


「どんな状況にも絶対に対処できる完璧な統治方法など存在しない。グランメル帝国は今のやり方が上手くいっていると判断してよいと思うが、いつ今までのやり方が通用しない状況がやって来るかは分からん」


「じゃあ、僕たちはどうすればいいんですか?」


 ゼネクスはにっこりと笑う。


「だからこそ勉強するんじゃ。この帝国が危機に陥った時、きちんと勉強していれば、その知識で役に立てることがあるかもしれん。なんの勉強もしていないのに、何らかの妙案を出せるなどといった奇跡はまず起こらんからのう。だからこそワシは老い先短い身として、おぬしらに期待しておるんじゃ」


 ジェンスは黙り込む。


「あ、あの、元老院の制度についてまだ質問が……」


「ええよ。ジャンジャン来なさい」


 ジェンスは次々に質問するが、ゼネクスはそれら全て丁寧に応じた。

 しばらくすると、ジェンスは両目を潤ませていた。ゼネクスもそれに気づく。


「ん? どうしたんじゃ?」


「あ、いえ、こんなことは初めてだったんで……」


「というと?」


「僕がこんな風に矢継ぎ早にたくさん質問すると、父も、先生も、煙たがることが多かったんです。だけどゼネクス様は嫌な顔一つせず応じてくれる」


「……なるほどのう。そういうことか」


 ゼネクスはジェンスの抱えていた事情を察する。


「ワシがこうして気軽に君の質問に応じられるのは、やはりゲストのような形で来ているからというのもあるじゃろう。例えば学校の先生は、さまざまなクラスを請け負っており、君だけに丁寧に応じるのはなかなか難しい面もあるじゃろうから」


「それは……そうですね」


「しかし、だからこそ君には考えてもらいたい。どうすれば、大人が子供の質問に気軽に答えられるようになるのか、あるいは自分が大人になった時子供の疑問を邪険にしないようにするにはどうしたらいいか、をな」


「……」


「世の中には正解などないことばかりじゃ。ワシとて多くの過ちを繰り返している。だからこそ考え続けることが大事なんじゃ。考えるのをやめたら、人間は進歩することができん」


「はい!」


 ジェンスが明るく返事をする。

 レンズの奥にある瞳は先ほどまでとは比べ物にならないほど輝いていた。


 ゼネクスが教室を出た後、一人の女子が笑う。

 シエーネという生徒だった。

 明るめの金髪のロングで、スタイルは抜群、大人びた美貌を持つ。このクラスにいる以上成績は優秀だが、その色香で数々の問題行動を起こしている。


「レジオもジェンスもだらしないわね。あんなお爺さんに負けちゃうなんて。だったら私があの人を誘惑してやるわ」


 ゼネクスが再びやってきた時、シエーネが動いた。

 シエーネは胸と腰を強調するように、なまめかしい動きをする。そのままゼネクスににじり寄る。


「うふん、ゼネクスさまん」


「なんじゃい」


「私といいことしない?」


 ゼネクスは冷ややかな目つきを返す。


「ワシを誘惑するなど五十年早い」


「な、なんですって!?」


 シエーネは目を見開いた。

 ゼネクスからすれば、彼女の目論見はすでにお見通しであった。


「悪いが、お前の魅力はジーナの足元にも及ばんよ」


「ジーナって誰よ!」


「ワシの妻じゃ」


「妻ぁ!? 年はいくつよ!」


「今年でちょうど60じゃな」


 シエーネの顔がひきつる。


「ハァ!? そんな干からびた婆さんに私が負けるわけ……!」


 次の瞬間、ゼネクスは恐ろしい目つきになった。

 レジオにもジェンスにも見せなかった形相で、シエーネを睨みつける。


「おい、ワシの妻を侮辱するなら、ワシも穏やかではいられんぞ」


「ひいっ!?」


「さあ、どうする。これでもまだワシを誘惑しようというのか」


「い、いえ……ごめんなさい」


 シエーネから血の気がひき、その場にへたり込んだ。


「……すまんかったのう。ワシが大人気なかった」


 ゼネクスが手を差し伸べる。


「いえ……」


 ゼネクスの手を取って立ち上がったシエーネは赤くなっていた。


「む?」


「あ、あの……今私、ゼネクス様をかっこいいって思いました!」


「へ?」


「こんな気持ちになったのは初めてで……」


「まあ、その気持ちは否定せんが……あいにくワシには妻がおるぞ」


「はい、憧れるだけでいいんです!」


 ゼネクスは困惑したが、彼女の気持ちも理解できた。

 自分にも大人の女性に憧れた年頃はある。いつしかその恋心はなくなり、大人になり、年下のジーナと結婚することになったが。

 乙女よ、きっとおぬしは色んな恋をするじゃろうが、頑張るんじゃぞ。

 ゼネクスは心の中でシエーネを優しく励ました。



***



 夕刻、自宅に戻ったゼネクスは学校での出来事をジーナに話した。


「あのジェンスという子は有望じゃな。将来が楽しみじゃ。シエーネはなかなか可愛らしい娘じゃったが、残念ながらジーナには及ばんわい」


「またまた、そんなこと言って、結構いい気分だったんじゃないですか?」


「そんなわけないじゃろ。愛しておるよ、ジーナ。なーんてな」


「ふふっ……」


 夫婦としての会話を交わし、ジーナが食事を持ってくる。


「おや? 今日は肉が多めじゃな。何かいいことでもあったのか?」


「さあ、なんででしょうね」


 嬉しそうにキッチンに戻るジーナの背中を、ゼネクスはきょとんとした顔で見つめた。

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>「おや? 今日は肉が多めじゃな。何かいいことでもあったのか?」 ゼネクス殿!奥方の御心遣いに気付かぬようでは、いくら”威厳”があろうとも”親しみのある議長”には成れませぬぞ! 「アンタ、誰の真似して…
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