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第16話 元老院議長、リザードマンの集落に行く

 エルフの里を訪ねてから、二週間ほどのこと。

 ゼネクスはリザードマン議員であるデクセンから声をかけられた。


「議長!」


「おお、デクセン君。どうしたんじゃ?」


「実は今度の休み、ワタシも故郷に帰ろうと思いまして」


「リザードマンの集落じゃな?」


「はい、帝都から北にある岩山に居を構えています」


 デクセンは続ける。


「それで、ぜひ議長もご一緒に、と思いまして」


 ゼネクスが「ほう」と返す。


「ウチの長――“首領”と呼ぶんですけど、首領がぜひ議長にお会いしたいと……」


 ゼネクスは髭を撫でつつ答える。


「かまわんよ。この間はエルフの里に行ったし、一度リザードマンの集落にも行ってみたかったんじゃ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 話はすぐにまとまった。ゼネクスはエルフの里に続いて、リザードマンの集落に行くことになった。



***



 休みの日、ゼネクスとデクセンは帝都北にある平原にいた。


「ではワタシたちを連れていってくれる竜を呼びます」


 デクセンが吼える。


「ギャオオオオオオオンッ!!!」


 性格は穏やかでもさすがはリザードマンというべき勇ましい咆哮。

 ゼネクスは迫力満点じゃとニヤリとする。

 すると――


「キュイイイイイイッ!」


 一頭の二足歩行のドラゴンが走ってきた。


「“スプリンドラゴン”です。非常に速く走れるので、ほんの数時間で集落まで連れていってくれますよ」


「人間でも乗れるのかのう?」


「はい、人には懐きませんが、ワタシと一緒なら大丈夫です」


「ならよかったわい」


 スプリンドラゴンが颯爽と到着する。

 茶褐色の鱗に覆われ、全身が筋肉でできているような、細身の竜であった。

 ゼネクスは「竜がワシを嫌わなければいいが……」と不安な気持ちになる。

 しかし、スプリンドラゴンはゼネクスを見るなり、シャキッと姿勢を正す。ゼネクスの威厳が通用してしまった。


「またかい!」


「また?」


「いや、なんでもないんじゃ。ハハハ……」


 ゼネクスとデクセンを背中に乗せて、スプリンドラゴンが駆け出した。


「おおっ、速いのう~!」


「しかも走り方が上手なので、座っていてもほとんど揺れないんですよ」


「これはなかなか快適じゃな。ワシ自身が走ってるような気持ちになれる」


 道中、適度に休憩を挟みつつ、二人は順調に集落のある岩山へと向かった。



***



 リザードマン集落は岩山と岩山の山間部にある。

 デクセンを先頭に、二人で歩く。


「この奥に行けば集落があります」


「なかなかいい場所じゃな。近くには川があるし、外部からは侵入しにくい」


「ええ、リザードマンは戦士の一族ですから、攻め込まれにくいこの場所を集落にしたようです」


 しばらく歩くと集落に着いた。

 彼らの家は藁を積み重ねたような簡素なものだった。

 鱗に覆われたリザードマンは人間やエルフに比べるとあらゆる点で丈夫であり、風邪をひくこともない。家にこだわりはなく、雨風をしのげればそれでよいのだろう。


「ではさっそく首領のところに案内します」


「うむ、頼む」


 エルフの里と違い、リザードマン集落は最も強い者がリーダーとなる。

 そのため首領は年齢も30代とまだまだ脂が乗っている。


 首領の家はひときわ大きかった。

 まずはデクセンが中に入り、ゼネクスを連れてきた旨を伝える。

 ゼネクスが外で待っていると、中から声が聞こえてくる。


(ん、なんじゃ? デクセン君ともう一人の声が聞こえる……)


 ゼネクスの聴力は衰えてはいない。耳を澄ますと、具体的な内容も聞こえる。


「話が違います!」


「のこのここんなところに来たのが悪いんだ」


「それは議長がワタシを信じてくれたからで……!」


「いずれにせよ、オレは帝国ってのが気に食わねえ。お偉いさんならなおさらだ。つまらねえ奴だったら、頭から食っちまうぜ」


「……!」


 ゼネクスにも察しがついた。

 リザードマンの首領は帝国や人間を快く思っておらず、おそらくデクセンが議員になることにもいい感情は持っていなかった。

 だから、デクセンを利用して帝国の“お偉いさん”を呼び出すことを思いつく。

 この集落であれば、ゼネクスを“どう”しようと証拠は残らない。

 首領がゼネクスを下らない人間と判断すれば、本当に牙をむくだろう。肉は食い尽くされ、骨も残らないに違いない。


 デクセンが家から出てくる。


「首領が……お会いしたいと」


「うむ」


 先ほどの会話は聞こえなかったフリをして、ゼネクスは堂々と応じる。


 首領はデクセンよりも一回り巨大なリザードマンだった。

 顔立ちは同じ種族であるデクセンに似ているが、彼より遥かに好戦的な顔立ちをしている。

 皮で作った簡素な服を身につけ、豪快にあぐらをかいている。


「リザードマン首領のゾールだ」


 ゼネクスも頭を下げる。


「グランメル帝国元老院議長ゼネクスと申す」


 ゾールは威嚇するような口調で言う。


「ウチのデクセンが世話になってるようで……」


「デクセン君はよくやってくれておるよ」


 ゾールがゼネクスを凝視する。睨みつけるといってもいいかもしれない。

 並みの人間ならば、これだけで震え上がるほどのド迫力。

 だが、ゼネクスは微動だにしない。いつも通りの眼で、ゾールに視線を返す。


「……なるほど」


 ゾールが笑みを浮かべる。


「下らない人間だったら食っちまおうと思っていたが、どうやら……」


「?」


「食われるのはオレの方だったようだ。参りました!」


 頭を下げるゾール。


「参った、じゃと?」


「いや、これほど威厳のある人間……いや、生物に会ったのは初めてなもんで……」


「そ、そうかのう? ワシってそんなに威厳ある……?」


 ゾールはうなずく。


「オレたちリザードマンは口に牙を生やしているが、あんたは心に牙を生やしているらしい」


「分かるような分からんような……。しかし、褒め言葉と受け取っておこう」


 ゼネクスの無事が確定したことを悟り、デクセンもほっと一息つく。


「よかった……。本当によかった……」


「デクセン君、心配かけた」


 ゾールが爪の生えた両手を叩き、パンパンと音を鳴らす。


「そうと決まれば歓迎の宴だ! 元老院議長と同胞のために酒と肉を用意しろ!」


 こうなるとてきぱき事が進む。

 集落を挙げての宴が始まった。

 焚き火が燃える広場で、リザードマンたちが円のように並んで盛り上がる。

 その中にゼネクスも混じる。


「さあ、食ってくんな!」


 ゼネクスの前に大量の肉が出される。この辺りの岩山には獣や魔物がうようよしており、リザードマンにとってはいい食糧兼訓練相手となっている。


「無理しないで下さいね」とデクセン。


「いや、ワシはこう見えてなかなかの大食いでな。喜んで頂こう」


 ゼネクスはモリモリ食べる。


「おおっ、やるぅ!」

「人間もやるもんだ」

「すごい……!」


 ゼネクスの食べっぷりはリザードマンたちにも褒められる。

 一方、デクセンは集落で一人だけ野菜を食べていた。


「議長、よく食べますね」


「ていうか、お前もたまには肉食えよ!」ゾールが怒鳴りつける。


「ワタシ、肉はどうも苦手で……」


「ゾール殿、食には好みというものがある。無理強いはいかんよ」


「それはそうですね。こりゃ失礼」


 ゾールはすっかり頭が上がらなくなっていた。

 ゼネクスが幾人ものリザードマンと交流を重ねる中、ゾールに一人の若いリザードマンが話しかける。


「首領、あの爺さん、どうして生かしておいたんです? 場合によっては食っちまうって話だったんじゃ」


「オレもそのつもりだったがな。実物を見て、敵わねえって思ったのさ」


「敵わない? 首領がですか?」


「ああ、オレはあの人に全力で殺意をぶつけてみた。だが、あの人は怖気づくわけでもなく、こっちを威嚇するわけでもなく、ありのままの状態で堂々と受け止めやがった」


「でも、それは単に度胸があるだけって話じゃ……?」


「度胸とはちょっと違うな。あれは……威厳ってやつさ」


 こう言われた若いリザードマンは首を傾げつつ、ゼネクスに近づく。


「ま、酒でもどうぞ」


「おお、すまんのう」


 ゼネクスのコップに酒を注ぎつつ、若いリザードマンはまじまじとゼネクスを見る。

 そして、悟る。

 なんとなく首領の言ったことが分かった気がする。この爺さんはまるで食える気がしない。向き合っただけで親父やお袋に叱られているかのような、そんな気分になってくる……。

 そんな若いリザードマンの密かな敗北を知ることもなく、ゼネクスは酒と肉を楽しんだ。


 そのままゼネクスはリザードマン集落の宴を大いに堪能した。



***



 次の日、ゼネクスとデクセンは集落を出る。


「また来て下さいや」穏やかに見送るゾール。


「うむ、楽しかったぞ」ゼネクスも笑みを返す。


 集落を出て、デクセンがホッと一息つく。


「申し訳ありません、議長。まさか、首領が議長を害そうとしてるなど、思ってもみませんでした」


「なんの。多少恐ろしくはあったが、なかなか話の分かる男だったではないか」


「ダンジョンの時もそうですが、議長の肝っ玉には驚かされますよ」


「伊達に60年以上生きておらんわい。それに、ワシもリザードマンについては詳しいつもりでいたが、こうして実際に会うとやはり色々と分かることも多い。この年になって改めて、直に接することの大切さに気付かされるよ」


「議長……」


「では帰ろうか!」


「はいっ!」


 二人はスプリンドラゴンに乗り、無事帝都へ帰還した。



***



 帰宅したゼネクス。ジーナはさっぱりとした料理を用意していた。

 リゾットにハーブを軽くふりかけたものだ。

 まさに“こういうのを食べたかった”という物を出され、ゼネクスは思わずつぶやいた。


「どうして、ワシがこういうのを食べたいと分かったんじゃ?」


「リザードマンの集落に行ったんでしょ? きっとお肉をたくさん食べたと思って」


「ジーナ、お前は本当によく出来た妻じゃわい!」


 ゼネクスは満面の笑みでジーナお手製のリゾットを平らげた。

 リザードマンの牙をも防ぎ切る威厳を持つゼネクスであるが、妻の前では一人の夫に戻れるのである。

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>「リザードマンの集落に行ったんでしょ? きっとお肉をたくさん食べたと思って」 ジーナさん、とっても素敵な奥様ですね。 ゼネクスさんにはもった……こほん。何でもありません(;・з・) ~♪ >スプリ…
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