第14話 新刊が発売される書店にて
早朝から帝都の大型書店に行列ができていた。すでに30人以上が並んでいる。
今日はあの人気小説『元老院バスター』の新刊の発売日なのである。
「早く買いたいな~」
「また元老院をやっつけて欲しいぜ!」
「あたし、今日はこれ買ってから仕事するわ」
ファンたちは雑談に花を咲かせる。
ところがそこへ、一人の老人が現れた。
白髪の混じった銀髪をオールバックにし、黒いコートを着て、威厳に溢れた顔立ちをしている。
グランメル帝国元老院議長ゼネクス・オルディン、その人であった。
小説のために朝から並ぼうという人間たちは、知識人であることが多い。ゼネクスの顔はよく知っている。当然、次々に気づく。
「ゼネクス様だ!」
「議長!?」
「どうしてここに……」
理由は明白である。ここにいるのは全員『元老院バスター』をすぐにも読みたい者たち。その集団に用があるに決まっている。
『元老院バスター』とは主人公が悪の元老院と戦う小説である。
元老院議長からすれば、焚書、弾圧したい内容に決まっている――と人々は予想する。
つまり、ここにいる者たちは全員反逆者にされてもおかしくない!?
人々は青ざめ、震え出す。
その様子を察して、ゼネクスは優しく声をかける。
「心配いらん。ワシも『元老院バスター』のファンでな。並びに来ただけじゃ」
この言葉で人々は安堵する。
少なくとも自分たちが処刑されることはないと。
先頭に立っていた青年はすかさずこう言う。
「ゼネクス議長! どうぞ先頭に!」
後ろに並んでいるファンも、このことに誰も文句を言わない。
しかし、ゼネクスは固辞する。
「いや、先に並んでいたのはおぬしじゃ。ワシは普通に並ばせてもらうよ」
「は……ははーっ! 失礼いたしました!」
青年は深々と頭を下げた。
ゼネクスは最後尾につき、そのまま並び始めた。
前に並んでいる女性に話しかける。
「おぬしも『元老院バスター』のファンじゃろ?」
「は、はいっ! そうです!」
「新刊、楽しみじゃのう」
「は、はいっ! 楽しみですっ!」
「主人公が元老院に一泡吹かせるといつもスカッとするわい」
「そ、そうですねっ!」
しかし、女性はすかさず――
「あ、ですが、現実の元老院は偉大で、最高で、究極で、小説とは全然違いますよね!」
「ハハ、これはどうも」
ゼネクスとしても、これ以上話しかけても委縮させるだけと気づき、話しかけるのをやめた。「そうかしこまらんでも」と言っても、相手はかえってかしこまってしまうに違いない。こればかりはどうしようもない。
やがて、行列の人数が50人ほどに増えた頃、書店が開店する。
「お待たせしました。『元老院バスター』入荷してますよ!」
店長の呼びかけに歓喜の声が湧く。
ファンたちはいずれも礼儀正しく、熱はありつつも大きな混乱もなく、本は売れていく。
ただしゼネクスがカウンターに来た時には店長や店員は目を丸くしていた。
「あなたは……ゼネクス様!?」
「うむ、会計を頼むよ」
「は……はいっ!」
『元老院バスター』新刊を買ったゼネクスは、そのまま路地裏へ行く。
そして、とても他人に見せられない満面の笑みを浮かべる。
「今日は議会が休みでよかったわい。家でじっくり読むぞ~!」
ゼネクスは軽やかな足取りで家まで帰ったのであった。