第13話 ダンジョンの主との対決
ダンジョン最深部は薄暗く、そして広い部屋だった。
すると――
『よくここまで来たな……』
二本の角を生やし、筋骨隆々で青い肌を持つ巨大な“鬼”が現れた。
ゼネクスが代表して話しかける。
「おぬしがこのダンジョンの主か?」
『いかにも』
「今までに行方不明になった冒険者たちはどこにいる?」
『みんな、この部屋にいるさ。見てみろ!』
鬼が指を鳴らすと、部屋が明るくなった。
ゼネクスたちが壁を見渡すと、至るところに人間の顔が張り付いている。
みんな目を閉じており、壁に埋め込まれているような状態だ。
耳や鼻がよいデクセンが彼らの息吹を感じ取る。
「皆さん生きているようです!」
「あくまで捕えただけということか」とフレイヤ。
『ああ、このダンジョンを突破できなかった者はみんなああなるのさ。永遠にこのダンジョンにいてもらう。ここまで来られたのはお前たちが初めてだが、お前たちも同じ運命だ!』
鬼は拳を振り上げ、襲いかかってきた。
振り下ろされた拳は硬い床を軽々と砕く。
「すごい威力だ……! あんなの喰らったら……!」デクセンが驚く。
「ならば私が!」
フレイヤが鬼の額めがけて矢を放つ。
見事に命中。しかし、先端が浅く刺さっただけでダメージは感じられない。
「なんという硬さ……!」
鬼の拳がフレイヤに迫る。
「危ない!」
デクセンがフレイヤをかばい、拳を浴びてしまう。
「デクセン殿! 大丈夫か!」
「大丈夫、ワタシもリザードマンですから。これぐらいは……」
硬い鱗のおかげで致命傷は負っていない。しかし、ダメージは大きい。
『まずは一人! さあ、次はどいつにしようかな……』
「悪いけど、一人も倒せていないよ」
リウスは左手で回復魔法を放ちデクセンを回復、さらには右手に炎を蓄え――
「炎弾!」
攻撃魔法を放つという大賢者の称号に相応しい、攻守一体の高等技術を見せる。
しかし、炎の弾丸は鬼の肉体に弾かれてしまう。
「……なに?」
『ふん、お前の魔法如き、ボクに通用するわけないだろう!』
鬼が筋肉を見せつけるように高笑いする。
「助かりました! でもあの炎でも倒せないのか……!」デクセンが驚愕する。
「リウス殿、ここは一度退き、態勢を立て直しましょう!」フレイヤも呼びかける。
だが、リウスは動かない。
「……お前の魔法如き?」
普段は穏やかな顔つきのリウスだが、眉間にしわが寄り、目つきが猛禽類のように鋭くなっている。まるで父親のように。
「僕はこれでも大賢者だ。名目上は帝国一の魔法使い。その僕の魔法が“如き”と?」
「リ、リウス殿?」
フレイヤが呼びかけても、リウスは応じない。
ゼネクスは息子の精神状態を察する。
「まずいのう……。あいつ、自分の魔法を低く見られて、尾を踏まれた虎のようになっておる」
「ええっ!?」
「普段は穏やかじゃが、あれでなかなか負けず嫌いで、意外に闘争心も強いんじゃ。まったく誰に似たんだか……。やはりジーナじゃろうか」
間違いなくあなたの血ですよと思ったが、フレイヤとデクセンは何も言わなかった。
「行くぞ……僕の魔法を見せてやる」
リウスは両手をかざし、炎、雷、氷を同時に発現した。鬼もその光景に目を見開く。
「僕が最近開発した新しい魔法だ。三属性を同時に叩き込むから、かなりの魔法耐性を持っていたとしても、上手く対応できず大打撃を受ける」
『な、なにい!?』
「喰らえ、三色結晶!」
炎と雷と氷が渦となり、一直線に鬼に向かう。
渦は直撃して、鬼に三種のダメージを同時に与えた。
『ぐはあああああっ……!』
この一撃で、鬼は崩れ落ちた。
「おおっ!」
「すごいです!」
フレイヤとデクセンは思わず手を繋いで喜ぶ。
ゼネクスは胸を反らして腕を組む。
「まあ、ワシの息子ならこれぐらいは当然、というところじゃな」
「父さんに恥をかかせないで済んでよかったよ……ん?」
倒れた鬼の様子がおかしい。
巨大な姿がみるみるうちに萎んでいき、やがて小さな子供の姿となった。
「これは……!?」
「やはり、そうじゃったか」
「父さん、どういうこと?」
「このダンジョンを生み出したのは……“子供”だったんじゃよ」
ゼネクスは神妙な顔つきになる。
「いつから気が付いておられたのですか?」とフレイヤ。
「探索してる最中からじゃな。このダンジョンは子供の頃リウスが書いた迷路のようにとにかく人を迷わせようという気持ちが先立って、あまり構造が整っていなかった。出てくるモンスターのデザインも、どことなく子供の粘土細工を想起したしのう。ワシの一喝でモンスターたちが怯えたのも、主が子供だから。そして、やってくる冒険者たちを捕えたのは……きっと寂しかったからじゃろう。なぁ?」
ダンジョンの主である少年は膝小僧を抱いてうつむいている。
「彼はいったい何者なんでしょう?」デクセンが尋ねる。
「今でこそ太平の時代を迎えているが、我が帝国も戦争に明け暮れていた時代があった。彼はおそらくその時の犠牲者じゃろう。親ともはぐれ、戦いの最中生き埋めとなり、弔われることすらなく……死して土の中でそのどうしようもない想いを蓄えていたのじゃろう。そして、それがダンジョンとして発現してしまった」
「そうして、この難攻不落のダンジョンが生まれてしまったわけですか」
「うむ、なにしろ子供が気ままに作ったようなダンジョンじゃ。冒険者のセオリーなど通用しない。むしろベテランの冒険者ほど、構造に戸惑い、彼にあっけなく捕らわれてしまったじゃろうな」
「いたましいですね……」フレイヤは目を細める。
リウスが進み出る。
「しかし、彼を何とかしなければ冒険者たちは解放されない。それに彼自身も救われない。浄化させてあげるしかないね」
リウスが少年に近づく。
「光魔法で君の魂を浄化させる。大丈夫、痛みはない……」
少年はうつむいたまま動かない。大人しく浄化されるつもりのようだ。
すると、ゼネクスがリウスの肩を掴んだ。
「ちょっと待った」
「父さん……」
「この子と、少し話をさせてくれんか」
父の頼みをリウスは黙って受け入れた。
「少年」
ゼネクスは少年に優しく語りかけた。
少年が顔を上げる。とてもこれほど巨大なダンジョンを造り上げたとは思えない、素朴で可愛らしい顔立ちをしていた。
「おぬしのダンジョン、楽しかったぞ」
ゼネクスは笑いかける。
『……ホント?』
「本当だとも。こんなにハラハラドキドキしたのは、久しぶりじゃ」
『よ、よかった……』
孫に語りかけるようなゼネクスの言葉に、少年も笑みをこぼす。
少年はただ遊びたかった。そしてあまりにも寂しかった。
その想いが死して肥大化して、自らは巨鬼と化し、これほど広大で難解なダンジョンを生み出してしまった。
「今回はワシらの勝ちじゃけどな。まあ、おぬしもいいセンいっておった」
『うん、おじいちゃんたち、ホントに凄かった。ボクが作った罠や魔物、みんなやっつけて、ボクも負けちゃった』
「なにしろワシは元老院議長、他の三人もいずれもすごい連中じゃからのう」
『へぇ~、そうなんだ!』
「少年、君の話を聞かせてくれんか。どんな遊びが好きじゃ?」
『うん、ボクはね、砂場で山を作るのが好きで……トンネルを……』
この調子でゼネクスは少年と話し続けた。まるで孫との会話を楽しむかのように。
やがて――
『おじいちゃん、どうもありがとう』
「どういたしまして。こんなことになるなら、菓子でも持ってくればよかったのう」
少年は「ふふっ」と笑うと――
『ボクはもう大丈夫。お父さんとお母さんのところに行くよ』
「……! そうか、旅立ってしまうか」
『じゃあね、おじいちゃん。他のお兄さん、お姉さん、トカゲさんたちも、ありがとう!』
一行に礼を言うと、少年の全身が輝き、そのまま光の粒となった。
「行ってしまったか……もうちょい話したかったんじゃがのう。元気でな」
ゼネクスは名残惜しそうにつぶやいた。フレイヤとデクセンは微笑んでいる。
リウスがその背中に声をかける。
「父さんがいてくれてよかったよ。僕では彼を浄化することはできても、真の意味で救うことはできなかっただろう」
「ハハ、ワシはただおしゃべりしただけじゃよ」
すると――
ダンジョン内に異変が起こる。
ゴゴゴと大きな音を立てて揺れ始めた。
「む!? これは……」
「僕がシールドを張る! この中に入って!」
リウスがドーム状のシールドを張り、パーティーを守る。
まもなくダンジョン内が光に包まれ――光が収まると、ゼネクスたちは狭い一室にいた。
これがダンジョンの真の姿。
壁に捕らわれていた冒険者たちも眠るように横たわっている。
「ダンジョンの創造主である彼がいなくなったから、幻影だったダンジョンが消え去ったんだ」
リウスが分析する。
「天国で幸せにな……」
ゼネクスは虚空を仰ぎ、少年の幸福を祈った。
その様子を見ていた他の面々は、にこやかな笑みを浮かべた。
その後、冒険者たちはリウスによって回復させられ、無事に帰路についた。
一件落着したとし、ゼネクスたちも帝都へと戻る。
「父さん、どうだった? 初めてのダンジョン攻略は」
「彼に言った通り、楽しかったわい。しかし、明日以降の筋肉痛が心配じゃ……」
皆が笑うと、ゼネクスは「ジョークではないぞ。本気じゃ」とむくれた。
***
後日、ゼネクスの邸宅。新聞を読んでいるジーナが、ゼネクスに呼びかける。
「あなた、ダンジョンの件が新聞に出ていますよ」
「おおっ、どんな風にじゃ?」
「『元老院議長ゼネクス氏、威厳でダンジョン攻略』ですって」
「なんじゃい、その見出しは!」
ゼネクスは頭を手で押さえる。
「まったく、新聞社の奴らめ、また誤解を招くような見出しを……!」
「リウスがあなたの威厳はSランクと言ったそうですけど、それじゃ済みそうもありませんわね」
「だとしたらSSランクやSSSランクになるんじゃろうか? もう威厳が上がるのは懲り懲りじゃ!」
ゼネクスが天井を見ながら嘆くと、ジーナはクスクスと笑った。




