第11話 元老院議長、65歳で冒険者になる
冒険者とは、ギルドを通じて様々な依頼を受け、それを処理することで生活の糧を得る職業のこと。
グランメル帝国においてもポピュラーな存在であり、軍や騎士に比べ自由に動けるという利点もあり、悪党や魔物への対抗勢力として一役買っていた。
一方で、ヤクザな職業と蔑まれ不当な扱いを受けることもある。あるいは盗賊まがいのことをする粗悪な冒険者もおり、かつて社会問題ともなっていた。
しかし、帝国では冒険者に関する制度をきちんと整備。今はこういった問題はほとんど目にすることはない。
その過程には、かの元老院議長ゼネクスも深く関わっていた――
さて、そんな元老院議事堂では、まさに冒険者が議題に上がっていた。
「近頃、冒険者パーティーが数多く行方不明になっていると報告が上がっています」
ある議員から出された話題であった。
「帝都の西に突如出現したダンジョン、そこに多くの冒険者が挑戦しているのですが、いずれも帰ってこないのです。こうなると冒険者の性質というべきでしょうか。腕自慢たちが『我こそが攻略してやる』と次々に挑み……」
まさに悪循環である。
冒険者は命がけの職業であるため、ある程度は「仕事中に死んだとしてもそれは仕方ない」と割り切らねばならない側面はある。これは騎士や兵士と同様である。
しかし、今や彼らの存在は帝国の治安維持に切っても切り離せない存在。放置しておくわけにもいかない。
「救出部隊として、軍の一部隊を送り込むことはできんのか?」とゼネクス。
「それが、“一度に四人までしか入れない”という不思議な結界が張られているそうなので……」
ゼネクスは息子リウスから聞いたことがあった。
『世の中には単に相手を弾き飛ばすだけじゃなく、条件を付けてその条件を満たした者だけ入れるようにできる結界もあるんだ』
『ほう、どんな風に使うんじゃ?』
『ある好色家の魔法使いは自宅に“自分を除き、女性だけ入れる結界”を張ったって聞くね。女性を招いて、中で何があっても、男は助けに入れないという。結局、招いた女性自体にやられちゃったらしいけど』
『アハハ、そりゃあ無様なもんじゃのう』
四人までしか入れないダンジョンというのは、決して絵空事ではない。
どう対処するか、議論が交わされる。
「選りすぐりの兵士四人を向かわせるとか……」
「同じことの繰り返しになるだけでは?」
「まずダンジョンの正体を探ることが先決だろう」
様々な意見が出るが、議論はまとまらない。
その時だった。
「ワシが行こう」
真っ先に反応したのは副議長のエルザムだった。
「今おっしゃったのは……議長ですか?」
「うむ、ワシが行こう」
議会がシーンとする。
「この元老院でも冒険者についての議題はしばしば上がり、ワシとしてもできうる限り、彼らの支援をしてきたつもりじゃ」
「ええ。冒険者の制度がここまで発達したのは、ひとえに議長のおかげといっても過言ではありません」
元老院には冒険者を無頼漢と煙たがる人間も多かったが、ゼネクスは若い頃から彼らの重要性を認識し、冒険者への支援を惜しまなかった。むろん、飴だけでなく、劣悪な冒険者には厳しいペナルティを与える仕組みを設けた。それが近年になってようやく実っているのである。
「しかし、ワシ自身、冒険者の経験はない。一度ぐらいは体験しておきたいと思ってたところなんじゃ」
エルザムの顔が引きつる。
「経験がないのは当然でしょう! 議長は議員なのですから!」
「うむ、だからここらで体験しておきたい」
「体験するのはかまいません。しかし、こんな大勢の冒険者が行方不明になっている任務で……」
「だが、ワシを接待するような容易い任務をクリアして、それで“冒険者を体験した”といえるのか? そんなもんはただの冒険者体験ツアーじゃろ」
エルザムは言葉に詰まる。
「ですが、万一のことがあれば……」
「おやエルザム、ワシでは無理だと思うのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ワシも剣の心得はあるし、まだまだ体も動く。決めた。ワシは行くことにしたぞ」
腹心のエルザムで止められなければ、もはやゼネクスを止める手段はない。
「他に、誰か来てくれる者はおらんか?」
ゼネクスは元老院議員の中からパーティーメンバーを求める。
「では私が!」エルザムが挙手する。
「いや、おぬしにはワシの議長としてのイロハを全て叩き込んである。おぬしを行かせるわけにはいかん」
もし、ゼネクスにもエルザムにも何かあれば、元老院の機能に大きく支障をきたす。
エルザムもそれは理解しており、黙って引き下がる。
(それにおぬしに何かあったら『元老院バスター』の続きが読めなくなるじゃろがい!)
これも理由の一つだったが、口に出すことはなかった。
すると――
「私も行きます!」
エルフの議員フレイヤが手を挙げた。
あでやかな長い金髪を持ち、凛々しい美貌を持つ女エルフだが、森で生まれた彼女は剣術・弓術の心得もある。
「でしたらワタシも!」
続いて手を挙げたのはデクセン。緑の鱗に覆われた、心優しきリザードマンの議員。菜食主義で穏やかな性格だが、その身体能力は高い。
ゼネクスはニッコリとうなずいた。
「うむ、二人が来てくれるのなら心強い」
件のダンジョンに入れるのは四人まで。
残る一人をどうするかだが――
「やはり魔法を使える方が一人、欲しいですね」とフレイヤ。
「魔法使いか……となると、あやつしかおらんな」
***
議会終了後、ゼネクスは帝都の息子リウスの家を訪ねた。
話を聞いたリウスは苦笑する。
「父さんぐらいのものだよ。僕に『冒険に行くから付き合え!』なんて言うのは」
「魔法使いといえばお前しか思い浮かばなかったのでな。たまには親孝行もええじゃろ?」
「まあ、構わないけど。僕としてもそんなダンジョンの存在は気になるし」
「おおっ、助かるわい」
「だけど、父さんこそ大丈夫なの? ダンジョン探索なんてできるの?」
「ワシとて剣の心得はある! 足腰もまだまだ動くぞ!」
ゼネクスは両足を交互に上げる。衰えは感じられない。
「年寄りの冷や水にならなきゃいいけど」
笑うリウスに、ゼネクスはムスッとした表情になる。
「ふんっ、ワシにそんな口を叩けるのもお前ぐらいのもんじゃな」
ゼネクスと一緒に来ていたフレイヤとデクセンは、元老院議長と大賢者の会話を、固唾を飲んで見守っていた。
「共に帝国にとってなくてはならない存在の二人が、揃い踏みして、軽口を叩き合う……なかなかすごい光景だ」
「ええ、お二人にとっては日常なのでしょうが、元老院トップと魔法使いのトップ同士の会談なんて大ニュースですよね」
パーティー参加を決めたリウスが、フレイヤとデクセンにも挨拶する。
「フレイヤさん、デクセンさん。僕もパーティーに加わらせて頂きます。どうぞよろしく」
フレイヤとデクセンはやや緊張しつつ応じた。
「こちらこそ!!!」
ゼネクスはニヤリと笑う。
「よし、それでは明日にでもダンジョン攻略に挑むぞ!」
***
次の日、数々の冒険者たちを行方不明にしているダンジョンの前に四人がいた。
洞穴のような入り口に、地下への階段が続いている。
「ここじゃな」とゼネクス。
「見た目は、普通の遺跡の入り口のような感じだね」
リウスが冷静な顔つきで分析する。
「うむ、だが油断はならんぞ。なにしろ名うての冒険者たちも攻略できなかったダンジョンじゃからのう。しかし、ワシら四人なら攻略できる! ゆくぞ!」
他の三人は元気よく応じる。
元老院議長ゼネクス、60年以上生きて初めてのダンジョン攻略が幕を開けた。